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第四章46 【帝国終結編】胎動する野望

「――貴様の父親は、この腐りきった世界の英雄は、それほどまでに強かった」


「…………」


 ガリアの口から語られるのは、かつて全世界を巻き込んだ大陸間戦争の記憶。


 グレオが生まれて間もない過去に繰り広げられた、英雄二人による壮絶なる戦い。その戦いの詳細を、グレオは知らない。自分が知らない父親が見せた戦いと考えにグレオは目を見開いて驚きを隠すことが出来ない。


「しかし、我を完全に葬るまでには至らなかった……そのツメの甘さが、今の世界を作り上げているのだよ」


「…………」


 ガリアの言葉がグレオの絶望感を加速させていく。


 かつて、全盛期だった英雄であり自分の父親であるグレオですら完全に倒すことができなかった相手。負の権化たる存在であるガリア・グリシャバルを前に、グレオは絶望を禁じ得ないのだ。


「貴様は感じぬか? この世界が抱える歪な現実というものを」


「……歪な現実、だと?」


「この世界は今も昔も変わってはいない。どれだけ英雄が声をあげようとも、世界の意思に従わぬ者を差別し、排他しようとする動きは残り続けている。我が帝国は産声を上げた瞬間から、世界から排他され続けているのだ」


「…………」


「考えが違う、ただそれだけの理由で帝国は差別され、帝国に生きる人間は排他される……貴様たちもまた、世界と同じような考えを持っているはずだ」


「同じ考え……?」


「帝国ガリア。その名前を聞いただけで、何か差別的な考えを持たなかったか?」


「――――」


 内面の考えを見透かそうとするかのような、ガリアの表情には微笑が浮かんでおり、しかし爛々と光る瞳は一切笑っていない。全身が粟立つような緊張感がライガを襲い、声を発することすら困難な状況へと一変していく。


「我はそんな世界を決して許さぬ。他者を差別し、排他することのない理想の世界を創り上げる」


「理想の世界……」


「そうだ。しかし、我が目指す理想の世界を創り上げるためには、貴様たちのような前時代の人間は邪魔でしかない」


「……だから殺すってか?」


「その通りだ。貴様だけではない。歪な世界を構築するあらゆるものを殺し、破壊する。全てを無に帰すことで、新たなる理想の世界を築くことが出来るのだ」


 ガリアが唱える理想の世界。

 それを実現するためには、どれだけの血が流れても構わないと豪語する野心。


 どれだけの言葉を列挙したとしても、やはり帝国ガリアが持つ野心というのは危険なものであると断言することができる。世界と帝国は決して相容れることが出来ない反発する関係であり、どちらかが完全に破滅するまで、過去に繰り広げられた大陸間戦争のような悲劇は続くのだと予感させる。


「貴様もまた、神竜が授けし剣に認められた男……どの程度のものか楽しみであったが……期待ハズレもいいところだ」


「てめぇッ……」


「断言しよう。貴様は我を倒すことはおろか、英雄である自分の父親を越えることすら叶わないだろう」


「…………」


「無駄話はここまでだ。己の無力さを呪いながら死ぬがいい」


 ガリアを中心に膨大な魔力が集中する。肌を焦がす濃厚な魔力を前にして、ライガの本能が警告を鳴らす。ここに居てはいけない。次の攻撃を待ってはいけない。


 頭では危険だと分かっているのに、ライガの身体は圧倒的な存在を前に身動きを取ることができない。


「消え去るがいい」



「――ちょっと待って」



 ガリアが充填した魔力を解き放とうとした瞬間だった。

 その行動を遮るようにして、小さな声が周囲に木霊した。


 声が響いてきた方向を見れば、そこには小柄な身体をした少女が立っていて、その姿にライガの表情は驚きに歪む。


「ふむ、誰かと思えば――我が愛すべき娘、ナタリではないか」


「……む、娘ッ!?」


 この場に乱入してきた人物。


 それは、航大とユイの二人だけではなく、ライガたち一行が帝国に侵入することを手助けしてくれた帝国騎士・ナタリだった。褐色で小柄な身体が特徴的な少女は、その表情を険しく歪ませると、娘だと言い放ったガリアを睨みつけている。


