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第五章54 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅢ:物語からの回帰

「い、今のは……?」


「過去、この世界を襲った真実の物語。そして、その場にリエル、貴方も存在していたの」


「なんで……でも、儂にはそんな記憶……」


 シュナが見せたのは、過去に世界を救った女神と魔竜との壮絶なる戦いの記憶。


 それを映像として見せられた瑠璃色の髪を持つ少女・リエルは、しかし見せられた映像に対して戸惑いを隠すことができないでいた。過去の映像の中で、リエルは幼いながらもその場に存在していた。それにも関わらず、リエルの記憶にはその映像のことが一切残されてはいなかった。


「いくら幼いといっても、そんな全ての記憶を失うなんて有り得ない……」


「そうだね。あの日の記憶をもっているのは、とても限られた存在だけ」


「限られた存在?」


「そう。世界を破滅へと導く魔竜と、世界を守護する女神の存在は秘匿されるべきだったのと、数多の人間が命を落とした直視できない現実を、貴方に見せたくはなかったの」


「…………」


「ごめんなさい。勝手にリエルの記憶を操作するようなことして……」


 呆然と立ち尽くすリエルに、シュナは悲しげな表情を浮かべてゆっくりと頭を下げる。


 突如として膨大な情報が脳に蘇り、リエルは呼吸を整え、ゆっくりとひとつずつ咀嚼して理解する努力を行う。自分が体験していた魔竜と女神の死闘。その戦いにおいて、彼女は何もすることができなかった。


「…………」


 力になれないどころか、姉・シュナが命を落とすきっかけを作ったのが自分である。その事実がリエルの心に深い闇を落とす。


「……どうして、今このタイミングで映像を見せたんじゃ?」


 静寂が支配する場で、リエルが放つのは姉であり、女神であるシュナの真意を確認する言葉だった。紛れもない真実の物語を見て、リエルの中で眼前に立つ少女が姉・シュナであるという確信は持つことができた。


 であるならば、次に彼女が確認すべきは女神・シュナがこのタイミングで世界の真実を見せた意図である。


「……リエル。貴方が進む道の前に立ち塞がる戦いがどういうものか……それを、見せるため」


「…………」


「世界は今、仮初の平穏の中にいる。魔竜は完全に封印されていないし、それとは違う新たな脅威が日に日に存在を増している」


「魔竜……新たな脅威……?」


 シュナの言葉が鼓膜を震わせ、リエルの脳裏には帝国ガリアでの光景が蘇っていた。


 グリモワールと呼ばれる異形の力を行使する存在。自分が主だと認める少年もまた、異形の力を行使する存在であり、確かに彼らを中心に世界は新たな動きを見せようとしているのは間違いなかった。


「私たち女神は、今の世界を構築するだけで精一杯。それなら、新たな世界の脅威に対抗するのはリエル……貴方たちよ」


 姉としてではない、女神・シュナの言葉が重いプレッシャーとなってリエルの両肩にのしかかってくる。


「…………」


「なんとなく気付いているかもしれないけど、貴方たちの仲間も今、こうしてそれぞれが試練を受けている」


「……試練」


「それぞれが試練に課されたお題をクリアすることを求められる。それに合格することができたのならば、この嵐の先へと進むことが許される。そして、世界を救うための資格を得ることができる」


「……試練を突破することができなければ、その者はここで脱落する」


「……神谷 航大。今、世界にくすぶる悪を打ち破る素質をもつのは彼だけ。彼と共に進むには貴方も試練を突破しなければならない」


「さすがは儂が見込んだ主様ということじゃな。あの人には何か惹かれるものがあった。姉様が宿っているからではない。いつしか儂は、姉様のことを抜きにしてあの人と共に生きたいと思ったのじゃ」


「…………」


「主様を守ると誓った。その誓いをこんなところで打ち砕かれる訳にはいかぬ」


 過去に惑うリエルの姿はいつの間にか姿を消していた。


 今、砂塵の中に佇む瑠璃色の髪をもつ少女が浮かべるのは、強い決意が滲んだ真剣な表情なのであった。


「うん。その顔を待ってた。それじゃ、リエル……貴方が受ける試練の内容を発表するよ」


「…………」


 リエルの表情を見て安堵の笑みを浮かべるシュナは、静かにそう言い放つと右手を広げる。

 彼女が広げる右手に少しずつ魔力が集中していき、集められた魔力が一本の『杖』を生成する。


「リエル。貴方が挑むべき試練は、私の手からこの杖を奪う。ただそれだけ」


「……奪う?」


「奪うための手段は問わない。魔法でも物理でも、あらゆる手を使って、この杖を奪う……それがリエルの試練」


「…………」



「――殺す気できてね、リエル?」



 シュナの顔は微笑を浮かべている。リエルの記憶にあるいつもの姉が見せる姿だ。


 しかし、リエルの背筋は今までにないほどに凍えていた。

 それは微笑を浮かべる姉の瞳が冷徹な殺気を隠そうともしていなかったからである。


「……ふん、いくぞッ!」


 背筋が凍ったのも一瞬、リエルはその顔に自信満々な笑みを浮かべると、両足に力を入れて飛び出していく。


 新たなる砂塵の試練の幕が開く。



◆◆◆◆◆



「……リエル、貴方はまだ未熟。とても未熟」


「…………」


 暴風が吹き荒れる砂塵の中。そこで始まったのは瑠璃色の髪をもつ姉妹の『殺し合い』だった。


 世界を救うために力を振るう妹の前に立ち塞がるのは、世界を守護する女神である姉。試練が始まってからしばらくの時間が経過し、砂塵の中に倒れるのは瑠璃色の髪を短く切り揃えた妹の少女である。


 少女の身体は所々が凍りついていた。

 少女の身体は鮮血で濡れていた。


「さようなら、リエル。貴方にはまだ、早かった――」


 姉の言葉が静かに響き渡る。


 その直後、砂塵に倒れ伏す少女の身体に数多の氷花が咲き乱れるのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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