第一章13 剣姫覚醒
第一章13 剣姫覚醒
「――剣姫覚醒」
シルヴィアの声が響き、教会全体に暴風が吹き荒れる。
その暴風はシルヴィアを中心に吹き荒れ、航大にも分かる……今までに感じたことのない力が一点に集中してきていることを。暴風の中心にはシルヴィアがいる筈だ。そこから感じる圧倒的な力に、航大はもちろん、シャーロックもその表情を険しく歪ませる。
「最悪な状況になってきたかもしれないな……」
「最悪な状況って……?」
「そのままの意味だよ。さっきの少女は今までとは比べ物にならないくらいに強くなっているだろう。それがどういう原理でそうなったのかは分からないがね」
「……おしゃべりはそこまでだよ」
吹き荒れる暴風の中心。
そこで鎮座していたシルヴィアは、冷たくそう言い放つと両腕に持った双対の剣を振り払う。すると、彼女の周囲を纏っていた暴風が跡形もなく消え失せ、教会は先ほどまでの静寂を取り戻していた。
「シルヴィアッ……お前、なんだよその格好……」
「わかんない。でも、これが私の本当の姿みたい。この格好になるとね、無限に力が湧いてくるような感覚になるの」
再び航大たちの前に姿を表したシルヴィアは、先ほどまでと服装がガラリと変わっていた。露出の激しいボロボロな服ではなく、今はその全身を純白の甲冑ドレスに身を包んでいた。
その姿はまさしく『剣姫』であり、両手に持つ双対の剣も、主があるべき姿を取り戻したことを喜ぶように、それぞれ刀身に刻んだ『緋色』と『蒼色』を鼓動を刻むように発光させている。
服装もそうなのだが、航大が一番驚いているのは彼女の髪色だった。
美しい金髪を肩の上まで伸ばしていたシルヴィアは、剣姫となった今ではその髪が腰まで伸びるロングヘアーに変わっていて、さらにつむじを中心に『金髪』と『銀髪』の二色に色を変えていた。
「そんな……どうして……?」
全身の外観を変えたシルヴィアを見て、シャーリーが息を呑む。
その瞳は信じられない物を見るようなものに変わっていて、心なしか潤んでいるようにも見えた。
「……無駄話はしないよ。これで、決着をつける」
「ふむ、ふむ……これは骨が折れるな……」
「大丈夫か、シャーロック?」
「……まぁ、無事には済まないだろうな」
剣姫となったシルヴィアを見て、シャーロックも本気の顔つきに変わる。緋剣をしっかりと握り直し、その切っ先をシルヴィアに突き出す。今までは見せなかったしっかりとした剣の構え。それは彼の本気が垣間見える瞬間であって、それだけでこの戦いが厳しいものになることを予見させた。
「――いくよッ!」
「――ッ!?」
剣姫となったシルヴィアが甲冑ドレスのレースを靡かせながら、音もなく飛翔する。
それはあまりにも美しく、ドレスを風に靡かせている姿に、航大は思わず見惚れてしまっていた。
貧民街に住まう少女とは打って変わり、その姿はまさしく戦場で戦う剣に愛された姫そのもの。
「てりゃああああぁぁぁッ!」
「ふんッ!」
音もなく宙を舞ったシルヴィアは、咆哮を上げながらシャーロックへ双対の剣を振り下ろす。
今までに聞いたことのない甲高い金属音が響き渡る。
剣と剣がぶつかり合い、一歩も引かない剣戟による戦いが始まる。
「はああぁッ!」
「――ッ!」
お互いの剣が重なり、停止していたのも一瞬。
力は全くの五分ということを認識すると、一旦距離を取った両者は再び跳躍すると、お互いが持つ剣を容赦なく振るう。
シルヴィアは両手に持った剣を生かし、シャーロックよりも多い手数で強烈な斬撃を見舞っていく。対するシャーロックは細身の緋剣全体を使って、シルヴィアの剣戟を尽く防ぐ。そして一瞬でも隙があれば剣をなぎ払い、シルヴィアへ牽制を行う。
実力は拮抗しているように見えた。しかし、よく見ればシルヴィアが攻めに転じている中、シャーロックは防戦一方だった。
「ふっ、はぁっ、くっ……素晴らしい腕前ッ……!」
「まだまだぁッ……!」
「こちらも本気でやらねばッ……!」
容赦なく、剣を振るってくるシルヴィアにシャーロックの表情にも焦りが見え始めた。
シルヴィアの剣を上手く躱しながら、シャーロックも攻めに転じる。
シャーロックは右手に持った剣でシルヴィアを襲う。
シルヴィアは左手に持った『蒼の剣』でそれを受け止め、右手に持った『緋の剣』をここぞとばかりに突き出していく。
「はああああああああぁッ!!!!!!」
「甘いッ!」
「くぅッ!?」
シャーロックの顔面を貫こうとする剣の切っ先を紙一重の距離で躱し、右足を使ってシルヴィアの脇腹に蹴りを繰り出していく。
「――うぐッ!?」
甲冑で守られていない箇所をピンポイントで攻撃され、シルヴィアの身体に初めてダメージが与えられた。
唇の端から唾液が溢れ、苦しげな声を漏らすシルヴィア。
「――ッ!?」
