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第五章47 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅥ:邂逅の女神

「それにしても、ようやく出てきた……って、感じだねー」


「ふむ。このようなデカブツ、今までどうして隠れていられたのか、不思議、摩訶不思議、奇想天外なり」


「まぁ、こうして邂逅を果たすことができたのです。それで良しとしましょう」


 魔竜による支配や破壊が進む混沌とした古の世界。


 人々を襲う脅威が日に日に勢いを増す中、バルベット大陸の最北端に位置するアルジェンテ地方へ『それ』は姿を現した。


 高く聳え立つアルジェンテ氷山に姿を現すのは、まさに世界を混沌の渦に陥れている魔竜そのものだった。人間が見上げるほどの巨体に、大地を切り裂く鋭利な爪。闇夜に広げられた黒翼は噴煙を上げる氷都市・ミノルアへ差す月明かりを遮断している。


 魔竜が持つ紅蓮の瞳が自らの足元を見つめている。


 そこには五人の人間が存在しており、これまでの魔竜であるならば意にも介さない存在であったはずだった。しかし、魔竜はこの世界に存在して初めて、人間に興味を示したのである。


「…………」


 魔竜は言葉を発することなく、ただ沈黙をもって自分に歯向かおうとする人間たちの様子を観察している。


「それでさ、これからどうする?」


 魔竜が動かないことを確認するなり、毛先が背中にまで届く髪をサイドポニーの形で結び、よれよれのシャツと太腿を大胆に露出した純白の短いスカートを夜風に靡かせた少女が他の二人に問いかけを投げかける。


「答えは唯一、簡単、単純明快である。私たちの力をもってして、悪、最悪、災厄を討ち倒すのみッ!」


 茶髪少女の問いかけに真っ先に反応を見せたのは、紅蓮の髪を短く切り揃え、魔竜を前にして爛々とつり目を輝かせた少女である。紅蓮の髪を持つ少女は、肩から手先、そして太腿から足首までを露出した黒を基調にして赤いラインが入った騎士服と、紅蓮の炎が描かれたマントを羽織った格好をしている。


 その手に剣や槍などの武器はもっておらす、しかしその顔は目の前に存在する『魔竜』だけを捉えており、今すぐにでも一人だけで飛び出していきそうな気配を醸し出している。


「あー、はいはい。アスカならそう言うと思ってたよ。ダイアナはどうする?」


 『アスカ』と呼ばれた紅蓮の髪を持つ少女の返答にやれやれといった様子でため息を漏らす茶髪の少女。彼女は次に白銀の髪を持つ少女へと問いかけを投げる。


「そんなこと聞くまでもありませんよ、カガリ。私もアスカと考えは同じです。世界を混沌へと誘う諸悪の根源である魔竜が目の前に存在している。それならば『女神』である私たちが取るべき行動はただ一つ」


 ダイアナと呼ばれた白銀の髪を持つ少女は、カガリと呼ぶ茶髪の少女が投げかけてきた問いかけに対して表情を一切変えることなく、険しく、そして凛々しい顔つきで至極真っ当で模範的な解答を言葉にする。


 彼女は白銀の髪をポニーテールの形で結んでおり、この場に存在するどの少女よりも容姿が大人びていた。


 この時代には存在せず、遥か未来の世界にて強い存在感を放つ『剣姫』に似た格好をしており、白銀の甲冑ドレスが月明かりを受けて輝いている。


「うーん……まぁ、そうなるよねー。でもさ、この子はどうするの? 魔竜を完全に倒すためには、僕たち三人の力だけじゃ足りないこと……アスカとダイアナは理解してるよねー?」


「…………」


「ふん、女神たるもの敗北は言語道断、許されない、許し難い行為である。世界を守るために戦わずして、どうして自らの存在を証明できるッ!?」


「…………とのことなんだけど、戦えるのかなぁ……シュナちゃん?」


 ダイアナとアスカの様子を観察し、カガリはやれやれといった様子で何度目かのため息を漏らすと、未だに放心状態で状況を理解できていないシュナに問いかけを投げかける。


 それはまだ幼い少女に継戦の意志を問うものであった。


 元々、この瞬間まで戦うことすら知らないで生きてきた幼い少女に対しても、カガリたち『女神』は自分たちと同じ資格を得たのなら、その命を賭けて戦うべきだと暗に伝えているのだ。


