第五章57 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅥ:魔法の鍛錬開始!
「……私はハイラント王国で魔法書店を開いている、ユピル・リリラと申します」
魔竜を倒すために他の女神たちと旅に出たシュナ。
そんな彼女の旅に同行を許されなかったリエルは、自らが女神・シュナの隣に立つに相応しい人物となるため、ハイラント王国の魔法騎士になろうとしていた。
しかし、リエルは初歩魔法すら満足に使いこなすことができないでいた。そんな有様では魔法騎士になれるはずもなく、それでも自分が果たすべき使命を全うするため、ハイラント王国の近くで野宿し、魔法の鍛錬に勤しむ日々を送っていた。
「…………」
森林の中で野宿していたリエルの前に現れたのは、王国で魔法書店を開いている、全身をローブマントで覆った小柄な少女だった。彼女は名をユピル・リリラと名乗り、野宿するリエルを自らの書店へと招待してくれたのであった。
「ちょっと散らかってるけど、ゆっくりしていってくださいね」
「は、はい……うわあぁッ!?」
ハイラント王国の一番街。
常に人でごった返す繁華街から一本の横道に入ってしばらく進むと、薄暗く怪しい空気へと一変する。そんな道の途中に存在するのが魔導書店・ユピルである。
「あちゃー、やっぱりこうなってしまいましたか。初めてくる人は結構な確率で転んじゃうんですよね」
「い、痛い……」
魔導書店の中は凄惨とした様子を見せており、無数に本棚が乱立し、そこに収まりきらない無数の本が乱雑に放置されている。店の中にはリエルとユピルの姿しかなく、更に埃が常に舞っているような有様だった。
「お掃除とか苦手なんですよねー、珍しい本があるとすぐに仕入れちゃうのは悪い癖なんです」
「……そうです、か」
本の中に身を埋めるリエルを、ユピルは杖に乗って浮遊した状態で見つめている。
書店の中でのユピルが取る移動手段は杖に浮遊である。自分の店が歩き辛いことを理解しているが故の行動である。
「今、ぱぱっと掃除しちゃうので、ちょっと待っててくださいねー」
「…………」
「異界に住まいし精霊よ、我の声に応じ、我の命に従え――フェアリー・ルージュ」
ユピルは杖に乗った状態で詠唱を始めると、虚空に無数の光球を発生させる。
光球はすぐに妖精の姿を形成すると、ユピルの意志を汲み取って即座に行動を始める。
「すごい、これも魔法……?」
「そう。魔法というのはね、本来は自由であるべきものなんですよ」
「自由であるべき?」
「言葉が無数にあるように、魔法も詠唱による言葉を組み合わせ、そこに五大属性の魔力を注ぎ込むことで、術者が思い描く『理想』を形にするんです」
「言葉を組み合わせる……」
「魔法を使う者に求められる素質。それはもちろん、魔力を自在に操る才能というのもありますが、その魔力を自分が思うままに操るための『想像力』が大事なんです」
「…………」
ユピルの言葉を聞き、リエルの表情は曇っていくばかりである。
魔法についてなんら知識を持たないリエルは、彼女が語る魔法の成り立ちについて考えることなく、見よう見まねで日々を過ごしてきた。取り戻すことができない時間の大きさについて後悔の念を禁じ得ない。
「まぁ、この二つが大事な要素であることは間違いないのですが、想像力だけが強くても、それを実現するためにはそれ相応の魔力が必要になるのです。想像だけなら世界を壊すことだって簡単だけど、それを実現するためには世界中の魔力を集めなくちゃいけない。でも、そんな膨大な魔力に耐えうる人間は存在しないという訳です」
「……なるほど」
「魔法もかなり広まってきて、簡単に使うことができる魔法も増えてきましたけどね。本当に偉大な魔法つかいになるのならば、魔法の仕組みを理解し、誰も使ったことがないような魔法を創出していく必要がありますね」
「……でも、私は初歩魔法すら扱うことができません」
「それについてなのですがね、ちょっと付いてきてもらってもいいですか?」
重い溜息を漏らし、肩を落とすリエル。
杖でふよふよと浮遊した状態でユピルが書店の奥へと姿を消す。
ユピルが召喚した妖精が書店の中を清掃する様子を見ながら、リエルも彼女に続いていく。
「……奥は綺麗なんですね」
「そりゃ、生活スペースくらいは綺麗にしないとですよね」
「…………その調子で店も綺麗にすればいいのに」