右手に持った『緋の剣』を放り捨てて、左脇腹にめり込むシャーロックの足を掴むシルヴィア。想像を絶する痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、その目は今が最大のチャンスであると爛々と輝きを放っている。
「ふむ……これはまずいッ」
「はあああああぁッ!」
「――ッ!」
シャーロックの斬撃を受け止めていた左手に持った『蒼の剣』を上手く傾けてシャーロックが持つ緋剣を振り払う。
足を掴まれ逃げられないシャーロックへ、シルヴィアは蒼の剣を突き出して、零距離からその身体を貫こうとする。
緋剣を弾かれ、その直後に飛来する剣の切っ先を、シャーロックもまた右手に持った剣を振り上げて相殺しようと試みる。
お互いの剣が甲高い音を立てて、それぞれの所有者の手から吹き飛んでいく。
シャーロックの剣は背後の床に突き刺さり、シルヴィアの剣は大きく円を描いて、遥か上空へと打ち上げられ、そのまま祭壇の上にある巨大な十字架へと突き刺さる。
「ちぃッ! 化物かッ!」
「……化物じゃありませんよ、英霊です」
「くッ……!」
シルヴィアとシャーロックの手から武器が消えた。
この戦い、武器が無ければ決着はつかないと判断した二人は、すかさず距離を取って、お互いの形勢と整えようとする。
「はぁ、はぁ……どうして、どうして私の邪魔をッ……」
「貴方が間違っていると……私の召喚者が思っているからですよ」
シルヴィアは緋の剣を回収し、開いている左手で蹴りを食らった左脇腹を抑えている。こちらが思う以上に、シャーロックの蹴りはシルヴィアに対して、無視できないダメージを与えていたようだ。
「あはッ……私が間違ってる……そんなこと、おにーさんに言われなくても……分かってるよ……分かってるけど、それでもッ……ここまで来たら、私はやらなくちゃ――ッ!?」
「シルヴィアッ!?」
苦しげに言葉を紡いでいたシルヴィアに異変が訪れる。
苦しげに呻いたと思った次の瞬間、激しく咳き込み始め、口から大量の血を吐き出す。
どす黒い血液が教会の床に吐き出され、粘着質な音を立てて床に水溜りを作る。
「はぁ、はあぁ、はぁ……やっぱりこれ……ちょっと、きついなぁ……」
「これ以上の戦いは、貴方の身体を滅ぼす。すぐに剣を下ろすんだ」
明らかに異常なシルヴィアの様子に、シャーロックの表情も歪む。
身体をフラつかせながらも、シルヴィアは立ち続けている。その瞳は涙に揺れていたが、まだ戦意は失っていない。その姿は狂気すら感じる。彼女の『命』を賭けたその姿に、航大は声を紡ごうにも、それは喉の奥で掻き消されてしまう。
「……どっちにしても、次が最後。これでダメなら――私の負け」
大きく深呼吸したシルヴィアは、目を閉じて精神を統一させる。
すると、右手に唯一持った『緋の剣』が炎を纏い始める。
「……それならば、こちらも全力で相手をするしかないな」
ここが最終決着の瞬間だと察したのか、シャーロックも静かに呼吸を整え、自身の緋剣に全神経を注ぎ込む。
シルヴィアの剣に集まってくる炎は徐々に激しさを増していき、今や美しい銀の刀身は炎で完全に隠されてしまっている。
「――剣炎・ユグドプロミネンスッ!」
「――緋技・シェリングフォードッ!」
二人の声が重なり、教会の床が突き抜けるくらいに激しく跳躍する二つの影。
シルヴィアは全身を包み込むくらいにまで肥大化した炎をその剣に纏い、全てを焼き尽くす灼熱の業火で対象を斬り殺す。
対して、シャーロックは先ほど外で見せた時よりも、強く刀身を鮮血に輝かせ、万物を切り裂く剣戟を見舞う。
最強の矛が教会中央で激突し、世界全体に轟くんじゃないかと錯覚するほどの轟音が響き渡るのであった。
「――ッ」
「――ッ」
勝負は一瞬だった。
教会全体を黒煙が包んでいたが、それも時間が経つと少しずつ晴れていく。
お互いの立ち位置を変えて、背中合わせになった状態で二つの影が健在であることを確認する航大。
しかし、決着がどうなったのかがまだ分からず、生唾を飲んで戦いの終結を見届ける。
「あーあっ……負けちゃった」
「……紙一重だった」
「コレを使っても負けるなんてなぁ……私、まだまだ全然……弱いや」
「…………」
「ごめんね、おにーさん。迷惑かけちゃって……」
「……シルヴィア」
「はあぁ……なんか、眠くなってきちゃった……」
ふらりと、シルヴィアの影が揺れる。
全身を覆っていた甲冑ドレスが光の玉となって、少しずつその形を維持できず消えていく。それに伴って、金髪と白銀が混ざり合っていた髪にも変化が現れる。白銀の髪もドレスと同じように光となって消え始め、その後には美しい金髪だけが残っていた。
全ての光が虚空に消えると、シルヴィアはその場に倒れ伏す。
こうして、ハイライト王国・四番街……教会で行われた探偵と剣姫の決戦は終結を迎えるのであった。
桜葉です。
この回で探偵と剣姫の戦いに決着がつきました。
次回で第一章が終わります。
第二章はバルベット大陸北方の地を目指します。
それでは次回もお楽しみに。