第四章18 【帝国奪還編】暴風の戦士
「今度は炎じゃなくて、マグマを身に纏った……?」
「ふむ……より厄介になったの……」
帝国ガリアへ向かう道中。
ライガとリエルの二人は灼熱の炎が支配する異形の大地に存在しており、そこで全身に炎を纏った獣に遭遇した。その獣は『虎』に似た姿をしており、その造形は炎虎と名付けるに相応しいものだと言えた。
――全身に炎を身に纏った獣。
それがライガたちが持った第一印象であり、しかしそれは間違っていたのであった。より正確に炎虎の姿を説明するのならば、『獣の姿を形成した炎そのもの』というのが正しい説明であり、その証拠にライガが放つ斬撃は獣の身体を切り裂くのではなく、実体を持たない炎を裂いて空を切るのであった。
「より正しく、あの獣を表するのであれば、炎にプラスしてマグマを纏った……という形になるのかもしれんの」
「あぁ……確かに、マグマが燃えてるな……」
ライガが放つ斬撃は炎虎の実体を持たない身体を切り裂き、その結果として炎虎の身体は消失し、首だけが眼下に広がるマグマの中へと消えていった。
一瞬でも勝利を予感したライガとリエルであったが、そんな淡い想いは次の瞬間に瓦解し、改めて姿を現した炎虎はより手に負えない姿を纏って現れるのであった。
「そう簡単には死なないと思ってたけど、こう来るか……」
「炎とマグマ……どっちがめんどくさいんじゃろうな?」
「いや、それは……いや、でも……マグマなら切れるのか?」
炎で身体を形成していたのなら、ライガの刃は空を切るばかりであったが、マグマという実体を持つことでライガの大剣で切り伏せることは可能かもしれない。
「確かに、それは可能じゃろうが……下手に切り間違えると剣が溶けるぞ?」
「……それは困るな」
凄まじい熱気が全身を包み込む中、眼前に経つ炎虎の動きに集中するライガとリエル。あらゆる物を燃やし尽くす炎の化身である炎虎を相手に、どのように戦うかを模索する中、先に動きを見せたのは炎虎の方だった。
「――――ッ!」
先ほどとは比べ物にならない強大な咆哮が轟くのと同時に、炎虎が宙を走ってライガたちに襲い掛かってくる。
「ライガよ、少々時間を稼ぐことは可能か?」
「……どれくらいだ?」
「三分……いや、五分は欲しいの」
「……それくらいなら余裕……って、言いたいところだけど、まぁ頑張ってみるよッ」
最後にリエルと簡単に言葉を交わして、ライガは強く踏み込むと炎虎を迎え討つ形で飛び出していく。
一人で飛び出してくるライガを、炎虎もまた正面からぶつかり合おうと突進を続ける。
そして二つの影が一つに重なった瞬間、その地点を中心に凄まじい衝撃が灼熱の大地を駆け抜けていく。
「ぐおおおおぉッ!?」
「――ッ!」
炎虎の身体がマグマを纏い実体化したことで、ライガの大剣はしっかりとその身体を捉えることに成功していた。ライガは自分の背丈を容易に越えていく巨体を誇る炎虎の突進をしっかりと受け止め、二つの影が虚空でピッタリと制止していた。
「やべぇ、コレッ!?」
制止すること数秒。
ライガは自身を襲う異変にいち早く気付くと、ありったけの力を込めて炎虎の身体を弾き飛ばしていく。次の瞬間、足元に広がるリエルが生成した氷の床に大剣を突き刺すと、息を乱して自分の両手を見つめる。
「はあぁッ、はぁッ……くっそッ……やっぱりマグマってのはめんどくせぇな……」
ライガが持つ大剣・ボルカニカは炎虎と触れ合ってもしっかりと健在していた。しかし、わずか数秒の時間触れ合っていただけで、剣は全身に強烈な熱を持つようになり、ライガはその熱さに思わず苦悶の声を漏らしてしまう。
「――ッ!」
ライガの様子などお構いなしに、炎虎はすぐさま次なる行動に出ていく。
咆哮を上げると、眼下に広がるマグマに異変が現れる。轟く声に呼応するかのように煮えたぎるマグマの中から無数の剣が生成され、その剣先がライガを捉える。
「ちッ……どうするかな、コレッ……」
瞬間的に熱を持った大剣を握っていた両手は、あっという間に火傷してしまい、大剣を握って継戦するのは難しいと言わざるを得ない。
「――風烈刃・双牙ッ!」
ライガは両手に魔力を集中させると、風で形成された『剣』を生成していく。
――風烈刃・双牙。
それは他よりも劣る魔力を限界まで引き出すことで使うことが出来る、創世剣の魔法であり、風の魔力を具現化させた結果に万物を切り裂く剣が生まれる。
「これなら火傷は関係ねぇぜッ!」
ライガが動き出すのと同時に、炎虎がマグマから作り出した炎剣も飛翔を開始する。瞬時に距離を詰めてくる無数の炎剣に対しても怖気づくこともなく、正面から立ち向かうライガは両手に持った風剣を振るっていく。
「――なッ!?」
武装魔法も相まって、ライガは目にも止まらない速さで飛翔を繰り返していく。炎剣がライガの身体を捉えることは難しく、迫りくる炎剣を軽々と躱していくと、ライガは風剣でそれら全てを斬り伏せようとする。
無情にも切り裂かれる炎剣なのであったが、それだけでは終わることが無かった。
「ぐあああぁッ!?」
真っ二つに両断される炎剣はその場で激しい炎と共に爆発した。
しかもそれは近くに存在していた炎剣にも延焼していき、最終的にライガは凄まじい爆発が連鎖する中に巻き込まれてしまう。
「マジかよッ……」
「――ッ!」
爆発から逃れるようにして、ライガは跳躍を繰り返して近くに存在していた岩場まで後退を余儀なくされる。凄まじい炎がライガの全身に襲いかかり、武装魔法を持ってしても彼の身体は至る所に重度な火傷を負ってしまう。
「やべッ……リエルッ!」
ライガが最前線から離脱したことを確認した炎虎は狙いをリエルに移していく。
リエルは目を閉じた状態で静かに魔力を充填している。
何か大きな魔法を使おうとしていることに間違いはなく、炎虎はさせまいと攻撃を繰り出していく。跳躍する炎虎はリエルの小さな身体を噛み砕こうとするのだが、リエルはその場から一歩も動くことはない。
「――氷獄葬送」
炎虎の攻撃が届くよりも少し早く、リエルが魔法の詠唱を完了させる。
すると、瞬きをした次の瞬間、あれだけ巨大な体躯をしていた炎虎の身体は強烈な冷気を放つ氷棺の中に姿を消しており、その氷はマグマと炎を身に纏った炎虎の動きを完全に封じることに成功していた。
「なんだ、それ……」
「ふぅ……これは対象を氷の中に閉じ込める魔法じゃ。決して壊れない氷の中で息絶える瞬間を待つ……そういった魔法じゃな」
「そんな魔法があるなら、早く使ってくれよ……」
「まぁ、この魔法は消費する魔力の量も半端じゃないからの。出来れば温存したかったんじゃ」
「なるほどね……」
炎虎を閉じ込めた氷は空中で制止しており、それを前にしてリエルは余裕のある笑みを浮かべている。
「はぁ……とりあえず、これで終わりか……?」
「ふむ、そうじゃといいんだがの……」
灼熱の大地を舞台にした戦いは、静かに終局を迎えるのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




