第四章37 【帝国終結編】弱気な魔法少女
「ふむ、あちこちで戦いが始まってるのぉ……」
「そ、そうですね……」
「お主たちがこうして姿を見せた……ということは、いよいよ儂たちを見過ごすことは出来なくなった……ということかの?」
「し、侵入者が第三層まで到達したのが……初めて、ですから……そ、そうなるかと……」
「ふむふむ……帝国騎士たちは出てこないのかの?」
「あ、あの人たちは……ガ、ガリアでも……特別な人たち……だから……」
「……特別?」
ライガが王城騎士団の老兵と戦い、エレスとシルヴィアの二人が同じく騎士団の青年と戦っている最中、リエルもまた王城騎士団の一人と対峙していた。小柄な北方の賢者・リエルと対峙しているのは、これまた小柄な少女である。
薄紫の髪を短く切り揃え、全身をフードマントで覆った少女は、震える瞳でリエルを見つめ、両手に持つ自分の背丈を越える杖を強く握りしめている。
「て、帝国騎士の、人たちは……総統の、ガリア様でも……制御できない、選ばれた人たちだから……」
「ほーう、選ばれたとは、何に選ばれたのじゃ?」
「ふ、不思議な力を持つ、グリモワールに選ばれた……人たち……本に選ばれた、それだけであの人たちはガ、ガリアで……特権階級を得ることが、出来るから……」
「……主様が持つものと同じ、か」
別の場所では壮絶な戦いが繰り広げられている中、リエルたちは未だに互いが一歩も動くことなく、身体ではなく口を動かし続けている有様である。リエルからしたら、帝国ガリアの情報を少しでも多く引き出そうという考えがあるため、この状況というのは望ましいものであった。
「あ、あのぉ……そ、そろそろ……戦わない、んですか……?」
「……ん? お主、儂と戦うつもりだったのか?」
「ふぇっ? あ、あの、えと……で、出来れば……私も戦いたくない、ですけど……でも、あなた達が進むっていうなら……戦わないと……」
「ふむ、それなら仕方ないのぉ……」
「は、はい……」
「でも、戦う前にお主の名前を教えて貰ってもいいかの?」
「あ、えっと……私はアリシア・レイナって言います……」
「レイナか、いい名前じゃの」
「あ、ありがとう、ございます……」
「――氷柱一通ッ」
少女の名前を聞き、その直後に氷魔法を放つのは意地の悪い笑みを浮かべる幼女・リエルである。凄まじい速度で詠唱を終えると、帝国ガリア王城騎士団の少女・レイナの頭上に巨大な氷柱を生成する。そして、一切の慈悲もなくそれを突き落としていくのであった。
氷柱は一本ではなく、無数に連なる巨大な氷柱は互いを破壊しながら標的を押し潰していく。
「ふむふむ、ちと本気でやりすぎたかの?」
帝国の大地が大きく揺れ動き、その衝撃の強さを物語っている。
上空へ舞い上がる土埃が大きく、未だに少女の姿は見えてこない。
「――やはり、そう簡単には倒れてはくれないの」
「す、すみません……私も負ける訳には……い、いかないので……」
土埃が晴れると、そこには異様な光景が広がっていた。
王城騎士団の小柄な少女・レイナは最初と変わらない場所で立ち尽くしていた。それであるならば、彼女はリエルが放った氷魔法によって押し潰されていなければおかしい。
「……その髑髏はなんじゃ?」
「こ、これは……私を守ってくれる……大切なお友達……」
リエルが不意打ちの形で放った魔法の直撃を喰らいながら、少女が無事でいる理由……それは、少女の背後に出現した巨大な髑髏にあった。
紫のどんよりとした空気を纏った見上げるほど巨大な髑髏が、少女をリエルの魔法から守っていたのであった。外見から凄まじい瘴気を放つ髑髏の出現に、リエルの表情が僅かに歪む。
「ふむ……一つ、聞いてもいいかの?」
「ど、どうぞ……」
「その髑髏はお主を守ってくれるだけ、なのか?」
「い、いえ……わ、私の代わりに戦っても……くれます……」
「やはり、そういうことか……」
「ち、ちなみに……」
「……ん?」
「――も、もう攻撃は完了……してたりもします」
「――――ッ!?」
少女の気弱な声が鼓膜を震わせた瞬間、リエルの目が大きく見開かれる。
それはいつの間にか、リエルの周囲を紫の濃霧が包んでいたことに気付いたからであり、しかしリエルが気付いた時には全てが遅かった。
