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第二章5 生の代償

第二章5 生の代償


 消えない炎に包まれたヨムドン村の中央に位置する広場。かつては村人の憩いの場であったこの場所は。今では見るも無残な有様へと姿を変えてしまっていた。


 村に現れ、魔獣と共にこの小さな宿村を破壊し尽くした張本人の一人、軍服のような純白の服に身を包み、周囲を舞う火の粉に薄紫色の髪を靡かせる青年は、自らが生成した炎球をその大剣で叩き切った男へと気怠げな視線を向ける。


「へぇ……アレを防ぐ人間がこの場所に居たんだ。それは予想外だったなぁ……結構、頑張って作ったんだけどねぇ」


「あと一歩遅かったら……危なかった……」


 大人を包み込んでも余りある巨大な炎球は、航大たちを焼き尽くす前に一人の男によって斬り伏せられた。

 真っ二つに両断された炎球はその場で爆ぜ、目も開けられない炎風と轟音を届かせて消失した。またもや、航大は誰かに助けられ、無力なその命をこの異世界で繋いでいた。


「グレオ、隊長……?」


「怪我はありませぬか? 無事でよかった」


 ライガと同じように、自分の背丈すらも凌駕する巨大な剣を握った男、それはハイライト王国の騎士隊を統括する、大陸間戦争において国を救った英雄として語られるグレオという名の男だった。

 威風堂々としたその後姿は、巨大炎球を生み出し村一つを焼き払った青年を前にしても表情一つ変えることなく、その場に立ち尽くしていた。


「巨大な炎の塊が存在すると思って来てみれば、まさかこのような場面に遭遇するとは……貴様がこの村を焼き払った……その判断で間違いはないな?」


 航大とユイの無事を確認すると、ほっと安堵した表情を浮かべるグレオ。そして次にその視線は自らの正面に立つ青年へと向けられていた。


 静かな声だった。

 村を焼き払った男がそこに居ても、グレオの声音は変わらず、しかしその心内に怒りにも似た感情をしっかりと感じることが出来る。


「まぁ、そうだね。僕がやったことに間違いはないよ。理由は改めて説明はしないけど、僕は起こられるようなことをしたつもりはないんだけどね」


「……他国の村を焼き払い、尊い命を幾つも葬り去った後の言葉がそれか?」


「他国?」


 青年の言葉にグレオの表情に僅かな変化が見えた。眉をひそめ、どこか苦々しい視線と表情で青年を睨みつける。


「その服に刻まれし紋章……それは、帝国ガリアのもので間違いないな」


「うん。そうだね。確かに僕は帝国ガリアの騎士だ。総統の命を受け、この汚れし地へと赴いたって訳」


「お前が……帝国ガリアの、騎士……?」


 予想していなかった展開に、航大の口からは小さく驚きの声が漏れる。

 ここに至るまでの間、度々耳にした帝国の名前。遥か昔、ハイライト王国と大規模な戦争をした国の騎士が目の前にいる。その事実は航大にとって確かな衝撃を与えていた。


「その剣……総統が言ってたハイライトの厄介者が……まさかこの場に居るなんてね」


「総統……ふん、相変わらずガリアはくだらない事を企んでいるようだな」


「くだらないこと……そうだね、何も知らない君たちからしたら、そうなるのかもしれない。総統の考える理想の世界、そう遅くない未来にその時は訪れる。確実にね」


「何のことか分からぬな。こうして我が国に対して攻撃を仕掛けてきた……これを看過することはできん。貴様のその命を持って償え」


「それは困るなぁ……今ここで殺りあってもいいんだけど、それどころじゃないんだよね。僕、こう見えても忙しいんだよ」


 大剣を構え、今に飛びかかりそうなグレオを見て、青年はやれやれといった様子でやはり気怠げな声を漏らす。


「逃がすと思うか? 貴様はここで切るッ!」


 その言葉を皮切りにグレオは跳躍する。その剣を肩に乗せて、背中に翼が生えているのではないかと錯覚するくらいに自然と、華麗に宙を舞う。銃身から飛び出す玉のように、素早く、そして無駄のない動き。

 瞬きの内に距離を詰めると、グレオはその大剣で青年を斬り伏せようと試みる。


「はぁ、やだやだ。僕は忙しいって言ってるんだからさ、この場は見逃して欲しいなぁ」


 瞬速の速さで迫ってくるグレオにも落ち着き払った様子は崩さず、青年は溜息を漏らしてまたもや右手を突き出す。


「それとも、ここで炎に焼かれたいのかな?」


「戯言ッ!」


 先ほどの炎球のように、青年が突き出した右手には炎が生まれ、グレオとの間に壁を作る。

 突如、眼前に現れた炎の壁にも屈しず、グレオは雄叫びを上げながら剣を振るう。


「……これは驚いた。その剣、ただのボンクラとは違うみたいだね」


「神剣ボルガに切れぬものはないッ!」


「おっとっとッ……」


 炎の壁もあっさりと切り裂き、グレオは青年に向かって突進する。

 もう少しで手が届く、そんな距離まで至ったタイミングで、再び炎がグレオに襲いかかる。


 今度は竜のような姿をした炎があちこちから生まれて、グレオの身体を飲み込もうと迫ってくる。青年は炎を自在に操る力を持っているようで、絶え間なく襲ってくる炎の対応にグレオは手を焼いてしまう。

