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第五章45 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅣ:女神降臨

 世界は魔竜による混沌に支配されようとしていた。


 圧倒的で暴虐的な力を擁する魔竜は、人々が住まう大地を一つ、また一つと破壊し、その支配権を着実に拡大しようとしていた。ハイラント王国が存在するバルベット大陸。緑が豊かなこの大陸は、これまでの歴史において魔竜の攻撃や支配を受けていない唯一の存在であった。


 それというのも、何か特別な力がある訳ではなく、ただ魔竜のきまぐれによって見逃されていただけだ。そんな束の間の平穏はこの時をもって唐突に終焉を迎えることとなった。


「…………」


 世界を破壊し、支配しようとする魔竜は夥しい数の魔獣たちを引き連れて、バルベット大陸の最北端に位置する氷都市・ミノルアを襲った。魔竜による攻撃に怯え暮らしていた人々は、大群で押し寄せる魔獣たちを前に為す術もなく命を落とした。


「お姉……ちゃん……?」


 氷都市・ミノルアで生まれ、そして育ってきた瑠璃色の髪を持つ姉妹・リエルとシュナもまた魔獣たちの襲撃に巻き込まれてしまった。姉であるシュナは、生まれながら持っている魔法の才能を生かし魔獣を撃退することに成功したが、妹・リエルを助けるためにその命を落とした。


「どうして……お姉ちゃん……だって……お姉ちゃんは……」


「ふぅ……本当に戻って来れるなんてね、さすがにビックリ」


 今、リエルは氷都市・ミノルアのすぐ近くに存在するアルジェンテ氷山という場所に存在していた。氷山には何かあった際の避難所があるからだった。そこへ逃げ込もうとしたリエルだったが、その道中で魔獣たちに囲まれ、そして世界の混沌たる元凶である魔竜と遭遇してしまった。


 誰が見ても確信的な絶望を前に、眩い輝きを放ち、『圧倒的』なまでの魔力と共に目を覚ました存在があった。それは『人間』ではない。人の形をした全く異なる存在であり、人々はその存在のことを、後にこう呼ぶこととなる――『女神』と。


「ただいま、リエル。色々とややこしいことになっちゃったけど……こうして、貴方を助けることができて……私は嬉しい」


「お姉ちゃん……シュナ……お姉ちゃん……なんだよね……?」


「……えぇ。私はシュナ。世界を守護する女神――シュナよ」


 綺羅びやかに風に靡く薄青のドレスに身を纏い、瑠璃色の髪が月夜に輝かせるシュナは、リエルが知っている姉の姿よりも数段と大人びていた。


 姉の死を確認していたのと、再び姿を現した瑠璃色の髪を持つ少女の姿が、自分が知っている姉・シュナの姿と大きく違っていたからこそ、リエルはすぐにシュナであるとの確信を得ることができなかった。しかし、眼前に立つ少女が自らをシュナであると認めたことで、リエルは真の意味で愛する姉が戻ってきてくれたのだと確信することができた。


「リエルはそこに居て。ここは私がなんとかするから」


「えっ……でも……」


「大丈夫。もう私は負けないから」


 ちらっと後ろに立つリエルを見て、シュナは全てを優しく包み込む笑みを浮かべる。

リエルは心配していたのだ、誰が見ても絶望的な状況だからこそ逃げるべきなのではないかと考えていた。しかし、女神として現世に降臨した女神・シュナはそれを良しとせず、周囲を取り囲む魔獣、その巨体を惜しげもなく晒している魔竜すらも倒す気でいるのだ。


「――――ッ!」


 そんなリエルとシュナのやり取りを間近で観察していた魔竜が、何の前触れもなく咆哮を上げると、それに呼応するように魔獣たちが動き出す。


「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」


 魔獣が動き出すのと同時に女神・シュナもまた詠唱を始めていた。

 それは氷魔法の中でも、最上に位置づけられる究極の魔法。


 右手を天に突き上げるシュナを中心に膨大な魔力が集中すると、その手に超巨大な氷の槍が出現する。人間の身体を容易に上回る氷槍を生成したシュナは、それをおもむろに回転させる。