「ぐッ……!?」
「ご、ごめんなさい……こんな不意打ちみたいにして……」
「はぁ、ぐッ……い、いや……それはお互い様という奴じゃ……」
髑髏から放たれる猛毒の霧は、瞬く間にリエルたちを包み込んでいく。
このまま呼吸を続ければリエルの命は長くは保たない。
しかし、既に毒の濃霧は周囲一帯にまで広がりを見せており、とてもじゃないが今から逃げたとしても命のタイムリミットには間に合わない。
「――ちッ」
リエルは瞬時に状況を理解すると、全身から冷や汗を噴出させながら治癒魔法を自分に施していく。体内に取り込まれる毒素を、人体に影響が出る前に治癒魔法で消し去っていく。それを絶え間なく繰り返していくことで、リエルは何とかその命を繋ぎ止めることができるのだ。
「す、すごい……この中で生きていられるの、きっと……あなたが初めて……」
「ぜぇ、はぁ……くッ……はあぁッ……そ、それは……あまり嬉しくないのぉ……」
「ど、どうしよう……これで倒れてくれない、と……私には、もう何も……」
誰が見てもこの状況は少女が有利である。
しかし、少女は髑髏から毒の霧を放出することしか出来ないのであった。武の力はもちろん、魔法も使えない。彼女は王城騎士団の中でも異質な存在であると言えた。
少女を守る髑髏の存在だけで、帝国ガリアの中でも今の位置まで駆け上ってきたのだ。
「……こうなっては、時間は掛けていられないのッ」
「ひぅッ!?」
「――武装魔法・氷拳剛打ッ」
自らに治癒魔法を唱え続けながら、リエルは一刻も早く戦いに終止符を打つために、己が持つ魔力を最大限に使っていく。両腕に触れるものを凍てつかせる氷の拳を纏い、地面が抉れるほどの跳躍を見せる。
「わ、私を守ってッ――お母さんッ!」
リエルが動き出すのと同時に、レイナの背後に存在していた髑髏も動き出す。
少女を守るようにしてリエルとの間に出現した髑髏は、その口から猛毒の霧を吐き出し続けている。リエルは少女に近づけば近づくほどに強烈な毒に突っ込む形となるのだが、それでも北方の賢者は進むことをやめない。
「はあああああああああぁぁぁぁッ!」
瞬時に間合いを詰め、リエルは拳を振るっていく。
「――――」
氷を武装したリエルの拳は王城騎士団の少女に届くことはなく、その前に立ち塞がった
髑髏を思い切り叩く。その瞬間、周囲に強烈な衝撃波が広がり、爆発音の如き轟音が響き渡っていく。
リエルの攻撃は一撃だけではない。
自身に課せられたタイムリミットを迎えるよりも早く敵を倒すため、何発も拳による連撃を喰らわせていく。強烈な打撃攻撃に晒される髑髏は、その口から毒を吐き出しながら声にならない悲鳴を上げる。
一撃を浴びれば髑髏を形成する骨が砕け散り、みるみるうちに髑髏はその原型を失っていく。
「――――」
既に、リエルの全身には猛毒が広がってしまっている。
どれだけ治癒魔法を掛けたとしても追いつかないほどに、リエルは体内に毒を取り込み続けている。髑髏を破壊し、霧が晴れるのが先か、リエルが力尽きるのが先か――。
極限の戦いは唐突に終わりを迎えるのであった。
「くッ……ダメ、かッ……」
もう少し。
もう少しで髑髏を完全に破壊することが出来ると思った瞬間だった。
リエルの身体が突如として力を失い、両腕に纏った氷の拳を瓦解させて地面へと倒れ伏す。
勝利はすぐそこにまで迫っていた。
しかし、僅かに届かなかった。
「…………」
眼前に倒れ伏すリエル。それを見下ろすようにする王城騎士団・レイナ。
彼女の瞳はリエルを見ておらず、帝国ガリアの王城が存在する方向をじっと見つめている。
「こ、ここまで頑張った、のに…………残念……」
レイナはぼそっと一言呟くと、視線をリエルへと戻す。
息も絶え絶えといった状態で倒れ伏すリエルへ手を伸ばすと、彼女は差し出した手に魔力を灯すと無言で目を閉じる。
「あ、あなたとはまた会う気がする……」
そんな少女の言葉は誰にも届くことはなく消えていき、あれだけの濃霧も気付くと跡形もなく消え失せていたのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




