第五章38 砂塵の試練ⅩⅩⅦ:賢者の試練
「…………」
ライガ、シルヴィアがそれぞれの試練を受けている中、また一人が砂塵の中で目を覚ました。美しい青髪を肩上で切り揃え、幼い容姿に似合わぬ堂々とした表情が印象的な少女・リエルは一人砂塵の中で呆然と立ち尽くす。
砂嵐が常に吹き荒れる砂塵の中に形勢されたドーム状の空間。
目を覚ましたばかりのリエルは頭をフル回転させて、自分が置かれている状況の理解に努めようとする。
「ふむ、儂ひとりか……」
周囲を見渡してまず理解したこと、それは自分がただ一人でこの空間に存在しているということ。キョロキョロと周囲を見渡しても誰の姿もない。
ライガ、シルヴィア、エレス、アリーシャ。
共に砂塵へと挑戦していた仲間たちの姿はなく、その安否さえも今のリエルには知ることができなかった。謎の力によって作られたドーム状の空間は、外部と内部からの干渉を一切受けない。なので、リエルがライガたちの魔力を感知しようとしても、それはドーム空間に居る限り無駄な行為なのであった。
「さて……困ったものじゃな……」
時間が経過するにつれて、リエルは今の状況を理解していく。
しかし、リエルの魔法を持ってしてもドーム空間を破壊することは叶わず、ただ一人で立ち尽くすリエルはお手上げだと言わんばかりに大きなため息を漏らす。
「なにかお困り?」
「…………」
リエル一人しか存在していなかった空間に誰かの声音が響く。
その声はリエルの背後から響いてきており、誰もいないことを確認していたリエルは瞬時に意識を切り替えて警戒心を最大限にまで高めていく。
背後に立つ相手がどんな行動を取ったとしても、その全てに対して万全に反応することができると確信するリエルは、全身に緊張感を滲ませて相手の出方を伺う。
「もう、そんなに警戒しなくてもいいのに」
「…………」
再び響いた声音にリエルの目がゆっくりと見開かれる。
そんなはずはない。
今のは何かの聞き間違いである。
「…………」
背後から掛けられる言葉に答えることはなく、リエルは背中を向けたままその顔を驚きに染める。存在するはずがない人物が背後にいる。もしそれが真実なのだとしたら、リエルはどう対応すればいいのだろうか。
「ほら、こっち向いてお話しましょう?」
「……そんなはずはない」
「…………」
「その声を持っている人は……今はもうこの世に居ない。居るのは、儂の主様の中にだけ……だから、そんなはずはないんじゃ」
「……現実から目を背けるなんて、貴方らしくないわね……リエル?」
「その声で……儂の名前を呼ぶなッ!」
リエルの動揺をよそに話を続ける人物に対して、リエルは激昂と共に声の持ち主を自らの視界で捉える。
「やっとこっちを向いた」
「――――」
信じたくはなかった。
しかし、現実というものはリエルの思い通りにはいかなくて、彼女が信じたくないと強く願った現実がそこには広がっていた。
無人だったはずのドーム空間にリエル以外の人物が一人。
その人はリエルと同じく美しい青髪をしており、しかしリエルと違ってその髪を腰付近にまで伸ばしていた。背丈もリエルよりは高く、全体的な身体つきもリエルとは比較にならないくらいに大人びている。
リエルが成長すればその人物に限りなく近い姿に変わるだろう。
氷都市・ミノルアで賢者として語り継がれた少女・リエルは、自分と対峙するその人物のことを誰よりもよく知っていた。誰よりも知っているからこそ、彼女がこの世に存在しないことを誰よりも理解しているからこそ、今ここに存在していることを受け入れる訳にはいかなかった。
「こうして話すのはいつぶりになるかな……ねぇ、リエル?」
「シュナ……姉様……」
リエルの口から漏れる声音。
いつも強気で強い意志を込めて話す普段の彼女からは想像できないほど、対峙する人物の名を呼ぶリエルの声は弱々しく、震えていた。
北方の女神・シュナ。
リエルと向かい合う大人びた容姿が印象的な女性は、自らの命を捧げることで世界を守護する女神へと姿を変えた。
世界を守護する女神・シュナ。
彼女はリエルの姉であり、リエルが命を賭けて守ろうとした人なのであった。
「どうして……どうして、姉様がこんなところに……今は、主様の中にいるはずじゃ……」
「これは試練なの、リエル」
「……試練?」
「そう。貴方が世界を守るために相応しいかを判断するための……試練」
リエルと対峙するシュナはその顔に微笑を浮かべて、困惑するリエルに十分な説明をすることなく静かに魔力を充填していく。
どうしてシュナがこの場に存在しているのか。
どうしてシュナは膨大な魔力を集めているのか。
自分の想像を越える出来事の連続にリエルは戸惑いを隠すことができないのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