書店の奥はどこにでもあるような部屋が広がっていた。ベッドと本棚、更に鏡台と簡易的なキッチンが存在していて、店の中とは全く違い小奇麗に整理整頓されていた。
「こっちです」
「……地下?」
部屋の中心でユピルは杖から降りると、木の板を器用に外して地下空間へと続く階段を出現させる。何の変哲もない部屋に地下へ続く階段が存在していることに驚くリエルだが、その中に姿を消すユピルに続くようにして、彼女も螺旋状になっている階段を降りていく。
「地下には何があるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみですよ」
リエルの問いかけを軽く受け流し、そんな話をしている間にも螺旋階段は終点になっていた。ユピルとリエルの前には木星の扉が存在しており、ユピルは迷うことなくその扉を開いていく。
「…………」
「私が三年という時を掛けて作った魔法の部屋……とでも言う場所かな?」
「すごい……」
開かれた扉の先。
そこにはもう一つの『世界』が広がっていた。
上を見れば白い雲が点在する青空。
下を見れば足首くらいまで伸びた草が生い茂る草原がどこまでも広がっていて、所々には青々と葉が茂った木々が立ち並んでいる。地下空間とは思えない明るさを生み出しているのは、青空の中に存在する太陽であって、心地いい風がリエルたちの髪を靡かせている。
「こんな……どうして地下にこんな場所が……?」
「さっきも言いましたよ。魔法使いに大切なのは、想像力と、それを実現するための魔力だと」
「ま、まさか……この世界はユピルさんが作ったんですか?」
「……さぁ、どうでしょうね?」
繁華街の横道を入り、薄暗い道の途中にある魔導書店。
その地下には眩い光が差し込む『もう一つ』の世界が広がっていた。
誰もが想像し得ない光景に呆然とするリエルを見て、ユピルはローブマントの奥で不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、本題に入りましょう」
「あ、はい……ッ!」
「さっき、リエルさんの魔法を見せてもらいましたが……正直、どうして初歩的な魔法が使えないのかが不思議でした」
「……え?」
眼前に広がる世界についてリエルが質問を投げかけるよりも先に、ユピルはこの場所へきた真の目的について言及を始める。
「貴方は魔力だけならかなりのものがあるはず」
「…………」
「まぁ、それもきっと魔法の仕組みについての知識がなかったから……でしょうね」
「……そうだと、いいんですけどね」
「もう一つ、魔法を確実に使うための方法を教えておきましょう」
「…………」
「それはしっかりと『詠唱』をすることです」
「詠唱……?」
「何度もその魔法を使っていて、イメージと魔力の配分がバッチリであるならば、詠唱も要らないんですけどね。今の貴方ならば、詠唱は必要でしょうね」
「姉様は魔法をずっと使ってるから……」
「ヒャノアの詠唱は『凍てつく氷粒よ、我の意志に従え――』ですよ」
「…………」
詠唱の存在を知り、リエルの頭の中で詠唱と魔法のイメージを紐付けていく。
「――――」
目を閉じ、魔力を自分の身体に集中させていく感覚。
深い、どこまでも深い仄暗い水底へと誘われるような感覚に支配される。大地に流れる魔力を吸い取り、自分の物へと変換していく。身体が僅かに熱を持ち、それが明確な『力』に変わっていく。
「凍てつく氷粒よ、我の意志に従え――ヒャノアッ!」
魔法をイメージする。
『ヒャノア』とは、両剣水晶を生成し、それを対象へと投擲する初歩的な氷魔法である。
魔法を詠唱し、イメージを脳内で固め、後は自分の意志を伝達するだけ。
「いっけええええええええええぇぇぇぇッ!」
リエルの声音に呼応するようにして、突き出した右手に生成された両剣水晶が一直線に飛翔していく。そして眼前に存在していた木へと突き刺さり、そして爆ぜる。
「……できたッ!」
「……やはり、貴方には魔法を使う才能があったみたいですね」
リエルが初めて魔法を使役することができた瞬間だった。
その衝撃がリエルの小柄な身体を走り抜け、確かな達成感が彼女の身体を支配する。
愛する姉を守りたい。
彼女が目指す目標へ向けた大きな一步が果たされた瞬間なのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




