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第五章62 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩ:反撃

「さぁ、鍛錬はまだ始まったばかりです。貴方はこの状況をどう打破しますか?」


 魔導書店の地下で行われている魔法鍛錬。


 世界を救うために旅を続ける女神であり、姉であるシュナの助けになりたいと願う少女・リエルは魔導書店を営むユピルが課す鍛錬を受けていた。魔法の扱いに慣れていないリエルだったが、ユピルが課す鍛錬をこなすことで次第に魔法についての理解を深め、自分が目指すべき魔法のあり方に近づいていた。


「はぁ、はあぁ……くッ……身体が重い……」


「強大な魔法には代償がつきものです。リエルさんが自ら編み出した魔法は、私の想像を超える素晴らしいものでしたが、それを急に扱うのは身体への負担が大きかったみたいですね」


 ユピルが課す鍛錬。

 それは彼女が召喚した精霊たちと戦い、そして全てを倒すことだった。


 魔法について基礎知識を身に着けたリエルに、ユピルは実戦形式での鍛錬を与えた。実際に戦う中で自らの魔法を身に着け、あらゆる状況に対応できるようにしようとしているのが目的であった。


 ユピルが召喚する精霊たちは数えるのが億劫になるほど無数に存在していて、それぞれが主の命に従ってリエルを打ち倒そうと攻撃を続ける。


「もう、防御魔法は使えないッ……」


 精霊たちの攻撃を防いだ防御魔法。


 それは窮地にあった状況を一転させることができた。しかし、ユピルが漏らすように今のリエルでは魔法を使った反動が大きく、今もリエルは息が上がり、身体が鉛のように重くなる症状に見舞われていた。


「――――」


 リエルを取り囲むようにして存在する精霊たちは、人間には理解することができない声音を漏らすと一斉にリエルへと攻撃を開始する。


「くッ……危ないッ……!」


 風を切って接近してくるのは、精霊たちが放つ魔法の矢だった。


 これまでも散々、リエルを苦しめてきた矢の攻撃が継続され、瑠璃色の髪を風に靡かせながら重い身体に鞭を打って跳躍する。


「大きな魔法が使えないなら……凍てつく氷粒よ、我の意志に従え――ヒャノアッ!」


 雨のように降り注ぐ矢の間をすり抜けるようにしながら、リエルは反撃の魔法を繰り出していく。


 氷魔法の中でも簡単に扱うことのできるヒャノア。魔法の知識を得たリエルは小さな両剣水晶を無数に召喚することで、精霊たちが放つ矢を迎え討つ。


「集中……もっと集中しなくちゃ……」


 自分の身体を貫こうとする魔法の矢は、リエルが生成した両剣水晶によって尽く撃ち落とされていく。呼吸を落ち着け、極限まで精神を集中させていく。


「うん。いい集中力ですね。でも、このままじゃ状況は好転しませんよ?」


 リエルが奮戦する様子を観察しているユピルは楽しげに表情を歪ませると、瑠璃色の髪を持つ少女が次にどういった行動へ出るのかに期待を膨らませている。その顔は見ようによっては嗜虐的にも映っていて、苦戦する少女へアドバイスすることもなく、ただ離れた場所でニコニコと笑みを浮かべているだけ。


 そんなユピルの様子など気にする余裕はないリエルは、頭をフル回転させながら状況を打破する方法を模索する。


 このまま受け身で継戦しているだけでは数の差で負ける。

 鍛錬に打ち勝つためには、リエルから反撃する必要がある。


「一か八か……やってみるしか、ないッ……」


 防戦一方となっている状況を打破するために必要なこと。それは、自らが生み出した魔法で敵を一掃するしかない。


 元々、持久力がある方ではないと自覚しているからこそ、リエルは残る全ての力を使ってでも敵を一掃する必要があると考えた。


「…………」


 魔法を想像する。

 それは簡単なように見えて、実は難しい。


 ユピルの言葉にもあったように、ただ強いだけの魔法を考えることならば誰にでもできる。しかし、想像した魔法を形にするには、それ相応の代償を払わなければならない。


 精霊たちの攻撃を凌ぐために使役した防御魔法。攻撃を防ぎ、更に反射する能力を有した魔法は、リエルの身体に想像以上の負荷を与えた。


「…………」


 その時の負荷がまだ身体に残る中、それでもリエルは無理を通して反撃に出ようとする。



「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界ッ」



 頭の中で生まれた新たなる氷魔法。


 それは術者を中心とした広範囲に渡るドーム状の結界を生成するものだった。結界の中は氷獄の世界であり、術者を除くあらゆるものを瞬時に凍てつかせるものだった。


「これは、想像以上ですね……リエルさん……」


 魔導書店の地下に存在する広大な空間。その一角に突如として氷に支配された世界が誕生した。それは音もなく気づけばその場に存在していて、ユピルが召喚した精霊たちは漏れなく全てが結界の中に取り込まれていた。


「はぁ、はあぁ……これで、終わり……」


 生きとし生けるもの全てが凍りつく世界の中で、瑠璃色の髪を揺らす少女だけが存在することを許されていた。異様な静寂と、肌を突き刺す冷気の中、リエルは呼吸を曇らせながら静かに短い言葉を呟く。


「――――」


 それがトリガーになり、リエルを取り囲むようにして存在し、今はその全てが凍てついた精霊たちが声もなくその身体を瓦解させていく。絶望的なまでの劣勢を一瞬にして覆す最上位魔法。つい先日まで初歩魔法すら上手く扱えなかった少女が、魔法を使う者として確かな一步を踏み出した瞬間であった。


「魔法を想像するだけならば誰にでもできる。しかし、それを形にするのはとてつもなく難しいことです」


 リエルと精霊たちの戦いによって生まれた喧騒が一瞬にして霧散し、地下に存在する世界の中で唯一、声を発することができるのが魔導書店を営む少女・ユピルだった。


 彼女は氷に支配された世界を楽しげに歩く。


「普通ならば、想像することができても魔法は形にならない。しかし、リエルさん……貴方はやはりちょっと違うようですね。今まで誰も想像したことがないような魔法を、あの状況で生み出すことができる。それはかなり特別なことです」


 あらゆるものが凍てついた世界を歩くユピルは、そこに倒れ伏す少女の前までやってくると、その足を止めて静かにしゃがむ。そして手を伸ばすと瑠璃色の髪を優しく撫でる。


「まぁ、素晴らしい魔法であることには間違いないのですが……いかんせん、まだリエルさんが実戦で使うには無理があるかもしれませんね。どんなに強大な魔法を使えたとしても、その後に自らの命を危険に晒してしまっては意味がありません」


 ユピルが頭を撫でる少女・リエル。

 彼女は今、呼吸をすることなく意識を失い続けている。


「……でも、安心してください。今日のところは私が助けてあげますから」


 リエルは自らの許容限界を容易に突破するような魔法を使ってしまった。そのため、彼女が内包する魔力の全てを使い果たしてしまい、本来であるならば魔力の枯渇は人間としての『死』を意味する重大な事象であった。


「貴方に魔法の才能がないなんて、それは全くの嘘です。リエルさん、貴方には類稀なる才能が確かにありますよ。私がそれを保証します」


 リエルの頭に触れているユピルの右手が淡い光を放ち始める。

 光はゆっくりと倒れ伏すリエルの身体を包み込み、そして彼女の身体に吸収されていく。


「まだまだ鍛錬は必要ですね、リエルさん」


 意識を失うリエルは漆黒に包まれる世界で、暖かな感覚に包まれていた。

 それは彼女を死地から救い出す希望の光なのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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