「お前がこんな場所まで何の用だ?」


「……その人を殺させない」


「ほう。父である我に歯向かうというのか?」


「……そんなことは今に始まったことじゃない」


「ふむふむ。確かにそうだな。優秀な手駒である騎士たちが連れてきたあの少年と少女に入れ込んでいたようだな?」


「…………」


 ガリアの鋭い瞳が帝国騎士の少女・ナタリを正面から射抜く。

 響く重低音な声音を受けて、ナタリの表情が僅かに歪む。


「何を吹き込まれたかは知らぬが、帝国騎士としてあるまじき行いであることは間違いない。更に、我が帝国へ侵入を果たそうとした輩の手助けも行ったな?」


「…………」


 帝国を統べる男は部下が行った全てのことを見抜いていた。

 全てを知っていた上で自由な行動を許していたのだった。


「これ以上の自由を、我は見過ごすことはできない。それが分かっていても、お前は無理を通そうとするか?」


「……そのつもり」


 ライガへ向けられていたガリアが放つ明確な殺意が娘であるナタリへと向けられる。強大な殺意を前にして、ライガは身動きを取ることすら出来なかった。しかし、帝国騎士であるナタリは違う。彼女は帝国の総統であり、自分の父親と同じレベルの殺気と魔力を滲ませることで、生死を賭けた戦いを容認していく。


「……分からぬ。どうしてお前がそこまで、滅びゆく存在であるこの人間たちを気にかけるのか」


「……その人たちは、きっと世界を変えてくれる人たち。だから、私は彼らを助けたい」


 初めて見せるナタリの真剣な様子を前にして、ガリアは何かを考えるかのように目を閉じて沈黙する。しばしの沈黙が流れた後、ガリアが目を開く。


「なるほど。お前の考えはよく理解した。よく理解した上で――やはり、生かしておく訳にはいかない」


「――ぐッ!?」


 それは突然だった。

 ガリアとナタリが会話しているのを見ているだけだったライガの身体に異変が現れる。全身が鉛のように重くなり、立っていることすら困難な状況へと変わってしまう。


「な、なんでッ!?」


「世界を変える力……それは我が帝国が抱く野望の邪魔になる。それならば、早急に排除しなければならない」


「ぐッ、あッ……」


 ライガの身体を襲う強烈な重力は徐々に強さを増していく。

 地面に倒れ伏し、苦しげな声を漏らすライガを見て、ナタリの表情が焦燥感に変わっていく。


「――動くな、ナタリ。一歩でも動けば、即座にこの小童を殺すぞ?」


「…………ッ!」


「……や、やめてッ」


「いや、やめない。お前もそこで己の無力を呪うがいい」


「……も、もう逆らわないから」


「…………」


 苦しむライガを助けようと、ナタリの口から漏れたのはそんな言葉だった。


 これ以上ないほどに表情を苦痛に歪ませ、ナタリは父であるガリアに絶対の忠誠を誓うと宣言する。その言葉は想定以上にガリアには有効だったらしく、ガリアはその瞳をナタリに向けると、次なる言葉を待つ。


「……お父さんのために、帝国のために……何でもするから」


「……ほう? あれだけ頑なに我へ従わなかったお前が、従うと?」


「…………」


 確認してくるガリアの言葉に、ナタリは小さく頷く。


「ふむ。それは悪くない取り引きだ」


「ぐッ、ああぁッ……はぁッ、くそッ……」


 ガリアの言葉を合図に、ライガを襲っていた強烈な重力が姿を消す。


 尋常ならざる苦痛から解放されたライガは、その瞳を帝国騎士の少女・ナタリへと向ける。その瞳には感謝の意などは微塵も浮かんではおらず、むしろ怒りに満ちている。


「ふざけんな、よッ……自分の自由を犠牲にしてまでッ……助けてくれなんて頼んだ覚えはないぞッ!」


「……私がさっき言ったこと。あれは嘘じゃない。貴方たちに可能性を感じたから、助けてあげるだけ」


「そ、それでもッ……」


「……貴方たちは最善の選択を取ればいい。私のことは気にしなくていい」


 どれだけライガが吠えようとも、ナタリの意思は変わらない。


 しかし、その表情は苦痛に染まっており、それが己の無力さに倒れ伏すライガの怒りを加速させていく。


「我が娘に感謝するがいいぞ、小童。では行くぞ、ナタリ」


「……はい」


 倒れ伏すライガへ一瞥をくれると、ガリアはその表情を満足気に歪ませて王城へと向かって歩き出す。そのすぐ後ろを、ナタリが追いかけていく。


「……待てよッ」


「……早く仲間の後を追いかけて。次、貴方たちと会う時……私とは敵だから」


「…………」


「……さようなら」


 ナタリは最後にその言葉をライガに残すと、踵を返して歩き出す。

 去っていく背中を、ライガは追いかけることはおろか、声をかけることすらできない。


「…………」


 自分はどこまでも無力である。

 ライガは握り拳を作ると、無言で地面を何度も叩く。


 また、助けられてしまった。


 守られて、助けられてばかりだった。アステナ王国での戦いも、帝国ガリアへの侵入も……全て、何かに助けられてきた。その事実がライガの心を強く痛めつける。


 静寂が包む帝国ガリア。

 それぞれの想いを秘めて、帝国での戦いが幕を下ろそうとしているのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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