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第四章21 【帝国奪還編】真なる剣姫

「――死ぬが良い」


 氷が支配する氷獄の大地にて、シルヴィアとエレスの二人は『竜』の姿をした魔獣と壮絶なる戦いを繰り広げていた。吹雪が吹き荒れる中、氷竜の攻撃に苦戦するシルヴィアたちだったが、それでも勝機を見出して反撃を続ける。


「――きゃああああぁぁぁッ!?」


 しかしそれも氷竜には届くことはなく、一瞬の隙を突かれた結果、シルヴィアの小柄な身体はいとも簡単に吹き飛ばされ、雪と氷が覆う大地に激しく落下していく。


「シルヴィアさんッ!?」


 氷竜はその身体を生かして、空中で身動きが取れないシルヴィアの身体をしっぽを振るうことで叩き落とす。攻撃はそれだけに留まらず、氷竜は口を大きく開くと青白い閃光を射出させ、シルヴィアが落下したポイントへ追撃を行う。


「次はお前だッ……」


「くッ……」


 粉塵が支配する中、シルヴィアが無事なのかを確認することはできない。それをしようにも、氷竜はすぐさまターゲットをエレスへと変えて、攻撃を繰り出そうとしてくる。


「はぁ……あまり、前線で戦うのは得意じゃないんですけどね……」


「――――ッ!」


 咆哮を上げて突進してくる氷竜。


 あっという間に視界を埋め尽くす巨大な竜を前にして、エレスはやれやれ……といった様子で溜息を漏らしつつも、その場を退くことはない。彼もアステナ王国で王女側近の近衛騎士として戦ってきた経験がある。


 中心に蒼色の宝石が取り付けられた細剣を構え、エレスはその表情から笑みを消すと精神を集中させていく。


「――宝剣・クシナ。私に力を貸しておくれ」


 エレスの言葉に呼応するかのように、クシナと名付けられた宝剣に取り付けられた宝石が淡い光を帯びるようになる。


「――水流鞭剣(アクア・クロス)ッ」


 続けざまに詠唱を完了させると、エレスが持つ宝剣に変化が現れる。それは刀身に取り巻くようにして出現する水である。


 宝石から湧き出た水は量を増していき、最終的に鞭のような形へと変化していく。その長さは人間の身長を容易に超えるものであり、エレスは再びその表情に笑みを漏らすと、水の鞭がプラスされた宝剣を振るっていく。


「――ッ!」


「おっと、逃しませんよッ!」


 宝剣に取り巻いた水は本物の鞭のように反り曲がり、横薙ぎにされた状態で氷竜の身体へと接近を果たしていく。しかし、大きな動作によって繰り出された攻撃に対して、氷竜は空高く飛び上がることで回避する。


「――――ッ!?」


 氷竜が空を飛んだ次の瞬間、エレスもまた鞭剣を持った右手を素早く振り上げていく。


 見た目に反して俊敏な動きを見せる水の鞭剣は、完全に回避したと油断した氷竜の身体を捉える。甲高い音が異形の大地に響き渡り、氷竜の身体から大量の鮮血が溢れ出してくる。


「ふふッ……あまり、この子を甘く見ないで貰いたいですね?」


「――ッ!」


 予想外の攻撃を受け、氷の大地へと落下する氷竜。


 巨体が落下することで大地が大きく揺れ、シルヴィアが地面に叩きつけられた時のように大きな粉塵が舞い上がる。


「これくらいでやられるような感じには見えなかったですが、この隙にシルヴィアさんを――」


「――どこを見ている?」


「――ッ!?」


 氷竜から注意を逸らした訳ではなかった。


 シルヴィアが落下したポイントをちょっと見ただけで、意識はちゃんと氷竜を捉えていたはずだった。だから、氷竜が動き出したとしても瞬時に対応できるようにしていた。


 しかし、それすらもすり抜けるようにして、エレスの右足には鋭利に尖った氷の結晶が突き刺さっていた。


「いやいやこれは……まだ本気を出していなかった……ということですか?」


「この程度で我を倒せると思ったら、大きな間違いである」


 粉塵が晴れると、そこには無傷の状態で立ち尽くす氷竜の姿があった。


 その姿に驚きを隠せないエレスは、全身に緊張感を滾らせると険しい顔つきで氷竜を睨みつける。右足の太ももには氷の結晶が突き刺さり、騎士服に血の花を咲かせている。


「……これは、困りましたね」


 シルヴィアの現状は不明。

 おそらく継戦は難しい状態であることが推測される。


 そして、エレスは右足に明確な負傷を負ってしまった。利き足の負傷は無視できるものではなく、エレスが与えたはずの傷を瞬時に治癒する氷竜を相手にする上では、とても苦しい状況であると言わざるを得ない。