「はああああぁぁぁぁーーーーッ!」


 シュナの手の平で回転し始めた氷槍は、徐々にその速度を増していくとシュナを中心とした周囲に暴風を発生させていく。


「――――ッ!?」


 一直線に突進していた魔獣たちは、リエルが発生させた暴風に触れるなり、その身体を瞬時に凍結させてしまう。その巨体を凍らせた魔獣たちは、更にシュナが振るう氷槍によってその身体を崩壊させ、絶命してしまう。


 あらゆる手段でシュナに近づこうとする魔獣たちであったが、しかし回転する氷槍の前に一匹、また一匹とその命を散らしていく。


「リエル、今度はしっかりと私の後ろに居てね?」


「えっ……う、うん……」


 血飛沫を上げて命を散らしていく魔獣たちに目をくれることもなく、シュナは後ろで身体を小さくしているリエルに優しく言葉を投げかけると、再び険しい表情を浮かべて前を睨みつける。


「――――ッ!」


 シュナが視線を向ける先。

 そこにはアルジェンテ氷山を背に沈黙をもってシュナを見下ろす魔竜の姿があった。


 魔竜もまた一人の少女を相手に無残にも死んでいく魔獣たちに興味を示すことはなく、今、魔竜がこの世界で最も興味を持つ存在……女神・シュナにその視線が注がれているのであった。


「きゃッ!?」


 シュナと睨み合う両者で、先に動きを見せたのが魔竜だった。


 紅蓮の瞳を輝かせ、口を大きく開けた後に咆哮を上げる漆黒の魔竜。その咆哮は衝撃波となり魔竜を中心に周囲へ広がっていく。その勢いは凄まじく、間近で受けたシュナは魔竜の咆哮を前にその小さな身体を吹き飛ばされてしまう。


「リエル、捕まってッ!」


「うんっ……!」


 魔竜の咆哮によってシュナとリエルの身体は宙に浮いてしまうのだが、瞬時に体勢を立て直し、その魔力で宙を滑空するシュナは、リエルの手をしっかりと握りしめると、ふかふかの雪の上に着地する。


「ふぅ……さすがにビックリしたなぁ……」


「お姉ちゃんッ……逃げた方がいいよッ……!」


 ただ咆哮を上げるだけでシュナたちの身体を吹き飛ばす魔竜の力を前にして、リエルはその瞳にいっぱいの涙を溜めて、再び目を覚ました姉に逃げるという選択肢を提案する。


 普通に考えればリエルの選択肢は正しく、世界を混沌に陥れ、未だかつて誰も魔竜の討伐を成功させていない事実からも、この場は逃げることが正しいのは歴然であった。


「……大丈夫。今なら戦える……絶対に倒せる」


「…………」


「リエルは信じて待ってて。絶対に私は勝つから」


「………………うん」


 姉の言葉にリエルは頷くしかなかった。


 それだけ、女神として復活を遂げたシュナの表情や態度は自信に満ちていて、その声音は聞く人間に強い安堵感を与えるものであったからだった。


「さぁて、街をこんなにしてくれた責任……取ってもらうからねッ!」


「…………」


「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」


 シュナの言葉に魔竜は僅かに目を細めるだけ。動きがないことを確認するなり、シュナは右手を伸ばし、指を目一杯に開くと再び魔法の詠唱を始めていく。


「はああああぁぁぁぁーーーーッ!」


 地面を強く蹴り、粉雪の粉塵を巻き上げながら跳躍するシュナ。彼女の小さな身体はあっという間に魔竜の顔付近まで接近を果たすと、その右手に生成された超巨大な氷槍を思い切り投げつけていく。


「…………」


 瞬く間の内に自身の眼前へと接近を果たす氷槍。

 自らの身体を貫こうとする槍が接近しているにも関わらず、魔竜は身動きひとつ取ろうとはしない。


「くッ!?」


 シュナが投擲した氷槍は、そのまま魔竜の胴体を貫くかに思えた。しかし、次の瞬間には魔竜の身体を貫くどころか、槍の先端が魔竜の身体に触れる直前に、突如として氷槍はその姿を保っていられずに瓦解してしまう。


