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第五章34 砂塵の試練ⅩⅩⅢ:悪神VS女神

「……しぶといなぁ、全く」


 ハイラント王国を舞台にした戦いは、強大な絶望と一縷の望みを孕んで終局へ突き進もうとしていた。

 四匹の魔竜と融合を果たし、禍々しき力を手にしたルイス・ハイラント。


 小柄な身体をしており、少年と形容するのに相応しいルイスは、その身体に魔竜の力を具現化させた鎧を身に纏っている。胴体、手足を黒い竜の鱗が覆い、更には背中に生える黒竜と腰から生える鋭利に尖った竜の尻尾がルイスの異様な姿形を証明していた。


 世界を滅ぼし、支配していた魔竜の力を身に纏ったルイスは強大な力をもって、剣聖姫へと覚醒し、ハイラント王国を守るために戦うリーシアを消し去ろうと攻撃を放つ。


 今のルイスが放つ攻撃は小国一つなら簡単に吹き飛ばすことが出来るものへと進化を遂げている。


 『黒い太陽』に形容される一撃を放ったルイスに対して、リーシアは一歩も退くことはなかった。自分が不用意に逃げ、ルイスの攻撃が城下町や王城へ被弾することがあれば、ハイラント王国に対して甚大な被害が及ぶことは間違いなく、王国を守るために戦うリーシアは正面からその攻撃を受けようとしていた。


『全く、無茶をする……』


「えへへ、竜さんが助けてくれるって信じてたからねッ!」


『……並大抵の敵ならば、我の力をもってすれば討ち倒すことができるだろう。しかし、今回は相手が相手だ。気を抜くな』


「分かってるってば。でも、私は自分の安全より、今はこの国を守りたいの」


 ルイスが放つ『黒炎破玉』は、魔竜の力を炎球状に凝縮させたものであり、それが直撃したリーシアであったが、神竜が力を貸すことでルイスの攻撃を防ぐことができた。


「……誰と話しているのかは知らないけど、俺を前にして無視するなんて……ちょっと、失礼なんじゃないかな?」


「あ、忘れてた……ごめんねー?」


「……あまり、調子に乗るなよ?」


 リーシアの軽い返答にこめかみを痙攣させるルイスは、怒りを表情に滲ませると今度は両手を天に突き上げ、更なる攻撃を仕掛けようとする。


「世界を破壊する、黒き破滅の太陽よ……立ち塞がる全てを薙ぎ払え――」


 ルイスの詠唱が周囲に轟くと、それに呼応するかのようにして城下町を異変が襲う。空中に浮遊するルイスの周囲に存在する空間が歪み、そこに禍々しい魔力が集中していく。


「結構、やばいかも……」


『…………』


 リーシアもまた、背中に純白の翼を生やしており、ルイスと同じように空中で浮遊している。禍々しき力を纏ったルイスを見上げることはなく、今では同じ目線の位置をキープしている。


 そんなリーシアたちの前でルイスは破壊の魔法を詠唱すると、リーシアたちが浮遊する地点よりも遥か上空に無数の炎球を形勢し始める。


「――真・黒炎破玉ッ」


 空に浮遊する少女の眼前には、数え切れないほどの炎球が存在している。先ほどの初撃に比べれば、無数に分散しているため一つ一つの大きさはそれほどでもないのだが、絶望的なのはその数である。


「……全部、叩き切る」


『……正気か?』


「正気に決まってるでしょッ!」


 凄まじい速度で接近してくる黒く染まった炎球に対して、リーシアは右手に持つ聖剣を強く握りしめ、背中に生える翼を羽ばたかせることで空中を進む。


「また、馬鹿正直に正面突破かい?」


「今の私なら……やれるッ……!」


 一番近くの炎球へと急ぐリーシアは、その手に持った剣を振るい迫る炎球を切り裂いていく。


「ほらほら、他にもあるぞ?」


「分かってるッ……はああぁああああぁぁあッ!」


 右に左に飛翔を繰り返し、リーシアは降り注ぐ炎球の全てを切り裂こうとする。しかし、ルイスが放つ炎球は想像以上に数が多く、リーシアは休む暇もなく剣を振り続けるが、次第に劣勢へと転じてしまう。


『主ッ、上からも来るぞッ……次は下だッ!』


「さすがにッ……対応できないッ……!」


 ルイスが生み出した炎球は一発ずつは小さく威力も弱いのだが、それでも直撃すれば人間の命を刈り取ることは容易な威力を誇っている。それが数え切れないほどの群れとなって、リーシアの小柄な身体を襲う。


「くッ……あっ……きゃあああぁぁぁッ!?」


『主ッ!?』


 断続的に続く炎球の攻撃に対して、リーシアの体勢が僅かに崩れ炎球への対処が遅れると、そこからは小柄な少女の身体に炎球が次々に殺到していく。


 リーシアの悲鳴が木霊するのと同時に、幾重にも轟音がハイラント王国の城下町に木霊していく。純白の翼を生やした小柄なリーシアの身体が粉塵の中に飲まれ、更にそこへ炎球が殺到していく。