 その間に、青年は再び航大たちから距離を取り、無表情な顔で見下ろし溜息を漏らす。


「だから、僕は忙しいんだ。今日のところはこれくらいにしておいてくれると助かるな」


「逃げるのかッ!」


「これから向かわないといけない場所がある。また近いうちに会うことができるはずだよ。だから、そんなに焦らないでも大丈夫だよ」


 グレオの怒号が響く。

 しかし、四方八方を炎に包まれたこの状態で、青年を捉えることは至難の業であることは間違いない。


「それに、君たちはこんなところで僕と遊んでる暇があるのかな?」


「……どういうことだ?」


「北方の大都市・ミノルア……そこに向かうことが僕たちの目的」


「おい、なんだよそれ……まさか……」


 青年の言葉に航大がいち早く反応する。

 何か嫌な予感を感じずにはいられなく、その声は無意識のうちに焦燥感が滲んでいた。


「そのまさか……かもしれないね。今、魔獣たちがそっちに向かっている。急がないと……この村みたいなことになるかもしれないね?」


「――ッ!?」


「……航大、動いちゃダメッ! 今の私たちじゃ勝てない」


「でもッ! こいつを何とかしないとッ……逃げられたら、また街がッ……!」


「くッ……どこまでも姑息な……」


 最悪の可能性を匂わせてくる青年の言葉に、思わず航大は自分が怒りの感情に支配されそうになっていることを自覚する。身体が動きそうになるが、それを察したユイが袖を摘んで動きを制してくる。


「まぁ、そういうことだから。またミノルアで会うことがあれば会おう」


 青年はそう言い残し、右手を突き出して生まれた炎の渦へと足を踏み出す。

 逃げられる。そう頭が理解した時には既に遅く、グレオの跳躍よりも僅かに早く青年はその姿を炎の中へと消した。


 こうして、ヨムドン村の悲劇は幕を下ろそうとしていた。

 航大たちが得たものは無く、あまりにも多くのものを失うという最悪な結果だけが残った。

 その事実に航大は唇を噛み、ユイは沈痛な表情を浮かべ、グレオは天を仰ぎ静かに目を閉じるのであった。


◆◆◆◆◆


「航大ッ! 無事だったかッ!」


「ライガ……」


 目前にした悲劇の張本人である帝国ガリアの騎士を逃してしばらくの時間が経過した。

 失ったものは多く、現れた敵はあまりにも強大だった。

 自分の無力さを改めて痛感するなど、航大にとって、ハイライト王国にとって想像を絶する最悪な事態に全員の表情は沈痛なものだった。


「グレオ隊長も……無事で何よりです」


「村の様子はどうだ?」


「……生存者は居ませんでした」


 グレオの言葉にライガの沈痛な声が答える。

 その答えを想定していたのか、グレオは眉間に皺を寄せて目を閉じる。


「総員ッ! 我々は今すぐにミノルアへ向かう。魔獣がミノルアへと移動している。急げッ!」


 グレオの言葉に騎士隊の全員が息を呑むのが分かった。

 驚きの表情は一瞬で、騎士隊は土竜に跨るグレオに続いて迅速に行動を始める。

 疲労が溜まっているのは間違いない。しかし、それでも今は一つでも多くの命を救うために行動しなければならない。


「……航大、大丈夫?」


「あぁ、色々考えるのはもう少し後だ」


「……うん」


 ライガの後ろを走る航大にユイが小さく言葉をかけてくる。

 その問いかけには様々な意味が込められていることを理解していたが、今は自分のことを考えている暇はない。


「次は絶対に救ってみせる……同じ過ちは繰り返させないッ……」


 自分の無力さを理解しても尚、航大は止まるわけには行かなかった。

 今の実力を正確に判断し、自分のできることをする。


「行くぞッ、航大ッ!」


「あぁ、早く出してくれライガッ!」


 その言葉を合図に土竜が走り出す。

 ハイライト王国、騎士隊の土竜は再び吹雪が支配する世界へと飛び込んでいく。

 最悪の惨劇を回避するため、男たちは進むのであった。


桜葉です。

第二章も5節まできました。


次回もよろしくお願いします。

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