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第四章14 【帝国奪還編】氷獄の大地

「君はその力の半分も使いこなせていないようだね」


 アステナ王国の城下町。そこで魔獣たちとライガとシルヴィアの前に姿を現したのは、帝国騎士であるアレグリア・ハイネだった。


 幼い姿をした少年であるハイネは、色欲のグリモワールを使役することで、異形の力を行使することができた。


「逃げ……ろッ……シルヴィアッ……」


「逃げろって……」


「コイツ、はッ……お前が敵うッ……相手じゃ、ねぇ……」


 魔竜の元へ向かった航大たちと別れたライガとシルヴィアは、城下町で猛威を振るっていた小型魔獣たちの殲滅を請け負っていた。順調に魔獣たちを駆逐していく中で、突如として攻撃を仕掛けてきたのが帝国騎士のハイネだったのだ。


「はぁ……こっちはハズレだったか。こんな弱そうな奴と当たっちゃうなんて」


「……誰が弱そうだって?」


「改めて言わないと理解できないのかな?」


 空中に浮遊するハイネの周囲には、異世界には存在しないはずの重火器が幾つも展開されており、ライガやシルヴィアは見たこともない種類の武器に警戒心を滲ませる。


 不意打ちによる攻撃によって沈んだライガを守るようにした立ち、帝国騎士・ハイネと対峙するシルヴィアは、その表情に明確な怒りを滲ませて声を低くする。


「そこのデカブツは言うまでもないけど、君は悪くない。中々、悪くない力を持っていると言えると思うよ?」


「…………」


「でも、さっきも言ったように。君はその力を全く使いこなすことが出来ていないようだ」


 純白の甲冑ドレスに身を纏い、右手に緋剣、左手に蒼剣を持った剣姫覚醒状態のシルヴィア。これはシルヴィアが生まれつき持っている力であり、航大と初めて邂逅したハイラント王国の城下町で顕現した力であった。


 普段は肩上まで伸ばした金髪が印象的な少女なのであるが、剣姫による力を解放させた際には、髪が腰まで伸びて、更につむじを中心に金髪と銀髪が融合する異形の姿へと変わる。


「力を、使いこなす……?」


「そういうこと。まぁ、僕の前ではそんな力も、全く意味を成さないんだけどね」


 ハイネは歪に唇を歪ませると、右手をシルヴィアへ向けて突き出していく。

 その動きに合わせて、空中に展開されていた様々な重火器が銃口をシルヴィアへ向ける。


「……好き勝手言ってくれちゃって、その油断……後悔させてあげるッ」


 シルヴィアもまた、両手に持った双対の剣を構えると、これから始まる死闘へ向けて精神を統一させていく。一発触発の張り詰めた緊張感が場を支配する中、甲高い銃声が響き渡るのと同時に二つの影が跳躍を開始する。


 アステナ王国での壮絶なる戦い。

 しかしそれは、異形の力を持つ帝国騎士の圧勝という形で幕を閉じることになる。


 それは少女にとって屈辱の記憶。

 決して許されない、敗北の記憶なのであった。


◆◆◆◆◆


「……んッ!?」


 シルヴィアは全身を襲う、凍てつく寒さを感じて目を覚ます。


 視界には空を覆い尽くす分厚い灰色の雲と、そこから零れ落ちる純白の粒が映っていて、覚醒する意識の中でシルヴィアはそれが『雪』であることを理解する。


「――って、寒いんだけどッ!?」


「お目覚めですか?」


 シルヴィアが寝ている場所は周囲を氷が覆う氷獄の大地であり、更に天候も悪く猛吹雪が常に吹き荒れている劣悪な環境だった。


 少し身動きを取らないだけで半身が雪に埋もれてしまう環境の中で、シルヴィアは自分の身体が異様に冷えていることを感じて慌てた様子で飛び起きる。


「な、なんでこんなことにッ!? てか、ココはどこッ!?」


「どうやら、私たちはあの突風に巻き込まれて変な場所に飛んできてしまったようですね」


「変な場所って……ココ、どこなのッ!?」


「多分……いや、きっと……いえ、間違いなくなのですが……ココは氷の大地。軍港を出た際に絶対に立ち入るなと言われた、あの大陸の片方じゃないですかね」


「……えっ?」


 シルヴィアの脳裏に軍港を出た際の記憶が蘇ってくる。

 眼前に広がった『灼熱の大地』と『氷獄の大地』。


 白髪が印象的な老人は、二つの大地を前にして絶対に立ち入ってはいけないとシルヴィアたち一行に忠告をしていた。だからこそ、多少の時間を犠牲にしてまで迂回ルートを進んでいたのだが、突風に巻き込まれた結果に足を踏み入れてしまったのだ。