「……戦います」


「ふむ、当然であり、必然であり、決定事項であるッ!」


「それなら早く立ちなさい。敵は目の前に存在しているのですよ」


「あははーッ! シュナちゃんならそう言ってくれると信じてたよッ!」


「シュ、シュナちゃん……」


「身体は大丈夫かい? 僕が治してあげるよ」


「えっ……治すってそんなことが……?」


「あっはっはー、僕を誰だと思っているんだい? 風の女神で、治癒魔法が得意な女の子だよッ! 死んでいなければ、ある程度の傷はお茶の子さいさいって奴さッ!」


 ぴょんぴょんと身体を跳ねさせ、上機嫌な様子で語る茶髪の少女・カガリは、幼い印象を与える可愛らしい顔をくしゃくしゃにして笑みを浮かべると、その手に風の魔力を集中させていく。



「全てを癒し、万物を治癒する精霊よ、この者に祝福を与え給え――風精治癒ッ!」



 詠唱を終えるなり、カガリの両手を薄緑の淡い光が包み込み始める。突如として姿を現した光は次第にその輝きを増すと、小さな『精霊』へと姿を変えていく。


「可愛い女の子に傷が残ったら大変だからねー、ちゃんと治してあげてね?」


「――――」


 カガリの魔法によって生まれた風の精霊たちは、彼女の言葉をしっかりと理解しているのか小さく頷くと全身を傷だらけにしているシュナの元へと飛翔する。


「治癒が終わり次第、こちらに合流しろ。我たちは先に行くッ!」


「魔竜の力……見せてもらうぞッ!」


 シュナの治癒が始まるのを確認するなり、我慢できないといった様子で赤髪をサイドポニーの形に結んだ少女・アスカが我先にと飛び出していく。


 それに続く形で白銀の髪をポニーテールにした大人びた顔立ちをしている少女・ダイアナも表情を険しくしたままで地面を蹴ると魔竜めがけて飛び出していく。


「全く……あの子たちは本当に我慢ができないんだよねぇ……」


「だ、大丈夫なの……?」


「まぁ、死にはしないと思うよ。シュナちゃんも傷が癒えるまで、アスカとダイアナの戦いを見ているといいよ」


 カガリの言葉に導かれるように、シュナの視線は遥か前方を飛ぶ二人を追う。つい数秒前まで自分の近くに存在していたアスカとダイアナは、たった一飛びで豆粒レベルにまで遠く離れてしまっていた。


 彼女たちが立っていた場所には魔竜の攻撃によって巨大なクレーターが存在していたのだが、アスカとダイアナが跳躍する際に、そのクレーターは更に大きく広がりを見せているのであった。


「熱い、暑い、滾ってきたあああぁぁぁーーーーーッ!」


「はぁ……相変わらず、戦いとなるとうるさいですね、貴方は」


「これが黙っていられるかッ! 我は今、世界最強の存在と対峙しているのだッ!」


 闇夜に赤髪を風に靡かせるアスカは、その瞳を爛々と輝かせながら凄まじい速さで跳躍を続けている。テンションが上がっていることは一目瞭然であり、彼女が根っからの戦闘狂であることが伺える。


 アスカはその手に一切の武器を持たない。


 彼女が振るうのは己の拳と脚であり、業炎を支配せし炎獄の女神である彼女の両手、両足は眩い輝きを放つ炎に包まれている。


「馬鹿みたいに突っ込むのはいいですが、呆気なくやられないように」


 風を切って突き進むアスカに遅れることなく、しっかりと彼女の速度に合わせて追随しているのは白銀の髪を靡かせる少女・ダイアナだった。


 彼女もまた月明かりを受けて眩い輝きを放つ甲冑ドレスを翻しながら、一直線に魔竜を目指して飛び続ける。ダイアナはアスカとは違い、その手に一本の両刃剣を握っている。


 ダイアナが持つのは世界誕生と共に生まれたとされる『聖剣』であり、しかしその名を知る者はこの世のどこにも存在しない。世界創造の剣とも呼ばれており、所有者の魔力を遥かに上回る気が遠くなるほどの膨大な魔力を内包しているとされている。


