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第五章46 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅤ:姿を現す者

「――やばいッ!?」


 遥か古の時代。


 たった一匹の魔竜が世界を混沌に陥れている時代のバルベット大陸。そこの最北端に存在する氷都市・ミノルア。


 つい先日まで混沌とする世界においても平穏な日々が流れていたこの場所に、多勢の魔獣を引き連れて魔竜が姿を現した。北部に存在する田舎街は、突如として姿を現した魔獣たちの前に為す術もなく壊滅してしまう。


 魔竜が力を貸すまでもなく一つの街が壊滅してしまったのは事実であり、その歴史的な出来事に瑠璃色の髪を持つ姉妹・シュナとリエルは巻き込まれてしまうのであった。


 魔獣の攻撃を受け、重傷を負った末に命を落としたのは姉・シュナであった。彼女は魔法の才能を持ちながらも、妹・リエルを救うために自らの命を落とした。これで彼女の物語は終わりかと思われた瞬間、彼女に劇的な変化が現れた。


「――――ッ!」


 命を落とした一人の少女が『女神』として降臨する。


 それは人類が持つ最後の希望であり、世界を支配しようとする魔竜に対抗できる唯一の存在であった。そんな『女神』に、姉であるシュナは選ばれ、こうして再び目を覚まして現世に帰ってくることができたのであった。


「そ、そんなッ!?」


 女神として再臨を果たすことができたシュナは、その圧倒的な力を用いて自分を苦しめた魔獣たちを一掃する。その後、姿を現した魔竜相手に持てる力の全てをぶつけた結果に、魔竜へ傷の一つを負わせることに成功した……かのように思えた。


 しかし、結果としてシュナが放つ魔法をもってしても、魔竜には傷を刻むことすら不可能であり、今度は逆に身動きが取れない中で魔竜が吐き出す炎渦に飲み込まれようとしているのであった。


「お姉ちゃんッ!?」


 姉のピンチに妹・リエルの悲痛な声音が響き渡る。


 空中で身動きが取れないシュナの身体を容赦なく襲う炎渦。触れれば全てを焦がす業炎が迫る中、シュナは忌々しげに表情を歪める。


「――――くッ!」


 シュナの口から苦しげな声音が漏れるのと同時に、瑠璃色の髪を腰まで伸ばした少女の身体が炎渦の中へと無情にも消えていく。


 その様子を見守ることしかできないリエル。彼女はその目を大きく見開いて、信じられない光景に絶句する。二度、大切な人が命を落とす瞬間を見るのは、小さな少女にとってあまりにも酷な現実であると言わざるを得なかった。


「そ、そんな……お姉ちゃんッ……」


「ぷはぁッ!」


 リエルの震える声音が紡がれたのと、炎渦から飛び出してくる人影があったのはほぼ同時であった。その小さな身体を雪の上でバウンドさせながら、炎渦から飛び出してきた存在はアルジェンテ氷山の雪の中に埋もれてしまう。


「お姉ちゃんッ……お姉ちゃぁんッ!」


 炎渦から飛び出してきたのは姉・シュナであると確信を持っていたリエルは、瞳からいっぱいの涙を流しながら駆け寄っていく。


「けほっ、こほっ……さすがに……あれくらいで倒すことはできないか……」


「お姉ちゃん、大丈夫なのッ……!?」


「大丈夫かって言われると……そこそこキツイけどね……」


 周囲の雪を溶かしながら、その身体を包んでいた炎を鎮火させるシュナ。

 その小柄な身体をボロボロにさせながらも、シュナは立ち上がる。


 彼女の表情はまだ何も諦めてはおらず、鋭い視線で眼前に立つ魔竜を睨みつける。


「――――ッ!」


 まだ立ち向かう様子を見せるシュナに対して、魔竜が再び咆哮を上げる。


 世界を混沌に陥れる魔竜は、相手が小柄な少女であっても手加減をすることはなかった。膨大な魔力を体内に内包した魔竜は、咆哮と共に新たな攻撃を繰り出そうとする。


「これはまずいかも……」


「どうするの、お姉ちゃん……?」


「大丈夫、安心してリエル。まだ手はあるから……」


 険しい表情を浮かべながらも、シュナは魔竜を前に逃げることをしなかった。


 対峙する魔竜がどのような攻撃を繰り出してくるかは不明だが、それでも彼女にはまだ諦める前に打つ手が存在しているのだ。


「――――ッ!」


 再び魔竜の咆哮が響き渡ると、その動きに呼応するかのように大地が激しく揺れる。


 普通なら立っていることすら困難な揺れの中で、魔竜は自らが持つ魔力を放出し、大人の身体を容易に包み込める巨大な炎球を無数に生成していく。


 十や二十を遥かに超える炎球が虚空に出現し、今からあの炎球が自分を襲ってくるのは間違いない。しかし、それでもシュナはその場から動かずに待ちの体勢を続ける。


「……来るッ!」

「――――ッ!」


 魔竜の咆哮が響き渡り、虚空に存在する無数の炎球がシュナをめがけて飛翔し始める。


「女神の加護を受けし氷壁よ、今ここにあらゆる攻撃を防ぐ盾となれ――絶対氷鏡ッ!」


 接近する炎球が着弾するよりも先に、シュナは新たなる魔法の詠唱を始める。それは、自らの周囲に氷の壁を生成し、あらゆる攻撃から身を守るものであった。


 シュナの防御魔法が展開されるのと同時に、魔竜が放つ炎球の連撃が雨のように襲い掛かってくる。一発、一発が大地を揺るがす凄まじい威力をもっており、それを無数に浴びることでシュナたちの身体はあっという間に粉塵の中へと消えてしまう。


