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第四章49 【帝国終結編】帰還と束の間の休息

「…………」


 夜。


 帝国ガリアでの喧騒とは打って変わり、ハイラント王国へ向かう船の上は静寂に包まれていた。天気に恵まれており、頭上を見上げればそこには無数に瞬く星と、暗闇を照らす眩い満月が存在していた。


 船の上は孤独だった。

 白髪を満月の月明かりで輝かせる少女は、一人で膝を抱えて甲板の隅で縮こまっていた。


「…………」


 白髪の少女・ユイは普段から無表情な顔を更にどんよりと沈ませると、脳内に浮かんでくる光景と両手に残る生々しい感触に苦しんでいた。


「私、どうして……?」


 少女が発する弱々しい声音は、波風に揺られて誰の鼓膜も震わせることなく消えていった。


 帝国ガリアでの戦い。

 それはライガたち一行に数々の苦難を与えた。


 航大とユイの二人はアステナ王国での戦いにおいて、帝国騎士によって拉致された結果、帝国ガリアに幽閉されることとなった。ユイは帝国ガリアで何もすることができなかった。脱出する役に立たなかっただけではなく、帝国騎士の力に惑わされたユイは、最も愛する人間をその手で傷つけてしまったのであった。


「…………」


 自我を失ったユイは、内に秘める異形の力を行使した結果に航大の胸をその手で貫いていた。


 時間が経った今でも、その手には鮮血の暖かさと人間の肉を引き裂く生々しい感触が消えない。自分の右手を見つめる度に、ユイの表情は苦しげに歪む。今は眠る航大の姿を見ることも出来ず、ユイは孤独な時間を過ごしていた。


「……おっ、こんなところに居たんだ。探しちゃったじゃない」


「…………」


「あれ? もしかして、聞こえてない?」


「…………」


「おーい、ユイー? もしかして寝てる? おーい、おーいってばッ!」


「…………なに?」


 孤独だった時間は唐突に終わりを迎えた。


 舟に用意された客室から出てきたのは、肩上まで伸ばした美しい金髪が印象的な少女・シルヴィアだった。月明かりに照らされるシルヴィアの金髪もまた、光を受けて眩く輝いている。


 彼女が少し前までハイラント王国の貧民街で生活していた事実を、一体どれだけの人間が信じるだろうか。それほどまでに、騎士の正装に身を包んだ金髪の少女はどこか気品が滲み出る様子を見せていた。


「なんだ、やっぱり起きてるじゃん。ちょっと、隣に座らせてね」


「…………」


「お兄さんのこと、考えてたんでしょ?」


 ユイが答えるよりも先に、シルヴィアはマイペースな様子で笑みを浮かべると身体を縮こまらせるユイの隣に腰を下ろす。暗く沈むユイとは違い、シルヴィアはその顔に微笑を浮かべ続けており、ユイはそんな彼女を見て、今の自分とは対照的であると自覚する。


「違うの?」


「…………」


「もう、なにか喋ってよ」


「…………航大のこと、考えてた」


「うん。そうだよね……」


 ユイが口を開くと、シルヴィアはその顔に優しい笑みを浮かべて慰めるかのように言葉を続ける。


「正直、私たちが死ぬような思いで帝国に辿り着いて、そしてお兄さんの姿を見てビックリした」


「…………」


「みんな、言葉もないって感じだったね」


「………………」


 シルヴィアの言葉に、ユイの心は深く淀んでいく。

 他人から聞かされることで、自分が犯した罪の重さを再認識させられる。


 この世界で初めて航大と出会った時とは違い、今の航大には自分だけではなくたくさんの人が傍にいる。そのことが嬉しくもあり、寂しくもあるユイは、自分の膝に更に顔を埋めていく。


「多分、今ユイは責任を感じてるんだよね?」


「…………」


「でもね、私たちは確かにビックリはしたけど、誰もユイを怒ったりなんかしてないよ」


「……どうして?」


 シルヴィアの言葉に思わず漏れた声。

 ユイのか細い声音は、確かにシルヴィアの鼓膜を震わせた。


「……どうして、怒らないの? 私のせいで、航大は大怪我を負った……もしかしたら死んでた。あそこで正気に戻ってなかったら、シルヴィアたちだって怪我させたかもしれない」


