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第四章39 【帝国終結編】慟哭

「……貴方を殺す」


 それは少年にとって、あまりにも酷な言葉だった。


 異世界にやってきた航大と常に行動を共にし、どんな時でも彼の命を守ることを最優先に考えていた白髪が印象的な少女・ユイ。自分と同じように帝国ガリアへと囚われたユイを助け出すため、航大は帝国騎士の力を借りた。


 しかし、久しぶりの再会を果たした航大の眼前に存在していたのは、美しい白髪に黒髪を混じらせ、明確な殺意と敵意を滲ませた少女だった。航大が知っているユイは存在しておらず、彼女は何らかの影響で正気を失っていたのだ。


「…………」


 黒髪を混じらせたユイは、いつもの無表情で容赦なく航大へ攻撃を仕掛けてきた。こんなところで死ぬ訳にはいかない航大もまた、北方の女神・シュナの力を借りることでユイと対峙していく。


 ――彼女を助けたい。


 どれだけの殺意を向けられたとしても、航大の脳裏には眼前の少女を助けたいという願いしか存在してはおらず、彼女を助けるために航大は無理をしてでも女神の力を酷使し続けた。


「……お前を助ける」


 いつしか戦いは帝国ガリアの闘技場へと場所を移しており、今まさに最終決戦を迎えようとしていた。


 周囲の環境すら変えてしまう氷の力を身に纏うのは、異世界からやってきた少年・航大。

 対峙するのは己が内に秘めた負の力と英霊・アーサーの力を持った少女・ユイ。



「この一撃で決着をつける」



 持てる力の全てを次の一撃に込めていく。

 異様な静寂が闘技場を支配する中、来る決着の時を迎えようとしていた。



「「――――」」



 どちらが合図をした訳ではない。

 航大が一歩を踏み出すのと同時に、ユイもまた動きだす。


 互いにありったけの力を込めて零距離の接近を果たしていく。

 闘技場の中心。そこで二つの力が真正面からぶつかっていく。


 航大とユイ。


 二人が持つ力がぶつかって、弾け合うことで帝国ガリア全土に強烈な衝撃波が広がっていく。


「――――」


 圧倒的なまでの力が溢れ出し、大量の粉塵が闘技場を包み込んでいく。それが晴れると闘技場の中心には二つの人影が存在しているのであった。


「ぐッ……はぁッ……はあぁッ……ダメか、やっぱり……」


「…………」


「もうちょっと……だった、んだけどなぁ……」


 航大の視界には愛しい少女の顔だけが映っている。

 陽の光を受けて綺羅びやかに輝く白髪。そして、どこまでも無表情なその顔。


 彼女の吐息すら感じられるような距離に、航大はようやく接近を果たすことができた。今、この瞬間だけは航大とユイの二人だけの特別な時間。


 たとえこの時間が儚く短い夢だとしても。


「……お前は悪くない」

「…………」


 手を伸ばせば触れられる距離にユイを感じて、航大は静かに言葉を紡ぐ。唇の端からは鮮血が一筋零れ落ちており、一秒、また一秒と時間が過ぎることで彼の命は確実に終焉へと向かっている。


「……航、大?」


 航大と触れ合うことで、己の意識を支配していた負の力がユイの身体から消失していく。すると、白髪の中に混じっていた黒髪が少し、また少しと消失していく。


 それと同時にユイの意識が正気へと戻りつつあった。


「あ、あぁ……正気に戻ったのはいいんだけど…………ちょっと、タイミングが……悪いな……」


「…………?」


 光を失っていたユイの瞳に、しっかりとした光が戻る。まだ状況を理解できていないユイは、どうして航大が間近に存在しているのかが分からず、可愛らしく首を傾げている。


「まぁ、とにかく……無事で良かったよ……ユイ」


「……うん。航大は、大丈夫?」


「…………」


 正気を取り戻したばかりとはいえ、ユイから航大へ投げかけられた問いかけは残酷であると言わざるを得なかった。


 彼女はまだ状況を完全に把握することが出来ていない。 



 ――だから、自分の腕が航大の身体を貫いていることにすら気付くことが出来ていないのだ。



「――――」


 眼前に存在するユイの目がある一点を捉えることで、驚愕に見開かれていく。

 驚き。悲しみ。怒り。


 様々な感情がユイの中で湧いては消えて、湧いては消えてを繰り返しているのが、航大にも分かった。その様子が微笑ましくて、悲しくて……彼女の腕を通して繋がった二人には互いの感情が手に取るようにして分かるようになっていた。


「……イヤ、イヤだよ」


「…………」


「……どうして、私ッ……なんで、どうして?」


「悪いのはユイじゃない。違うんだ……」


「――――」


 ユイの腕が小刻みに震えている。

 その腕が航大の身体を貫いているため、彼女の震えというものを航大も感じ取ることができた。


 腹部から夥しい量の鮮血が溢れ出し、呼吸をする度に自分の身体から大切な何かが喪失していく感覚に襲われる。このままでは、間違いなく航大は死ぬ運命にあり、即座に意識を失わなかった自分を褒めたい気持ちにすら駆られていた。


 瞬時に意識を失っていたのなら、こんな風にユイへ言葉を投げかけることすら出来なかったのだから。


「イヤ、イヤイヤイヤイヤイヤッ!」


「…………」


「航大、私ッ……そんなの、イヤッ……」


 目の前で泣く彼女にかけたい言葉は山のようにあった。


 ――心配するな。


 ――悪いのはお前じゃない。


 ――大丈夫。


 ――俺は大丈夫だから。絶対に死なないから。


 身体から血液が失われるのと同時に薄れ行く意識。航大には言葉を発する力すら残されてはおらず、後はただ命が尽きる瞬間を待つだけ。


『――まだ、ここで貴方を終わらせる訳にはいきません』


 脳裏に聞き慣れた大人びた声音が響き渡った。

 それは北方の女神・シュナのものであり、それは航大に僅かながらの希望をもたらすものだった。


「…………」


 身体が足元から急速に凍えていくのを感じる。それは女神・シュナが航大の命をこの世界に繋ぎ止めるために力を使っていることの証であった。


『――また必ず、貴方の仲間が助けてくれる。それを信じて眠りましょう』


 全身が凍てつく感覚に襲われながら、航大の意識は深い闇へと飲み込まれようとしていた。それは、かつて自分の深層世界へ沈んだ時と同じような感覚であり、航大は直感的にまた自分の世界へと足を踏み入れることになるのだろうと確信していた。


 慟哭の声を上げる少女を前にして、安堵させるような言葉を伝えられないのがもどかしい。

 意識が途切れるその瞬間まで、航大の瞳は泣きじゃくる白髪の少女を捉えていた。


 いつかまた笑い合える日が来る。

 それを信じて航大の意識は深い闇にへと誘われていくのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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