第五章18 砂塵の試練Ⅶ:剣姫舞う
『――試練を受けるか?』
アケロンて砂漠に存在する砂塵の防壁。
これまで人類の侵入を阻み続けてきた防壁へ、ライガたち一行は瀕死の重傷を負う神谷航大を救うために挑む。防壁内部への侵入は砂の村・デミアーナで出会った少女・アリーシャの力を借りることでクリアすることが出来た。
しかし、問題はその後に起こり、砂塵を進むライガたち一行は突如として飛来した炎球の直撃を受けることで砂嵐が吹き荒れる砂塵の中で散り散りになってしまうのであった。
「アンタを倒せば、この砂嵐から抜け出せるんだよね?」
『その通りだ。試練を乗り越えることが出来るのなら、出口は開かれる』
砂塵の中で目を覚ましたのは、ハイラント王国の騎士である貧民街出身の少女・シルヴィアだった。彼女もまたライガと同じように仲間たちとの合流を目指し、砂塵の中を進んだ結果、白銀の竜との邂逅を果たすこととなった。白銀の竜はシルヴィアへ試練を与えようとしており、それをクリアしなければ砂塵を抜け出すことが出来ないのだ。
それならばシルヴィアが出す答えはただ一つであり、彼女は自らの魔力を極限にまで高ぶらせると『剣姫』へと姿を変えた。
肩上までの長さだった髪は『金髪』と『銀髪』が混じるようになり、更にその長さが腰にまで届くようになっている。他に露出が多めの軽装から、全身を包む甲冑ドレスへと衣装を変え、その両手には『緋色の剣』と『蒼色の剣』が握られている。
「…………」
その姿こそ、彼女だけが持つ剣に愛された者の姿『剣姫』である。
『さぁ、どこからでも掛かってくるがいい』
シルヴィアの眼前には見上げるほどの巨体を持った白銀の竜。
その圧倒的なまでの存在感と威圧感を全身に受けながらも、シルヴィアの表情に一切の曇は存在しなかった。両手に持った剣を強く握りしめると、シルヴィアは予備動作もなく跳躍を開始する。
「はあああああああああぁぁぁぁぁッ!」
瞬く間に竜との距離を零にまで詰めると、両手に握った剣を振るっていく。
風を切る音と同時に甲高い咆哮が砂塵に響き渡ると、白銀の竜へと二対の剣が持つ刃が襲いかかっていく。
「――ッ!?」
普通の人間が相手であるならば、今の一撃で全ての決着がついていたはずだった。
相手はシルヴィアの動きに反応することが出来ず、気付いた時にはその身体を切られ絶命しているはず。しかし、シルヴィアが相手しているのは空想上の生き物と同じ姿をした白銀の竜である。
その全身を覆う硬い鱗の前に、シルヴィアが放つ斬撃はいとも容易く弾かれてしまう。
「――剣姫術・紅蓮の刃ッ!」
斬撃を弾かれたシルヴィアだが、すぐさま体勢を立て直すと再び跳躍し、右手に持った『緋剣』に業炎を纏わせていく。それは剣姫となったシルヴィアのみが使える剣術であり、緋剣の刀身に業炎を纏わせて、相手に叩きつけるというものだった。
『…………』
速度を落とすことなく、人間の目には捉えることすら困難な速度で竜との距離を詰めるシルヴィアは、情け容赦なくその剣を振り下ろしていく。
「――――」
緋剣が白銀の竜の身体へと触れた瞬間だった。
剣と鱗が触れ合った部分を中心に巨大な爆発が発生する。
業炎と粉塵を撒き散らすこの術こそ、緋剣が持つ『紅蓮の刃』の力なのであった。
「……どうだッ!?」
『……まだまだ、主の力はその程度か?』
「……そう簡単にはやられてくれないよねぇ」
粉塵が晴れると、そこには一切のダメージを負っていない竜の姿が存在していた。
白銀の竜は未だその場から一歩も動くことはなく、ただ黙ってシルヴィアの攻撃を受け続けていた。
「なら、これでどう――ッ!」
シルヴィアは小さく舌打ちを漏らすと、休む暇もなく攻撃を続けていく。
「――剣姫術・氷輪絶歌ッ!」
今度は地面を這うようにして走り出したシルヴィアは、左手に持った『蒼剣』が持つ術を発動させていく。鋭く発せられた声に呼応するように、白銀の竜の身体を取り囲むようにして無数の氷壁が召喚される。
「これで、終わりッ!」
突如として姿を現した氷壁を足場にして、シルヴィアは跳躍を続けると竜へ蒼剣を振るっていく。絶対零度の冷気を纏った蒼剣が竜の身体を捉えるのと同時に、周囲に展開された氷壁が眩い光を放ち始める。
「――――」
眩い光はその輝きを強くして、次の瞬間には天へと伸びる一柱を形勢する。
氷壁が取り囲む範囲全てを対象にした凍結剣術。
その場で留まる竜の身体は一瞬にして凍結し、そしてシルヴィアが放つ次の斬撃によってその身体は崩壊するはずだった。
『……軽い。軽すぎる』
「そ、そんな……直撃したはずなのに……」
『真なる力を解放していなければ、主の……いや、剣姫の力とはこんなものなのか』
氷が崩壊した後には無傷で在り続ける白銀の竜が存在していた。
シルヴィアが持つありったけの力を持ってしても、白銀の竜へ傷一つ付けることは叶わないのだ。その事実に絶望を禁じ得ないシルヴィアは、目を見開いて呆然と立ち尽くしてしまう。
「…………」
『この程度で終わる訳ではないだろう?』
「……当たり前でしょ」
『ならば見せてみよ。剣姫が持つ力の全てを――』
砂塵を舞台にした試練。
それはまだ、始まったばかりなのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