「あははははッ! 消えちゃえッ、そのまま死んじゃえええぇッ!」


 ルイスの笑い声が響き渡り、それに呼応する言葉は存在しない。

 何度も、何度も絶え間なく城下町に轟音が響き渡る。


「…………」


 テンション高く、何度も炎球を叩き込んだルイスは空中で広がる粉塵を見て、その幼い表情を曇らせる。


「――――ッ!?」


「はああぁああああぁぁあッ!」


 粉塵を切り裂いて飛び出してくるのは、世界を守護する神竜から力を授かった剣聖姫・リーシア。彼女は身に纏う白銀の甲冑ドレスを僅かに汚し、大きく翼を羽ばたかせて油断しているルイスの元へと殺到していく。


「――皇光の一刃(セイクリッド・ブレイズ)ッ!」


「くそッ!」


 粉塵から飛び出してきたリーシアは、その剣に聖なる魔力を込めると巨大な三日月状の斬撃を放っていく。


 眼前に接近する斬撃を前に、ルイスは舌打ちを漏らすと魔竜の鱗に包まれた片手に『魔剣』を生成していく。


「万物を切り裂きし、異形の剣よ……我に力を貸せ――黒竜大剣ッ!」


 物凄い勢いで迫ってくるリーシアに対して、魔法による迎撃を諦めたルイスは魔剣を生成し、それをもってリーシアを切り裂こうとする。


『剣の扱いならば、こちらに分があるッ!』


「切り伏せるッ……!」


 ルイスが剣を持ったことを確認し、リーシアは空を飛翔する速度を上げていく。


 剣に愛され、剣を愛する剣姫として覚醒したリーシアだからこそ、剣での戦いに対しては絶対的な自信を持っていた。


「ふざけるなッ……俺が……この俺がッ……!」


「悪は必ず倒すッ……!」


 崩壊した城下町の上空で、純白と漆黒を携えた二つの人影が真正面から衝突する。すると、甲高い剣戟の音が響き渡るのと同時に、城下町全体に衝撃波が広がっていく。


 瓦礫が吹き飛び、崩れかけた民家が倒壊していく。

 リーシアとルイスの衝突によって発生した衝撃波は、遠く離れた王城にまで届くほどであった。


「はああぁああああぁぁあッ!」


「ぐッ……」


 剣を重ね合わせ、互いの力を存分に出し合った後、重なった剣を弾き合い、僅かに距離を取る。そして、再び翼を羽ばたかせることで両者の影が二度目の衝突を起こす。


 やはり、大方の予想通り剣での戦いではリーシアに分があるのは間違いなく、彼女が振るう剣に対して、ルイスは忌々しげな表情を浮かべて対応するだけで精一杯の様子だった。「どこまでもッ……邪魔をするッ……!」


 炎球による攻撃で優位な状況に立っていたはずだったルイス。


 しかし、神竜の力をより濃く使うことができるリーシアによって、形勢は一気に悪い方向へと傾いていってしまった。


 世界を破滅に導く魔竜の力をもってしても、眼前の少女に勝てない……そんな最悪な結末がルイスの脳裏を過り、彼の感情を極限にまで荒ぶらせていく。


「――ギヌス、ティアッ!」


『その状態で魔竜の力をッ!?』


「――大樹千雨(サウザンド・フォレスト)、黒雷魔竜ッ!」


 何度も剣をぶつけ合わせる中、ルイスは驚異的な粘りで魔竜が放つ魔法を使役してくる。ルイスの鋭い声音が響くと、リーシアたちの周囲にすぐさま変化が現れる。


 城下町のあちこちに存在する木の根が意思を持ち、動き出すと、上空にいるリーシアの身体を貫こうと伸びていく。


「――ッ!?」


 このままリーシアの剣がルイスを切り刻むかと思われた中での抵抗。

 リーシアは翼を羽ばたかせてルイスと距離を取り、そして自分の命を狙う木の根を切り裂いていく。


「くッ……もー、厄介だなぁッ……!」


「下ばかりじゃないぞッ!」


『上からは雷……主、いけるかッ!?』


「行けるかじゃないッ……行くしかないのッ……!」


 ハイラント王国の上空には先ほども存在していた曇天が覆っており、一瞬の静寂が周囲に張りつめた次の瞬間だった、眩い閃光と共に稲妻がリーシアを襲う。


「はああぁああああぁぁあッ!」


 瞬きの瞬間に眼前へと到達する稲妻に対して、リーシアは剣聖姫として極限にまで高められた動体視力と反射神経で、自らの身体を襲う稲妻に対して正確に聖剣・ハールヴァイトを振るっていく。