 溜まりに溜まっていた想いが溢れる。

 ユイは誰かに怒って欲しかった。罵られたかった。


 ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人はユイを回収してから、怒るということをしなかった。

ユイが無力だからこんな事態になったのだと、無力だから航大を傷つけることになったのだと、無力だから危険な目に遭ったのだと怒って欲しかったのだ。


 しかし、そんなユイの思いとは裏腹にシルヴィアはどこまでも優しい言葉を投げかけてくる。それが今のユイにとっては何よりも苦しかった。彼女は怒られることで自分の罪を再認識し、そして許されたかったのだ。


「怒る? どうして?」


「だ、だって……全部、私のせいだから……」


「ユイのせいなんかじゃないよ。誰もそんなこと思ってない」


「私が無力で……連れ去られたから……帝国騎士の力に負けたから……だからみんな大変な目に遭って……」


「はぁ……お兄さんが帝国に連れて行かれたのはユイのせいなんかじゃない。お兄さんとユイは全く別の理由で、それぞれ同時に連れて行かれた訳だし」


「…………」


「全部、悪いのは帝国騎士。それは間違いないのッ!」


「…………」


「だから、ユイは自分のことをそんなに責めないで? もっとこうしたら良かったとか、色々と考えはあると思うけど、お兄さんを救い出すことが出来た。ユイがこうして無事に居る……今はそれを喜ぼう?」


「…………」


「どうしても怒って欲しいって言うのなら、お兄さんを助けて、お兄さんに怒ってもらえばいいじゃん」


「……航大に?」


「そう。私たちはユイを許したよ。そもそも、助けて欲しいって言われた訳じゃないのに、勝手に帝国へ行ったのは私たちだし。無茶するなって怒られることはあっても、怒ることはないよ」


「…………」


「お兄さんを助けるには、ユイの力が必要だよ。一緒に戦ってくれる?」


「……私の、力?」


 ユイは自分の胸に手を当てて、その奥に眠る異形の力が放つ鼓動を感じる。


 それは航大が自分に授けてくれた英霊の力。

 航大との繋がりがあるという証であり、航大がまだ生きていることを証拠付ける絆。


「ほら、辛気臭い顔をするのも終わりッ! そんな顔をしてたら、それこそお兄さんに怒られちゃうぞ?」


 シルヴィアは元気よく立ち上がると、変わらない笑みをユイに向けてくれる。

 最初はイヤに感じていた彼女の笑みが、今ではユイの胸を暖かくしてくれる。


「……うん」


 その笑みに釣られるようにしてユイも立ち上がる。

 立ち上がった白髪の少女が見せる表情には、もう迷いはない。


 自分が進むべき道を仲間が示してくれた。

 今はただ、自分が果たすべき使命を全うするだけ。


「……もうそろそろ、出てきてもいいんじゃないかなーって?」


「……出て来る?」


 ユイがしっかりと立ち上がったことを確認して満足気に笑みを浮かべるシルヴィアは、船の後方に視線を向けると、今度は悪戯な笑みを浮かべる。


「ちっ……やっぱり気付いてたか」


「ふん、いつまでも小娘がうじうじしているようじゃったら、儂が喝を入れてやろうと思ってたんじゃがな」


「まぁまぁ、ユイさんが元気になってくれて良かったですよ」


 シルヴィアが向ける視線の先、そこから複数の人影が姿を見せた。


 人影の正体、それはライガ、リエル、エレスの三人であり、彼女たちもまたユイを元気づけようと機を狙っていたのであった。


「…………」


「まぁ、これで全員のやる気は十分ってことで問題ないな?」


 ライガの言葉に全員が力強く頷く。


「よし、それじゃ……今日はとりあえず寝るぞッ!」


「……なにそれ、何か微妙に締まらないんだけど?」


「しょうがないだろッ! もう夜も遅いし、明日にはハイラント王国に着くんだし」


「ふわぁ……確かに、言われてみれば少し眠くなってきたかも」


「ハイラント王国に着いたら、なるべく早く出発するからの。休めるならなるべく休んだ方がいいのは確かじゃ」



「よーし、全員……就寝ッ!」



 ライガの言葉で張り詰めていた緊張感も完全に姿を消す。

 ハイラント王国は近い。


 ライガたちにはまだまだやることが多く残されている。その全てを果たすまで倒れる訳にはいかない。戦士たちは束の間の休息に身を浸す。その先に待ち受ける、更なる戦いに向けて身体を休ませるのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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