第五章25 砂塵の試練ⅩⅣ:剣姫としての覚醒
「ウソ……」
ハイラント王国で生まれ、誰よりも人を愛する心優しき少女・リーシア。
彼女は金色の髪を持って生まれた。ただ、それだけの理由で王位継承権を失い、それだけでは飽き足らず国民から存在事態を隠されるという過酷な運命を宿命付けられていた。
そんな過酷な運命を強いられて十数年。物心もついたリーシアは快活な少女へと成長していた。一歩も王城から外に出ることすら叶わず、後から誕生した弟に王位継承権を奪われたリーシアは、それでも笑みを絶やすことはなかった。
「これが……ハイラント王国……?」
自分の世話係であるメイド長・ルイーズが見せた隙をついて自由を手に入れた。その結果、王国の地下に存在していた謎の空間へと迷い込み『剣姫』としての力を得ることとなった。
一人の少女が剣姫として覚醒する中、ハイラント王国を突如として巨大な地震が襲う。
王国を襲った異変にいち早く反応を示したリーシアは、自分を引き止めるルイーズ・ウィリアが差し伸べる手を振り払い王城を飛び出していく。
鳥籠に幽閉されていた小鳥が外へと飛び出し、初めて目にした世界は混沌に包まれていたのであった。
◆◆◆◆◆
「な、なにがどうなってるの……?」
王城を飛び出し、城下町へとやってきたリーシアの目に映ったのは、人々の悲鳴が木霊する地獄絵図だった。美しい街だったハイラント王国の城下町は何者かの襲撃によって破壊の限りが尽くされようとしており、リーシアが立ち尽くす間にも轟音と共に新たな黒煙が立ち上る。
『禍々しい気を感じる』
「ま、禍々しい気……?」
『詳しくは分からないが、私が持つ力にも似た強大な気だ』
「竜さんと同じ力……」
世界を守護する神竜と同等の力を持つ何者かが今、ハイラント王国を襲っている。その事実に緊張感が全身を駆け巡り、初めて外に出たばかりの自分に何が出来るのか……そんな不安がリーシアを襲う。
『どうする、主……?』
「私……どうしたら、いいのかな……?」
心内で問いかけてくる竜の問いかけに、リーシアが返す言葉は震えていた。
それも当たり前の話であり、いくら剣姫として強大な力を得たとは言ってもリーシアはまだ年若い少女である。戦場をその目で見たことはもちろん、剣を握ったことですら先ほどが初めてである。
そんな少女にこの場を何とかしろ……というのは、あまりにも酷な話であることは間違いない。しかし、彼女が剣姫であることに間違いはなく、だからこそ白銀の竜は少女へどうするかを問いかけるのであった。
『それは主が決めること。私は主の決定にただ従うのみ』
「私が決める、こと……私は、どうしたいの……?」
リーシアが立ち止まっている間も城下町の破壊は続いている。
大地が揺れ、建物が吹き飛び、人間が命を落としていく。
そんな状況を眼前にして、リーシアは剣を握る右手に力が入っていくのを感じていた。心の中で何かが蠢いている。それはとても大きく、そして熱い想いであった。
「――私に何が出来るかは分からないよ」
少女の口から紡がれる言葉は誰の鼓膜も震わせることはない。
少女が自分自身へ放つ決意の言葉である。
「――それでも、ここで黙ってることなんて出来ない。この国が私に何をしたかなんて関係ないッ、守りたい人が居る。ただそれだけが私が一歩を踏み出す理由になるッ!」
俯いていた少女が顔を上げた時、その表情には強い決意が浮かんでいた。
「いくよッ、竜さんッ!」
『主が行く所に我あり』
もう少女に迷いはなかった。
身体内から溢れる力に身を任せて大きな一歩を踏み出していく。
リーシアの身体は眩い輝きに包まれ、次の瞬間には全身に白銀の甲冑ドレスを身に纏っていく。それは『剣姫』であることを証明する出で立ちであり、少女の一歩は黒煙が立ち上る城下町を駆けていくのであった。
◆◆◆◆◆
「本当に酷い……」
『力が強くなっている。気をつけろ、主』
城下町を駆け抜けるリーシア。
ビリビリと肌に感じる禍々しい気を追って走るリーシアは、凄惨たる状況の城下町を見て息を呑む。
あらゆる物が破壊の限りを尽くされており、人々の死骸が道の隅に打ち捨てられている。人としての原型を留めている死体はまだマシであり、中には四肢だけが転がっている物もある。
城下町には表情が歪むほどの死臭で満たされており、地獄絵図を目の当たりにしてリーシアは自分の胸が酷い痛みを覚えていることを知る。
「……許せないッ!」
それと同時に強い怒りも込み上げて来ており、城下町を駆ける足が一層と速くなる。
『――主ッ、上だッ!』
「くッ!?」
神竜の声が木霊するのと同時にリーシアの身体は真横へと飛ぶ。
次の瞬間、リーシアが走っていた場所に巨大な何物かが着地し、大地が強く揺れる。
剣姫が持つ超人的な反射神経が無ければ、少女の命は今の一瞬で消え去っていたのは間違いなく、リーシアは地面を転がりながらその勢いで体勢を立て直していく。
「誰ッ!?」
「――――ッ!」
リーシアが視線を向ける先。
そこには巨大な身体を持つ『魔物』が存在していた。
「なに、コイツ……?」
『これは魔物と呼ばれるものである。自我を持たず、ただ殺戮の限りを尽くすために存在する悪しき存在』
「ま、魔獣……」
『やはり、この魔獣からは魔竜の力を感じる』
「ま、魔竜…………?」
『かつて、この世界を破壊しようとした最たる悪神である』
「世界を、破壊……」
「――――ッ!」
自我を持たない中型の魔獣は咆哮を上げると、リーシアの命を刈り取るために動き出す。筋肉が隆々と鼓動を刻むのと同時に魔獣は飛ぶ。
『主よ、剣を構えるんだッ!』
「――分かってるッ!」
神竜が言葉を発するよりも先に、リーシアは魔獣に向けて聖なる両刃剣を構えていた。
極限にまで精神を高めたリーシアは、魔獣が振り下ろす腕を寸前のところで回避するのと同時に剣を振っていく。
「――ッ!?」
リーシアが振るう剣は中型魔獣の身体を一閃し、その巨体を真っ二つに両断していく。
『――――』
これが初めての戦闘であるとは思えない、あまりにも美しすぎる一閃。
剣姫としての力だけで成し遂げられる芸当ではない。リーシアが持つ類まれなる剣の才能を間近に見た神竜は、思わず言葉を失ってしまう。
「や、やった……ッ!?」
当の本人であるリーシアもまた、自分が成し遂げた芸当を信じることが出来ず、一瞬のうちにして絶命した魔獣を見て喜びを露わにする。
『主よ、喜んでいる暇はないぞ』
「――ッ!?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるリーシアの気を引き締める竜の言葉が響く。
リーシアはすぐさま戦闘態勢を整えると、周囲を確認していく。すると、一匹、また一匹と先ほど打ち倒した魔獣と同じ姿をした獣が続々と姿を現していく。
「全員倒せばいいんだよね?」
剣姫として覚醒した少女の瞳にはもう弱気や迷いの色は浮かんでいない。
目の前の敵を倒す。
ただそれだけの使命を全うするためにリーシアは駆けるのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




