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第五章56 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅤ:少女から賢者への道程

「さようなら、リエル。貴方にはまだ、早かった――」


 砂塵にて行われし試練。


 北方の賢者・リエルに課された試練とは、実の姉であり世界を守護する女神・シュナと戦い、それに勝つことであった。


 眼前に立つ姉が本物の存在でないことを、リエルはしっかりと理解していた。


 姉であり、女神であるシュナはその身体を封印することで大地と一体化し、これまでの世界を守護してきた。シュナの身体はバルベット大陸の北部に存在するアルジェンテ氷山の中に封印されていたのだが、帝国ガリアの騎士たちの襲撃により、今やシュナの身体は消えぬ業炎の中へと飲み込まれてしまった。


「…………」


 シュナは存在しない。

 愛しい姉を守れなかったのは自分のせいである。


 航大と旅をするようになってからも、リエルの心内にはそんな負い目というものが確かに存在していた。彼の中に女神・シュナの存在があるという確信を得て、リエルの心は僅かに救われた気がした。彼を守ることができたのならば、それは自分が果たすべき使命を遂行していることと同義であるからだ。


 しかし、運命というのはどこまでもリエルにとって非情なものであった。


「…………」


 帝国ガリアでの一件は、リエルにとって少なくない衝撃を与えた。


 守るべき存在を二度も目の前で失う。それは彼女にとってとても許されることではなく、自分の力が不足しているから守れなかった。砂塵へと到達するまでの間、リエルの心にはどこまでも深い闇が影を落としていた。


「…………」


 全身に力が入らない。

 女神・シュナの一撃を喰らい、リエルの身体には致命的な外傷が刻みつけられた。


 誰がどう見てもこれ以上の継戦は不可能である。継戦が不可能だけならばよかったかもしれない、全身から絶え間なく溢れ続ける鮮血の量から、賢者と呼ばれた少女の命がもうじき潰えてしまうのも時間の問題だと言えた。


「…………」


 大切なものを守ることもできず。

 最後は、守るべき大切な人にトドメを刺される。


 何も成し遂げられなかった者に対する最期としては相応しい形なのかもしれない。


 全身を襲う痛みすら感じることがなくなったリエルは、孤独な静寂の中でリエルはそんなことを考えていた。


「…………」


 薄れ行く意識の中、彼女の脳裏には過去の映像が蘇っていた。


 それは彼女がまだ賢者と呼ばれる少し前の話。

 努力の天才と呼ばれた瑠璃色の髪をもつ少女の話であった。


◆◆◆◆◆


「はぁ……上手くいかないなぁ……」


 女神たちと魔竜の戦いからしばらくの時間が経過した後の世界。


 魔竜による脅威が息を潜め、世界が仮初めの平穏を過ごしている中、リエルはハイラント王国に身を寄せていた。


 シュナたち女神は世界のどこかへ姿を消した魔竜を討つための旅に出ており、その道中にリエルの姿はなかった。理由は簡単であり、彼女がまだ幼く、力を持たないためにシュナが同行を許さなかったのだ。


「もうちょっと、こうして……」


 姉を守るために自分も戦いたい。


 物心ついた時から共に時間を過ごしていたからこそ、唯一の家族だからこそ、自分がシュナを守りたい。彼女が魔竜と戦うために旅へ出てからの日々、リエルは魔法の勉強をするべくハイラント王国へと足を運び、そこで魔法騎士になるための鍛錬を続けている。


「あらあら~、何かお困りのようですね~?」


「……えっ?」


 ハイラント王国。

 その近くに存在する森林の中、幼きリエルはそこで魔法の鍛錬に精を出していた。


 ハイラント王国の騎士になるためにやってきたはいいが、入隊のための試験を突破せねばならず、しかし今のリエルの実力では騎士になることは不可能。そのため、リエルはハイラント王国の近くに身を置いて、騎士入隊試験が始まったらすぐに挑戦できるようにと、王国の近くに存在する森林の中で野営生活をしている。


「微力ながらも、魔力の気配を察して来てみたら……ここは、貴方の秘密基地ですか?」


「ひ、秘密基地……?」


「はい。だって、こんなに木を上手く使って…………もしかして、ここで生活してます?」


「…………」


 元々、北方の田舎街で生まれ育ったリエルはとてもじゃないが裕福であるとは言えなかった。シュナがコツコツ溜めたお金を貰い、それでも贅沢に使う訳にはいかないと徹底した節約生活に徹している。