「まさか……ッ!?」


「大丈夫ッ、今ならいけるッ……!」


 絶え間なく襲ってくる稲妻と木の根を前にして完璧に対処していくリーシア。


 彼女の動きを目の当たりにして、ルイスは驚きを隠すことができず自らの身体に眠る魔竜の力を更に引き出していく。


「くそッ、くそぉッ――花陣爆散ッ!」


「次はなに……ッ!?」


『その花びらに触れてはならないッ!』


 ルイスが次に使役するのは、魔竜・ギヌスが持つ創世魔法の一つだった。


 宙を飛ぶリーシアを取り囲むようにして無数の花びらが姿を現す。一見、花びらは色鮮やかであり、目の当たりにする全ての人間を魅了するものであった。


 しかし、鮮やかな見た目とは裏腹に宙を舞う花びらには恐ろしい魔力が秘められている。


「砕け散れえええぇぇぇッ!」


「――――ッ!?」


 ルイスの言葉に呼応するようにして、リーシアの周囲に存在していた花びらが一斉に爆発を始める。一つが爆発すると、連鎖して他の花びらも爆発していく。


 度重なる爆発の連続に、リーシアの小柄な身体は一瞬にして粉塵の中へと消えていく。


「はぁ、はあぁッ……まだまだッ……!」


 粉塵の中では、今でも花びらの爆発が続いている。


 リーシアがその中から飛び出してくることはなく、しかしルイスはダメ押しの一撃と言わんばかりに片手にもった魔剣へと魔力を惜しみなく注いでいく。


「光を切り裂き、希望を穿てッ――黒刃破斬ッ!」


 ルイスの背丈を越える漆黒の両刃剣。


 禍々しい刀身を闇の魔力が包み込むと、それが実体のない刀身へと姿を変えていく。ただでさえ、ルイスの背丈を越える大きさを誇った魔剣が、闇の魔力によって倍以上に刀身を伸ばすと、立ち込める粉塵へと剣を振り下ろしていく。


 剣を振るうと、刀身を覆っていた魔竜の魔力が一筋の斬撃となって飛翔していく。


「これで、どうだッ……!」


 粉塵の中に消えていった漆黒の斬撃は周囲に轟音を響かせた。


 粉塵からリーシアが飛び出してくる気配はなく、それを見てルイスは息を乱しながらも勝利を確信する。


「…………」


 ハイラント王国に心地いいそよ風が吹き抜ける。上空に存在する粉塵を少しずつ流していくと、そこには純白の翼を広げた少女・リーシアが健在していた。


「……なッ!?」


「ふぅ……さすがに、さっきのは……危なかった……」


『……生きていることが奇跡だ』


 神竜が展開する守護結界のおかげで、リーシアはあれだけの攻撃を受けても生きていることが出来ていた。しかし、さすがに先ほどの攻撃に対して無傷で終わるという訳にはいかず、彼女の身体は至る所に裂傷が刻み込まれていた。


 白銀の甲冑ドレスは至る所が崩壊しており、その奥に存在する肌は鮮血で濡れている。背中から生える純白の翼もボロボロな姿に変わり果てており、今も空を浮遊できることが不思議といった有様だった。


 まさしく満身創痍といった様子ではあるものの、リーシアはルイスが放つ攻撃を受け切ることに成功していたのであった。


「本当にッ……本当にどこまでも――うぐッ!?」


 いくら攻撃しても倒れることがないリーシアを見て怒りを隠せないルイス。更なる追撃を行おうとした矢先、彼の身体に異変が現れる。


「なんだ……コレッ……!?」


 突如として苦しみ、藻掻きだしたルイスは一体化した魔竜の力に飲み込まれそうになっていた。身体の至る所から魔竜が持つ禍々しき魔力が溢れ出てきて、ルイスの自我を飲み込もうとしている。


『……魔竜が復活を果たそうとしているッ!』


「えッ!? それって、ヤバイんじゃ……!?」


『あの少年の自我が飲み込まれれば、魔竜たちはその姿を顕現させる。主よ、何としてでも復活を阻止するのだッ!』


「阻止って……そんなのどうすれば……」


『……その聖剣で少年の命を断てッ、それしか道はないッ!』


「――分かったッ!」


 最早、立っていることすらやっとな状態であるリーシアだが、ハイラント王国だけではなく世界の危機が眼前に存在する状況に残された力の全てを引き出していく。


 全身を駆け巡る痛みに表情を歪ませながらも、リーシアは羽ばたき空を飛ぶ。

 両手に聖剣・ハールヴァイトを握り、そして残された魔力の全てを注ぎ込んでいく。


「――聖なる剣輝(シャイニング・ブレイド)ッ!」


 それは剣姫のみが使用を許された、聖なる力がもたらす必殺の一撃。

 眩い輝きが聖剣の刀身を包み込み、そして剣を振るうことで必殺の一閃が対象を貫く。


「いけええええええええええぇぇぇぇッ!」


 リーシアの怒号と共に聖剣から放たれる斬撃がルイスへと直進する。


「くそッ……俺の野望がッ……計画がッ……こんなところでッ……くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!」


 魔竜の力を酷使した結果、自らの自我を失うこととなったルイス。今の彼にリーシアが放つ斬撃を回避する術はない。視界を埋め尽くす輝きを前に、ルイスの声が木霊する。


「――――」


 聖なる斬撃がルイスを直撃し、その直後にこの日一番の轟音がハイラント王国を駆け抜けていくのであった。

桜葉です。

更新の時間が空いてしまい申し訳ないです。


次回もよろしくお願いします。

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