「どうするの、コレ……?」


「どうしましょうかね?」


 辺り一帯を覆い尽くす氷山。

 吹き荒れる猛吹雪。


 異形の大地には強大な魔獣たちが生息していると老人は言っていた。

 しかし、ココを抜けなければ帝国へと向かうことはできない。


「……ライガたちは?」


「私もさっき目を覚ましたのですが、どうやらはぐれてしまったようですね」


「……なるほど」


 氷の大地にはライガとリエルは存在しない。同じ突風に巻き込まれたのなら、ライガたちもまた氷の大地とは違う、異形の大地に居るのかもしれない。


 離れ離れとなってしまったのだが、それでもシルヴィアたちが目指す場所は一緒である。


「まぁ、ライガたちなら大丈夫でしょ。私たちが向かう先、そこで必ず再会することができる」


「そうですね。目的が一緒であるなら、最終的には合流できるでしょう。貰った地図によれば、この大地を抜けた先に帝国ガリアはあります」


「それなら話は簡単じゃない。今すぐ移動してこんな寒い所から脱出するッ!」


「私もそれが良いと思います。しかしですね、報告が遅れたのですが、悪いお知らせがあります」


「……悪いお知らせ?」


 困り気味な笑みを浮かべるエレスが指差す先。そこにシルヴィアもまた視線を向けていく。


「――なに、アレ?」


「さぁ……なんでしょう?」


 シルヴィアとエレスが見る先。

 そこは無数に存在する氷で出来た剣山の頂点。


 数十メートルはあるであろう氷剣山の頂点には、静かに佇む異形の存在があり、それは青く輝く瞳でシルヴィアたちを見下ろしている。


 その存在は竜のような形をしており、全身を美しい青の鱗で覆い、長細い身体を丸めるようにして空中で制止していた。それは現実世界で言い伝えられる『青龍』に近い造形をしており、見たこともない魔獣の姿にシルヴィアは言葉を失う。


「初めて見る姿をしていますが、きっと魔獣の類でしょう」


「……まぁ、そうなるよね」


「話し合いが通じるような相手ではない……でしょうね」


「試してみた?」


「いえ、残念ながらまだです」


 想像を絶する相手を前にして、シルヴィアたちは視線は魔獣に固定したまま呆然と会話を続ける。


「それじゃ、まずは話しかけてみようか。おーい、私たちはこの先に進みたいだけなんだけど、通してくれたりしないかなーッ!?」


 言葉が通じるかも分からない状況で、シルヴィアは両手を口元にあてがって大声を出す。なんとか穏便に事を済ませたい想いからの行動だったが、そんなシルヴィアの問いかけにも竜の魔獣は身動き一つ取ることはない。


「――去るがいい。無力な人間たちよ」


 しばしの静寂が場を支配した後、竜の荘厳な声が周囲に響き渡る。


 竜の魔獣は静かに佇むだけなのだが、全身から放たれる威圧感と殺気にシルヴィアとエレスは表情を険しくしていく。この先に進むのなら、容赦はしない。魔獣から発せられるメッセージの意味を感じ取る。


「……もしかしてなんだけど」


「はい。なんでしょうか?」


「アレ……戦わないとダメなやつ?」


「先に進みたいのなら……そうなるかと」


 エレスの返答を聞いて、シルヴィアは溜息を漏らしつつも覚悟を決めていく。

 その表情に強い決意を灯して、一歩前に進み出る。


「それなら、やるしかないよね」


「はい。微力ながら、私も力をお貸しします」


 シルヴィアに続く形でエレスもまた、腰にぶら下げた細剣に手を当てながら一歩を踏み出す。灼熱の大地でライガたちが戦いを始める一方で、シルヴィアたちもまた強大な魔獣を相手に戦いを始めようとしていた。


 双方が目指す帝国ガリア。

 そこまでの道程にはまだまだ障害が多いのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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