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第四章41 【帝国終結編】負の権化・総統ガリア

「…………」


 帝国ガリア。


 ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人は当初の目的であった、帝国に囚われし航大とユイを救い出すという作戦を終えようとしていた。決して、結果は満足の行くものではなかったが、ライガたち一行の中には航大とユイの姿が存在しているのも事実であった。


 重苦しい空気が一行を包み込む。

 その原因は、ライガの背中で意識を失っている少年であった。


 アステナ王国で帝国騎士の手によって囚われた少年・神谷航大は、最も信頼するパートナーである白髪の少女・ユイの手によってその身体に重傷を負うこととなった。


 結末しか見ていないライガたちには、二人の間に何が起こったのかを知る由もない。誰もが真実を望む中において、しかしライガたちが果たすべく最優先目的は帝国ガリアを脱出することにあった。


 それぞれが複雑な想いを胸に秘め、ライガたち一行は帝国ガリアから脱出するためにその足を踏み出していた。


「――もうお帰りかな?」


「…………ッ!?」


 帝国ガリアを疾走するライガたちに声をかけてくる人物があった。


 それは今までに感じたことのない邪悪な気配を、これでもかと放出させる人物であり野太い男の声が鼓膜を震わせた瞬間、ライガたち一行は目を見開いて肌を粟立たせる。


 声を聞いただけで全身から冷や汗が止まらないライガたちの前に姿を現した存在――それは、帝国ガリアを統べる人間であり総統と呼ばれる立場にあるガリア・グリシャバルだった。


「てめぇッ……帝国のッ……」


「ふむ、私を知っているか……」


 姿を現した巨体を前にして、ライガたちの表情が一層と険しくなる。


 短く伸びた明るい茶髪を剣山のように尖らせ、皺が目立つ顔の頬には大きな一文字の傷が植え付けられている。一行の中でも身長が高いライガですら見上げるほどの巨体を誇るガリアは、その顔に微笑を浮かべてライガたちを見下ろしている。


「どうも、古傷が疼いてしょうがない。散歩がてら歩いていたら、君たちに遭遇してしまった訳だ」


「けッ……何が散歩だよ。帝国の総統ともあろう奴が、こんなとこを散歩なんかするかよ」


「ふッ……我にそんな口を利くのは、我が帝国の騎士くらいなものだ」


「……航大とユイが目的って訳か?」


「航大? ユイ? あぁ、君が背負っている少年と、そこで身体を丸めている白髪の少女のことかい?」


「――――」


 ガリアの瞳が航大とユイに向けられる。


 航大は意識を失っているため反応を示すことはないが、未だ茫然自失といった様子のユイは、ガリアから向けられる視線に身体を縮こまらせてしまう。航大という存在を自らの手で失ってしまった今の彼女には、その身に英霊を宿していようとも、戦うためのメンタルが存在していないのだった。


「ふむ、確かに彼らを我が手中に収めることは、我々が果たすべきことである。しかし、それは今ではない」


「…………」


「まだ準備が整っていないのだよ。我々が神の頂へと上るためのな――」


「……神の頂きだ?」


「貴様のような小童には知る由もないことよ。いずれ、我々の準備が整い次第、そこの少年と少女を頂こう。再び、我らの手中に収まった時、少年と少女の命はこの世に存在してはおらぬだろうがな」


 唇を卑しく歪ませ、帝国総統ガリアはそれが当然であると言わんばかりに言葉を紡ぐ。

 得体の知れない目的と野心。


 それを目の当たりにして、ライガたちは総統ガリアが起こそうと企む全ての事象に対して警戒心を高めていく。


「どれだけ抗おうと無駄なこと。貴様たち人間は、いずれこの世から存在を抹消することになるのだ。それならば、今この瞬間だけは安寧を得るために去るのも悪くないだろう」


「……俺たちを見逃すって言うのか?」


「そうだ。私の愛すべき娘がそれを望むというのなら、それを無碍にすることもないだろう」


「……娘?」


 ガリアが考えること。

 それをライガたちが理解することは出来ない。


 しかし、この場を見逃してもらえるという可能性に、ライガたち一行に一瞬の安堵が走り抜ける。


「ただひとつ、そこの貴様だけは残ってもらおう。そうすれば、他の人間は見逃してやろう」


「…………はっ?」


 安堵が駆け抜けたのも一瞬。


 ガリアはその目を細めると、眼前に立つライガだけがこの場に残るようにと要求してくる。その事実にライガたち一行は驚きに言葉を失い、ガリアが何を考えているのかを必死に模索する。


「ライガ、此奴の言葉を聞く必要はない。儂ら全員は戦う準備が出来ておる」


「…………」


「そうだよ、ライガ。こんなところで一人残れなんて、そんな無茶を聞く必要はない」


「私もリエルさん、シルヴィアさんと同じ考えですよ。この場に居る全員の力を合わせれば、逃げられる可能性は十分にあるかと」


 ガリアの要求。それをリエルたちが認めるはずがなかった。


 帝国ガリアを統べるガリアの目的は分からない。だからこそ、ライガを一人で残す訳にはいかないのだ。



「……お前ら、先に行け」



「はっ?」

「ライガ、お主なにを考えておるんじゃッ!」

「さすがにその判断は支持できませんね……」


 ライガの言葉にリエルたちが目を見開いて驚きを表現する。

 しかし、そんな一行の判断にもライガは表情を険しくしたまま、己が決めた判断を貫き通そうとする。


「我の指示に従えないというのなら、この場で全員を殺す。さぁ、どうする?」


「まぁ、そういうことだ。ここまで来て、全員が死ぬなんて未来は絶対に回避しなくちゃならねぇ」


「だ、だからってライガが一人で残ることはッ……」


「――いいから先へ行け。必ず追いつく」


「――――」


 ライガの意志は固い。


 背負っていた航大の身体をエレスに託すと、ライガは一行の前に背中を見せて立ち塞がるようにして一歩を踏み出していく。強い決意を秘めたその背中を、リエルたちが止めることはできない。


「……帝国の出口で待つ。必ず来るんじゃぞ」

「私たち、ライガが来ないと帰らないからね」

「ライガさん、一緒に帰る中には貴方が必要です」



「――分かってるって、俺を信じろ」



 その言葉を最後に、リエルたちは踵を返して再び走り出す。


「…………」


 少しずつ遠ざかっていくリエルたちの気配。

 しばしの時間が経てば、ライガとガリアの二人が立ち尽くす場所に静寂が訪れる。

 聞こえるのは、周囲に存在する木々たちが風に靡く心地いい音だけ。


「ふむ、ようやく静かになったな」


「…………」


「どうして、この場に残されたのか……それが気になるといった様子だな?」


「…………」


「言っただろう? 古傷が疼くと……」


「…………」


「我には分かるぞ。貴様が、この我に最初で最後の傷を付けた男の息子であることを」


「やっぱり、親父関係か……」


「あの英雄と我は、これまでに幾度となく死闘を演じてきたものだ。だからこそ分かるのだよ。貴様の中に流れる英雄の血がな」


 ガリアの表情が喜色に歪む。

 それは、かつて生死を賭けて戦った男の息子との邂逅を喜ぶ笑みである。


「さぁ、見せてみよ。我に己が持つ全ての力を解き放つのだ」


「……後悔しても知らねぇからなッ」


 帝国ガリアを舞台にした数々の戦い。

 それらの終局を飾る死闘が今、始まろうとしていた。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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