 秘密基地にしては生活感が丸出しな状況を確認するなり、森林の奥から姿を現したローブマントで全身を覆った少女は驚きを含んだ声音を漏らすのであった。


「まぁ、どのような場所で生活するかはその人の自由でしょうけど……でも、若い女の子が野宿するのはあまり良くないのではと思っちゃいますね」


「しょ、しょうがないんです……贅沢はできないから……」


「……なるほど。それで、貴方はここで何を?」


「え、えっと……魔法の鍛錬を……ちょっとだけ……」


「…………ちょっとだけ?」


 ローブマントを被った小柄な少女は周囲をキョロキョロと見渡した後、再び視線をリエルに戻すと再びの質問を投げかける。


 リエルが日々の時間を過ごしている森林の中、そこだけ明らかに異質であることは間違いなく、所々の木々に鋭利な切り傷が走り、更に倒木している木も存在する。生活感がある部分を除けば魔竜が暴れた痕なのかと見間違うほどである。


「もっと上手く魔法を使えるようになりたくて、守りたい人が……傍に居たい人がいるから……」


「並々ならぬ決意ってやつですね。ちょっと、貴方の魔法を見せてもらってもいいですか?」


「えっ……今、ここで……?」


「あそこの木なら、結構大きいし、太いし……少しくらいの魔法なら大丈夫だと思いますよ」


「…………」


 有無を言わせない様子で少し離れた場所にある木を指差す少女。

 逡巡するリエルだが、一つ小さく頷くとその身体に魔力を充填させていく。


「…………これは?」


 リエルが精神を集中させ始めた後、周囲の木々がざわめき出す。

 大地が小刻みに揺れ動き、肌を突き刺すような冷気がどこからか漂ってくる。


「――ヒャノアッ!」


 リエルが唱えるのは氷属性の魔法であり、数ある魔法の中で最も初歩的なものである。

 右手を突き出し、眼前に両剣水晶を生成すると対象へ向けてそれを投擲しようとする。


「……くッ!」


 ゆっくりと形作っていく両剣水晶が突如として瓦解する。

 水晶の中に閉じ込められた魔力が水晶の破壊と共に暴発し、小さな粉塵を上げて爆発する。


「あらまぁ……大丈夫ですか?」


「けほっ、けほっ……」


 手の平の上で爆発した水晶によって、リエルの身体が後方へと吹き飛ばされる。


 ゴロゴロと転がるリエルを見て、ローブマントを被った少女は唖然とした様子を見せた後、軽い足取りでリエルに近づくと手を差し伸べる。


「うぅ……初歩魔法すら上手くできない……」


「…………」


 土埃で身体を汚し、咳き込むリエルを見てローブマントを被った少女は顎に手を当ててしばし考え込む様子を見せる。


「…………」


 再び周囲に視線を向け、眼前に立つ瑠璃色の髪を持つ少女が過ごしてきた日々に思いを馳せる。


「……貴方は本当に初歩魔法も扱えないのですか?」


「…………」


「……そんなはずはないのですが」


「……え?」


 ぶつぶつと何かを呟くローブマントの少女。

 その声音を聞き取れずにリエルは小首を傾げるばかり。


「……私はハイラント王国で魔法書店を開いている、ユピル・リリラと申します。貴方のお名前は?」


「……リエル・レイネル」


「リエルさんですね。どうでしょう、貴方の目的が果たされるまでの間、うちで魔法の鍛錬を続けてみませんか?」


「……えっ?」


「長年、魔法書店をやってるだけあって、魔法に関しての知識には自信があるんです。きっと、貴方の役に立つと思いますよ」


「でも、私……お金が……」


「もぉー、いいんですよッ! 全ては貴方の選択次第。この劣悪な環境で孤独に鍛錬を続けるか、それとも違う道を進んでみるか……細かいことは気にしなくていいのです、自分が思う最善の選択をしてください」


「…………」


 ユピルの提案に戸惑いを隠せないリエルだが、彼女の言葉が鼓膜を震わせ、少しの沈黙を経過した後、リエルは小さく頷く。


「……よろしく、お願いします」


「うん、それがいい選択ですね」


 リエルの言葉にユピルは満足げな笑みを浮かべる。


 大切な人を守りたい。


 自分が望んで背負う大事な使命を全うするため、瑠璃色の髪をもつ少女は小さいながらも一步ずつ進んでいくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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