「――覚悟は出来たか?」


「負ける覚悟なんて、あいにく持ち合わせてはいませんね……」


 額に汗を浮かばせながら、エレスの頭はこの状況を打破するための策を必死に模索していた。しかし、この状況を簡単に突破できる方法などはすぐには見つからない。


「……やれるところまではやりましょう」


 痛む足に苦悶の表情を浮かべながらも、エレスは右手に持つ宝剣を構えると再び氷竜と対峙する。



「――そいつは、私が倒す」



 今まさに、氷竜とエレスによる戦いが始まろうとしていた瞬間だった。背後から聞こえてきた声にエレスは振り返る。


「……シルヴィア、さん?」


「――――」


 振り返った先には、一人の少女が立っていた。両手には『緋の剣』と『蒼の剣』を持っていて、その身体は美しい甲冑ドレスに包まれている。


 金髪と銀髪が入り混じった髪と端正に整った顔立ち。その姿は間違いなく氷竜にやられたと思っていたシルヴィアそのものだった……はずである。


「…………」


 待ち望んだ仲間の復活。


 それはこの状況において、エレスが最も待ち望んでいたものだったはず。しかしエレスは険しい表情を崩すことなく眼前に立つ少女を見つめている。


「――私は……もう二度と、負けられないッ!」


「――――ッ!?」


 シルヴィアは唇を強く噛みしめると、両足で踏み切って瞬時に跳躍を開始する。


 その速度は今までに見たことがないレベルのものであり、瞬きの瞬間に氷竜の眼前まで接近したシルヴィアは、両手に持った剣でその身体を切りつけていく。


「――なにッ!?」


「はああああああああああぁぁぁぁぁッ!」


 シルヴィアが振るう『緋の剣』は氷竜の身体を焦がし、『蒼の剣』はその身体を瞬時に凍らせていく。異なる性質を持つ二対の剣は氷竜の身体を深く切り裂き、エレスが与えた傷とは比にならないダメージを与えていく。


「――――ッ!」


 シルヴィアの動きに全く反応できなかった氷竜は、怒りの咆哮を上げて反撃へと移ろうとするのだが、その攻撃が当たることはない。


「――遅い」


 氷竜は口を開き、閃光を放つのと同時に、エレスの足を貫いた時の小さな氷の結晶を射出していく。それをほぼ零距離で受けるシルヴィアであったが、一切の無駄を省いた身のこなしで全ての攻撃を躱していくと、瞬時に二対の剣を融合させて『聖剣』を生成すると、氷竜の身体へ剣を振るっていく。


「――――ッ!」


 攻撃が当たっていないことを知った瞬間、氷竜は全身を貫く『殺気』を前にして思わず後退する。結果的にその行動は正しくもあり、致命傷でもあった。


 氷竜は二対の剣が融合した『聖剣』が持つ力を知っている。


 氷山を瞬時に崩壊させる力を持つ聖剣は脅威であり、その時の光景が頭に残っていたからこその行動だった。結果、氷竜は首を両断されることは回避したが、その代わりに身体の半身を失うこととなった。


「…………これほどまでとは」


 長細い氷竜の身体は真っ二つに切断され、結合部からは大量の出血が見られる。氷竜の口から断末魔の咆哮が響き、誰が見ても氷竜の敗北が確定した瞬間でもあった。


 白い雪を汚す夥しい量の鮮血。

 凄惨たる光景を目の当たりにして、エレスは戦慄を禁じ得ない。


 どうしてシルヴィアは無傷で立っているのか。

 どうしてシルヴィアは先ほどとは比べ物にならない戦闘力を発揮できたのか。

 どうしてシルヴィアは一言も口にしないのか。


 様々な謎が残ったまま、エレスは氷竜が倒れ伏す光景を見ていただけ。


「…………」


 結果的に戦いは終わった。


 しかし、エレスは宝剣を握ったまま、白い甲冑ドレスを氷竜の血で汚すシルヴィアの背中を睨みつける。何故ならば、倒すべき敵は倒れたというのに、シルヴィアの身体から殺気が消えていないからだ。


「貴様、何者――」


「…………」


 氷竜の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 シルヴィアの剣が氷竜の脳天に突き刺さり、異形の魔獣は瞬時に絶命する。


 静寂が支配する氷獄の大地。

 異様な雰囲気が包む中、シルヴィアは光を失った瞳を持ってゆっくりと振り返って、エレスを見る。


「これは……本気でヤバイ……って、奴ですね……」


 氷竜へ向けられた殺気は、今ではエレスへと向けられている。

 異形の大地を舞台にした戦い。

 それは思わぬ展開を持って新たなる局面へと突き進んでいく。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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