「…………」


 どれくらいの時間が経過したのだろうか。


 たった数秒かもしれない、数分は経過したかもしれない、度重なる攻撃の中で時間の感覚すら奪われていく。そんな地獄絵図に飲み込まれるシュナとリエルの安否を、今は誰も知る由はない。しかし、誰が見ても絶望的な状況であることに間違いはない。


「…………」


 ようやく攻撃が止むと、その後には異様な静寂が場を支配していた。


 シュナとリエルが立っていた場所には超巨大なクレーターが出現していて、その場に存在していた雪はもちろん消失しており、アルジェンテ氷山の山頂にまで達する粉塵が彼女たちが立っていた場所を中心に月夜の空へと伸びていく。


 未だに姿を見せないシュナとリエルの安否は絶望的であった。


 魔竜もまた自らが攻撃した地点に視線を向けるが、何ら動きを見せない様子から全てが終わったと判断し、その巨体を久方ぶりに動かす。


 これ以上、この場に用はないと言わんばかりに背を向け闇夜に消えようとした瞬間だった。


「ふうぅ……なんとか間に合ってよかったよー」


 シュナでもリエルのものでもない快活な声音が静寂を突き破るように響き渡った。

 第三者の声音が鼓膜を震わせ、魔竜は踵を返そうとしていた身体の動きを止める。


 そして未だに妖しい輝きを放つ紅蓮の瞳を声がした方向へと向ける。


「さすがにこの魔竜を相手に一人で相手するのは、分が悪いっていうレベルじゃないかなー」


「全くであり、当然であり、当たり前なことだッ! 我を出し抜いて魔竜を倒すなど、決して、間違いなく、当然に許されないことである!」


「はぁ……折角誕生した女神が、合流前に死ぬ……なんていうことにならなくてよかったですわね」


「…………えっ?」


 粉塵が完全に晴れる。

 そこにはシュナの死体も、リエルの亡骸も存在はしなかった。


 在るのは五つの人影である。


 一つは瑠璃色の髪を肩上で切り揃えた小さな少女・リエル。

 一つは瑠璃色の髪を腰まで伸ばし、その身体をボロボロにした女神・シュナ。


 ここまでは魔竜も把握している氷都市・ミノルアに存在していた人物のものだった。

 しかし、魔竜にとって問題なのはそれ以外の人影だった。


 一つは闇夜でも紅蓮に輝く赤髪を短く切り揃えた、見るからに快活で勝ち気な印象を与える少女。


 一つは茶髪の髪を背中まで伸ばし、その髪をサイドポニーの形で結ぶ小柄な少女。


 一つは闇夜の中で最も強い輝きを放つ白銀の髪を一本で結び、ポニーテールの形を作る少女。


 突如として姿を現した少女たちは、それぞれが思いのままの防御魔法を展開することで、魔竜の攻撃に晒されたシュナとリエルを救った。四人の力を合わせたからといって、魔竜の攻撃を完全に防ぎ切るには、相当以上の魔力が必要である。


「あ、あなたたちは……?」


 目の前の光景が信じられず、震える声音で問いかけるシュナ。


「僕たちは貴方と同じ、世界を守護することを命じられた女神って奴かなー」


 まず言葉を発したのは、茶髪をサイドポニーにしている少女だった。

 視線は魔竜に向けたまま、軽い感じでシュナの問いかけに答える。


「このデカブツ……魔竜とかいう奴をぶっ潰すために作られた存在って訳だ」


 次に声を発したのは、紅蓮の髪を短く切り揃えた勝ち気で快活な印象を与える少女だった。彼女だけ声音が異様に昂ぶっており、今すぐにでも飛び出していきそうな雰囲気を纏っている。


「……そういうことですわ」


 そして最後に声を発するのが、この中でも一際眩い輝きを放つ少女だった。


 彼女は白銀の髪をポニーテールにすると、美しく輝く甲冑ドレスに金色に輝く両刃剣を手にしていた。茶髪の少女と赤髪の少女が比較的軽装な中で、白銀の髪を持つ大人びた少女だけが『騎士』を思わせる容姿をしていた。


「…………女神」


 自分を助けてくれた少女たちに目をやり、シュナはまだ戦いが終わっていないことを確信する。


 混沌に支配される世界。

 そんな世界に差す希望の光。


 世界の命運を左右する戦いが始まろうとしていた。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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