 聖なる輝きを放つ聖剣の前には、どんな悪も存在することができないとされており、東方の女神・ダイアナはそんな聖剣に選ばれた唯一の人間である。


「――――ッ!」


 アルジェンテ氷山を背にした形で存在し続ける魔竜。紅蓮の瞳を妖しく輝かせる魔竜は、自分の元に近づいてくる二つの存在をしっかりと認識し、その瞳に捉えていた。そして、魔竜は瞬時に理解する、接近してきている存在は自分の存在を揺るがしかねない力をもっていることを――。


「来るぞッ!」


「……芸のない火球攻撃。アスカ、任せましたよ」


「ふん、我に炎の攻撃は効かぬッ!」


 生まれて初めて身の危機を感じた魔竜は、アスカとダイアナが攻撃を仕掛けてくる前に先制しようと動き出す。周囲一帯に響き渡る咆哮を上げ、自らが内包する魔力を瞬間的に膨張させると、口を開けて超巨大な火球を生成し、吐き出していく。


「ダイアナさんたちが危ないッ!」


「おっとっと、まだ動いちゃダメだよ。シュナちゃん」


「で、でもッ……あんな攻撃……防げる訳が……」


「あははー、シュナちゃんはまだ女神になったばかりだし、しょうがないかもしれないね」


「……えっ?」


「世界を守護するために生まれてきた『女神』と呼ばれる存在が、どれほどまでの力をもっているのか……君はまだ、それを知らないんだよ」


 魔竜の咆哮が鼓膜を震わせ、遠くからでもハッキリと分かる巨大な火球がアスカとダイアナを襲っているのがシュナの目に映る。常人であるならば、間違いなく絶望的な気持ちにさせてくれるであろう火球を前にしても、アスカとダイアナは突進する速度を落とすことなく真正面から火球へと突っ込んでいく。



「空気を焦がし、大地を燃やし、立ち塞がる全てを灰燼と化せッ――絶・炎獄拳ッ!」



 火球へと突っ込むアスカは、瞬時に詠唱を終えると自身の右手に業炎を纏っていく。



「はあああああああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」



 周囲に轟くは少女の咆哮。

 声を上げ、自らを鼓舞し、アスカは業炎を纏った右手を火球へと振るっていく。


「――――」


 それは一瞬の出来事だった。


 闇夜を照らす刹那の閃光が周囲に走った次の瞬間、大地を揺るがし、澄み切った風を震わせる轟音が響き渡る。


 あまりに強い輝きを前に、シュナは思わず目を瞑ってしまうのだが、それは人間として当たり前の正しい行動なのである。だからこそ、シュナは次に目を開けた時に真っ先に赤髪をもったアスカの姿を探すのであった。


「――まずは一撃ッ!」


 静寂を破るのは凛と響く少女の声音。


 その声の持ち主は炎獄の女神という名を持つ少女・アスカであり、彼女はあれほどまでの火球を自らの拳で打ち破り、そして無傷のまま跳躍を続けているのだ。


 彼女が直進する勢いはそのままに、業炎を纏った右手を再び振りかぶると、視界を覆い尽くす魔竜へと全力の拳を打ち付けるのであった。


「――――ッ!?」


 生まれて初めて、永き時を生きてきた魔竜はこの日初めて悲痛な咆哮を漏らすのであった。凄まじい衝撃と共に胴体へ打ち込まれるアスカの拳。あらゆる魔法に対して免疫効果をもつ魔竜の防壁すら一発で打ち破るアスカの拳がヒットし、魔竜は生まれて初めて自らの身体に『傷』を負うのであった。


 それは人類が何年、何十年、何百年と時間をかけても成し遂げることができなかった偉業。


 混沌とした世界に差す希望の光、『女神』と呼ばれる少女たちは、絶対の悪神である魔竜へ鮮烈な挨拶を済ませるのであった。

桜葉です。

最近、ブクマや閲覧数が微増してきています。誠にありがとうございます。

長編になってきて、追うのも大変かと思いますが、今後ともよろしくお願いします。

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