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第五章59 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅦ:入隊試験に向けて

「魔法の才能を持つ人は、自分が使う魔法に大きな責任が存在します。リエルさん、貴方ならその才能を良い方向に使ってくれる……そう感じたから、私は貴方に魔法を教えてあげようって思ったんですよ」


 女神・シュナと共に世界を守る戦いに従事したい。


 瑠璃色の髪を短く切り揃えた少女・リエルは、そんな思いから故郷である氷都市・ミノルアを出て、同じバルベット大陸の東方に存在するハイラント王国で生活をしていた。


 彼女が故郷を出た理由。それは、ハイラント王国に存在する騎士隊へ入隊を果たすためであった。騎士隊へ入隊し、魔法騎士となって実績を上げることで、女神であり、唯一の家族であるシュナに認められようとしていたのであった。


 しかし、これまでの人生においてシュナの背中に隠れているばかりだったリエルは、魔法を上手く使うことができないでいた。日々、孤独な魔法の鍛錬を続ける彼女の前に姿を現したのは、ハイラント王国の城下町で魔導書店を営んでいる少女・ユピルだった。


 彼女は一人で鍛錬を続けるリエルがもつ志に希望を見出し、そして助けることを決めるのであった。


「うーん、夕飯を何にするか……これは悩みますねぇ……」


「やっぱり王都は田舎と違って、品揃えが良いですね」


「そういえば、リエルさんはどちらから来たんですか?」


「えっと、私はミノルアですよ」


「ミノルア……あの、激闘の地ですか……」


「…………」


 ユピルが漏らす『激闘の地』という言葉。


 氷都市・ミノルア。


 北方に存在するこの街は、長い年月をかけることで徐々に復興への道を歩んでいた。今では街も本来の姿を取り戻しており、人々の顔に笑顔の花が咲く場面も増えた。


 しかし、それでも魔竜と魔獣たちが残した傷跡は深く、それは遠くに住んでいる人の耳にも届いていた。


「リエルさんも大変だったんですね……」


「いえいえ……私はずっとお姉ちゃんの後ろに隠れていただけで……」


「魔竜が攻めてきた時、ミノルアは壮絶な様子だったとか……それを生き残ったのなら、リエルさんには神のご加護があるのかもしれませんね」


「そうだと良いのですが……」


「うん。決めました。今日のお夕飯は豪勢にステーキ肉としましょう!」


「え、でも……良いんですか? 私、あまりお金は……」


「もぉー、さっきも言いましたけど、魔導書店ってのは、ああ見えても儲かってるんです。これくらいで変な気を使わないでください」


 もじもじと引け目を感じるリエルに、ユピルはどこまでも余裕な笑みを見せるだけ。


 リエルが見たことのないような分厚い肉をもって、ユピルは軽い足取りで会計を済ませていくのであった。


◆◆◆◆◆


「今日は最後にちょっとだけ寄り道をさせてください」


 両手に大きな袋をもったユピルはそう言うと、リエルを連れて魔導書店とは真逆の方向に歩き出した。相変わらず、薄暗く狭い路地裏を歩くユピルに続くリエルの表情が固く強張っている。


 路地裏には様々な怪しい店が立ち並んでおり、小汚い格好をした人間もちらちらと転がっている。リエルがこれまでの人生で一度として足を踏み入れたことのない世界であり、どうしても幼い少女は身体を小さくしてしまう。


「大丈夫ですよー、見た目は悪いですけど、みんな良い人たちです」


「そ、そうなんですね……」


「もうちょっとで着きますからねぇ……ほら、見えてきた」


「…………?」


 ユピルが立ち止まった先には古びた木星の扉が存在していた。


 見るからにボロボロな建物の入り口であり、扉の向こうからはたくさんの人の笑い声が響いてきている。ユピルはちらっと後ろに立つリエルに笑みを浮かべると、その扉に手をかけてゆっくりと開いていく。


「今日も疲れたなぁーッ!」


「なーに言ってんだよッ、お前なんて今日は城下町の警護をしてただけだろ?」


「馬鹿野郎、警護だって楽じゃねぇんだよ。いつ魔獣が攻めてくるか分からねぇんだからよ」


 扉を開くと、中から津波のように無数の人たちが発する言葉が鼓膜に飛び込んでくる。


 老若男女問わず、様々な人間の声が突如として迫ってきて、リエルは目を丸くして驚きを隠すことができない。静かな路地裏の世界が一瞬にして瓦解し、リエルは激しい喧騒の中に身を置くこととなった。


「ここは王国の騎士たちがよく通う酒場です」


「さ、酒場……?」


「路地裏に隠れるようにして存在する酒場。ここも昔から存在はしてて、騎士たちの憩いの場でもあるんです」


「そ、そうなんですね……」


「もちろんここを利用するのは騎士たちだけではありません。遠くの地からやってきた商人だったり、ハイラントの人たちだって利用します。様々な人が利用するからこそ、この酒場は情報の宝庫だったりするんですよ」


