第四章44 【帝国終結編】対極をなす大地
――時は大陸間戦争の末期まで遡る。
帝国が仕掛けた全世界を巻き込む戦争は、二人の英雄が衝突することによって終結を迎えようとしていた。
一人は全世界にその名を轟かせ、誰もが認める英雄グレオ・ガーランド。
一人は世界をその手に収めようとする帝国の筆頭騎士である英雄ガリア・グリシャバル。
どちらが真の英雄であるか、それを問われれば多くの人間がグレオ・ガーランドの名を上げることは間違いない。しかし、資源に乏しく異世界における国際社会から孤立する帝国において、ガリア・グリシャバルという人間は英雄と呼ぶに相応しい人物なのであった。
そんな二人の英雄による戦いは、帝国が支配する荒廃した大地・マガン大陸にて決着が付こうとしていた。
「さぁ、終わりにしようではないか。永きに渡る宿命の戦いにッ!」
「異形の大地に沈め、ガリアッ!」
互いが持つ剣には、大地の環境すら変えてしまうほどの魔力が滾っている。
グレオが持つのは、全てを灼熱の業火で焼き尽くす炎。
ガリアが持つのは、全てを凍てつかせる氷獄の氷。
対極をなす力と力が真正面から衝突することで、マガン大陸全土を揺るがす衝撃が発生する。それと同時にマガン大陸の中央に炎と氷の大地が形成されていく。
「……あれだけの力を持ってしても、貴様には届かないと言うのか」
炎と氷。
そして天へと伸びていく粉塵が晴れていくのと同時に、そんな野太い男の声が異形の大地に木霊する。その声を聞く者は灼熱の炎が包む大地に立ち尽くす一人だけ。
氷獄の大地に立つのは左半身を失い、夥しい量の鮮血を溢れさせる帝国の英雄ガリア・グリシャバル。グレオの強大な力を前に、ガリアの左上半身は消し飛んでおり、この瞬間を持って永き戦いに終止符が打たれたことを如実に物語る。
常人であるのならば間違いなく即死の状態であるはずなのに、ガリア・グリシャバルという男は己が持つ気迫のみで現世にその命を繋いでいる。
「…………」
誰が見ても瀕死な状態であるガリアと対峙するのは、ハイラント王国が産んだ英雄グレオ・ガーランドである。大地を揺さぶる衝突を経て、グレオもまた無傷という訳にはいかなかった。
ガリアほどではないとしても、グレオも全身に夥しい数の裂傷を負っており、彼もまた永劫のライバルを前に倒れ伏す訳にはいかないという強い気持ちで立ち続けている。
グレオが右手に持つ灼熱の炎を操る神剣・ボルガはその刀身に炎を纏って健在である。しかし、左手に持つ暴風を操る神剣・ボルカニカはその力を失い錆び付いてしまっている。
「……今ここで、永きに渡る因縁に終止符を打つ」
グレオの表情には一切の緩みが存在しない。
勝利が目前に迫っていようとも、英雄であるグレオは最後の瞬間を見届けるまでは決して気を緩めることができないのだ。厳かにその一言を発すると、グレオはゆっくりと一歩を踏み出していく。
「…………」
その様子を、ガリアは黙って見つめることしかできない。
彼にはもう戦う力はもちろん、その場から動くことさえ叶わないのである。
「……我を殺したとしても、決してこの野望は潰えぬ」
「…………」
「……世界は破滅を迎え、また新たな世界へと歩みを進めるだろう」
ゆっくりと、一歩ずつ着実に近づいてくるグレオに、ガリアはその顔に満面の笑みを浮かべて言葉を紡ぎ出す。その口から鮮血が溢れようとも、失った左半身から夥しい量の鮮血が噴出しようとも、ガリアはただ笑みを浮かべて己の理想を語る。
「……貴様はこの世界に違和感を持たないか?」
「…………」
「この世界は歪である。平等を謳いながら、世界の各地では貧富の差が広がるばかり。王族というだけで特権階級を許され、平民だからというだけで、苦しい生活を強いられる」
「…………」
「帝国だからと忌み嫌われ、帝国の生まれだからと差別される。永き因縁に満ちた相手グレオよ、貴様も英雄としてその名を轟かせるのならば、この世界が抱える歪さにも気づいているはずだ」
「…………」
その言葉を聞いて、グレオの足が止まる。
表情は険しいままであり、その瞳からは明確な殺意が滲んでいるのに変わりはない。
「我はそんな世界を決して許さぬ。だからこそ、真の平等が支配する世界をこの手で作り上げる。王は一人でいいのだ。絶対的な王が存在することで、世界は本当の意味で一つになるのだ」
ガリアが語る理想の世界。
しかしそれをグレオは許す訳にはいかないのだ。
帝国が掲げる理想を良しとしない。それがこの世界に住まう人々が導き出した答えであり、世界の英雄としてその期待を一身に集めるグレオは人々が願う道へ導かなければならないのだ。
「この世界は独裁者を必要としていない。確かに、世界にはまだ貧困に苦しむ人間が居るかもしれない。しかしそれを改善しようと、人々は努力をし続けている。努力して、失敗して、また新たな道を模索する。我々はそんな日々を繰り返すことで、真なる平穏を手に入れようとしているのだ」
「……今、まさに苦しんでいる人間が居る帝国に手を差し伸べない現実を前にして、よくそんなことが言えたものだ」
「……私は帝国の人間も平等に救いたいと思っている」
「そんなことは出来ぬ。永きに渡り世界から差別され続けた帝国は、決して貴様らを受け入れない」
これ以上の会話は無駄であると悟ったグレオは、その目を静かに閉じると再び歩を進める。右手に持った神剣で全ての戦いを終結させるために――。
「……お前の理想は分かった。もう眠れ」
「我は死なぬ。我と同じ志を持つ者がこの世にいる限り、我の存在は決して消えることがないのだ」
「――――」
最後までグレオの鼓膜をガリアの喜色に染まる声が震わせていた。
グレオが右手を振るう。
すると、氷獄の大地を消えぬ業火が包み込む。
その炎に身を包まれ、ガリアは最後まで笑みを零しながら絶命する。
こうして二人の英雄による戦いは終結を迎えた。
これは英雄の物語。
世界が終末へと歩み始めるきっかけとなる物語。
桜葉です。
もう少しだけ第四章は続きます。
次回もよろしくお願いします。