「それならッ……!」


 一本でダメなら出来る限り複数を投げるだけ。

 シュナは表情を引き締めると、今度は両手に氷槍を生成していく。


「てりゃああああぁぁぁぁーーーーーーッ!」


 怒号と共に氷槍を生成しては投げる。生成しては投げるという動作をひたすらに繰り返していくシュナ。


「…………」


 夥しい数の氷槍が迫ってくる中で、それでも魔竜は身動きを取ることはない。


 それはシュナの力を推し量っているかのごとき状態であり、絶え間なく続くシュナの攻撃を前に魔竜の様子が少しずつ変化していく。


「……もうちょっとでッ……いけそうッ!」


 これまでに何本の氷槍が魔竜を襲ったのか。

 数えることすら億劫になる氷槍の雨に、魔竜の防御に綻びが出始める。


「…………」


 シュナが投げる氷槍は相変わらず魔竜の身体に到達する直前で瓦解していくのだが、少しずつ、確かに槍の先端が魔竜の身体に接近していた。魔竜はその膨大な魔力によって自らの身体を守護する防御魔法を展開しており、シュナが投げる氷槍はその防御壁に触れることで破壊されていたのだった。


 どんな攻撃も通すことのない鉄壁の防御壁であったのだが、シュナが使役する氷魔法の破壊力も凄まじく、氷槍が触れる度に少しずつだが確かに防御壁は崩壊しているのだ。


「次で最後ッ……氷槍龍牙ッ!」


 これが最後だと言わんばかりにシュナは、ありったけの魔力を右手に集中させていくと超巨大な氷槍を生成させる。


「いっけええええぇぇぇーーーーーーッ!」


 怒号と共に投擲される氷槍。


 今までと比べても一回りほど巨大な氷槍が魔竜の胴体へ一直線に飛翔していく。魔竜の身体に触れようとした瞬間、一瞬の眩い閃光が走ると魔竜の身体を覆っていた防御壁が完全に崩壊する。


「よしッ!」


 氷槍が魔竜の身体を完全に捉えたことを確認するなり、シュナはすぐさま次なる行動へと移っていく。


「万物を凍てつかせる氷の槍よ、全てを破壊せし大輪の花を咲かせよ――氷槍連花ッ!」


 氷槍の先端が魔竜の身体に触れた瞬間、シュナが投擲した氷槍が突如として爆ぜる。


 爆ぜた氷槍は細かい粒子となり、更にその姿を月夜に輝く花に変えて連鎖して爆発を繰り返していく。圧倒的なまでの氷魔法は、立ち尽くす魔竜の身体を隅から隅まで凍らせ、爆発を繰り返すことでその身体を瓦解させようとする。


「やったかもッ……!?」


 巨大な魔竜の身体が薄白い粉塵の中に飲まれていく。

 あっという間に姿が見えなくなった魔竜の様子を見て、シュナは確かな手応えを感じていた。


「…………ッ!?」


 静かな闇夜の中をそよ風が吹き抜ける。

 魔竜の身体を包んでいた粉塵が少しずつ晴れていくと、そこには傷一つ負っていない魔竜の姿があった。


「――やばいッ!?」


 魔竜を中心に集まってくる禍々しい魔力を感じ、シュナはすぐさま迎撃の体勢を整える。

 彼女の身体はまだ空中を彷徨ったままであり、このまま敵の攻撃を受けるのはまずい。


「――――ッ!」


 魔竜は声にならない咆哮を響かせると、その口を大きく開いて炎の渦をシュナに向けて吐き出していく。それは人間の身体なら容易く飲み込むことができるほど巨大な炎渦であり、シュナは瞬間的に回避することが不可能であることを悟る。


 これが世界を混沌に陥れる魔竜の実力である。

 魔竜が魔竜たる所以を確認しながら、シュナの身体は炎渦に飲み込まれていってしまうのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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