「ユ、ユピルさんも利用されるんですか?」


「はい。私も暇なときはこの場所に来ますよー」


「……お、大人なんですね」


 扉を開け放ったユピルは慣れた様子で酒場の中へと足を踏み入れる。


 ユピルやリエルのような小さな子供が入ってきても、酒場で騒ぐ人たちは誰も気に留めたような様子は見せない。


「お、ユピルじゃねぇか。今日はお客さん連れかい?」


「はいー、そうなんですよー」


 トコトコと酒場の中を歩くユピルに声をかけてきたのは、黒々とした肌に筋肉を浮かばせ、頬に無数の傷を刻んだ男だった。男はカウンターの向こう側で客と一緒に酒を飲んでおり、立っている場所から酒場を経営する側の人間であることは理解できた。


 男の外見にリエルは小さな身体を更に小さくしてしまうのだが、ユピルはそんな彼との会話も慣れているのか、堂々とした様子で軽口を交わし合っている。


「マスター、今日は騎士隊の人来てたりしますかー?」


「おう、もちろんだよ。ほら、あそこで飲んでるのが騎士隊の奴らだ」


「ありがとうございますー」


 話しかけてきた男のことをマスターと呼ぶユピルは、彼が指差す先で集団で酒を飲んでいる男たちの方へと歩き出す。


「あのー、すみませんー」


「おっ? なんだ嬢ちゃん?」


「なんだなんだー? マスターの隠し子か?」


 マスターから教えてもらった方向へと歩くと、すぐにハイラントの騎士服に身を包んだ二人組の男たちと邂逅を果たすことができた。彼らは既に結構な酒を飲んでいるのか、頬を赤くしてユピルの方へと目をやる。


「残念ながら隠し子ではないんですよねー。実は騎士であるお兄さんたちに聞きたいことがありましてー」


「ほーう、俺たちに聞きたいことか……まぁ、答えられる内容ならなんでも聞いてくれ」


「えっと、ハイラント王国の騎士隊に入隊するための試験……次回はいつ開催されるかって分かったりしますか?」


「なんだい嬢ちゃん。そんな年で騎士隊に入りたいのかい?」

「あっはっはッ! そりゃいいな、嬢ちゃんのような女の子が居たら、その騎士隊は楽しくなりそうだ!」


 ユピルの問いかけにハイラント王国の騎士たちは楽しげに笑みを浮かべだす。


 ちょっとばかし小馬鹿にしている印象を受けるのだが、それでもユピルはニコニコと笑みを浮かべたまま彼らの答えを待っている。


「なんで入隊試験のことを聞くのか、詮索はしないけどな。まぁ、その質問に答えるのだとしたら、あと数日もすれば次回の入隊試験が告知されるはずだぜ」


「数日後、ですか……」


「あぁ。魔竜の野郎が息を潜めたって言っても、魔獣たちの動きは変わらねぇ。相変わらず、各地で暴れまわってやがるからな、王国も人手が欲しいんだよ」


「なるほどー、ありがとうございます」


「……本当なら、嬢ちゃんたちみたいな子供の手を借りることなんてしたくないんだけどな」


「あぁ、全くだ。しかし、本当に実力があるのならば、子供の手すら欲しい……それが事実でもあるんだ」


「全く、嫌な世界になったもんだぜ。早く、平和ってもんが来ればいいんだけどな」


「……そうですね。私たちもそれを願っています」


 最後にユピルはぺこりと頭を下げると踵を返して再び歩き出す。

 リエルも彼女にならってぺこりと頭を下げると、小走りでユピルの後を追う。


「必要な情報は得られました。帰りましょうか、リエルさん」


「は、はいッ……」


 ユピルの言葉に頷くリエル。

 騒がしい喧騒の中で歩く二人の少女は、滞在時間短く酒場を出て行くのであった。


◆◆◆◆◆


「ユピルさんってすごいんですね……」


「すごい、ですか……?」


 今度こその帰り道。

 路地裏を歩くユピルにリエルは素直な言葉をぶつけていた。


「だって、私と変わらない年齢なのに、酒場とかでも堂々としてましたし……」


「同じくらいの年齢……あー、リエルさんにはまだ言ってませんでしたね」


「…………?」


 ユピルの言葉に首を傾げるリエル。

 薄暗い路地裏に差す金色の夕陽。


 その光を受けてユピルはニコッとこの日一番の笑みを浮かべる。



「私、こう見えても百歳を越えてるんですよ?」



「……え?」


 リエルと全く変わらない外見をした少女・ユピルの言葉がリエルの鼓膜を震わせた。

 彼女の言葉をすぐに理解することができないリエルは、目をまん丸に見開いて絶句する。


「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇッ!?」


 しばしの静寂が路地裏を支配した後、そんな少女の驚きに満ちた声音が響き渡るのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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