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第四章6 【帝国脱出編】冷たい牢獄

「貴様のその意志がどれだけ強固なものであるのか――私に見せてみるがいい」


 アステナ王国での戦いに破れ、帝国ガリアへと足を踏み入れた航大は、そこで全ての諸悪の権化であり、帝国ガリアを統べる総統という立場にある男、ガリア・グリシャバルとの邂逅を果たす。


 ――航大が連行された玉座の間。


 数々の絶望を産んだ張本人である帝国騎士たちが集う中で姿を見せたガリアは、航大が持つ大罪のグリモワールを見るなり満面の笑みを浮かべ、航大に帝国と共に世界を支配しようと提案を投げかけてくる。


「…………」


 ガリアの言葉を飲み共に行動することを選んだのなら、帝国ガリアにおいて航大の地位は高くなり、このような過酷な環境に置かれることもなかっただろう。しかし、航大には世界を破滅させようとする悪の意思にはどうしても従うことが出来なかった。


「起きてるか、おい?」


「…………」


「返事くらいしろやッ!」


「――ぐああぁッ!」


 航大は今、帝国ガリアの地下深くに存在する牢獄へと連行されており、視界は目隠しによって隠され、両手を魔力が込められた枷で拘束された状態でバンザイする形で天井から吊り下げられている。


 両手を拘束され、更に両足も冷たい鎖で牢獄の床に貼り付けられるようにして縛られている。


「はぁ、はあぁッ……」


「んだよ、やっぱり起きてるじゃねぇか。よーし、それじゃ今日も始めるぞ」


 牢獄に連行され、この状態になってからどれくらいの時間が経過したのだろうか。


 身体の自由を奪われ、視界すらも閉ざされた今の航大には時間感覚などというものは皆無であり、定期的に始まる肉体的な拷問を前に十分な睡眠を取ることすら許されない。


 そんな絶え間ない地獄の日々がこの瞬間にもまた、始まろうとしていた。


「おらッ、おらッ!」


「ぐッ、あッ……はぁッ……ぐぅッ、うああぁッ……」


 目隠しのせいで詳細を把握することができないが、航大は今、鞭のようなもので上半身を中心に絶え間ない攻撃の嵐を受けていた。鋭く全身を駆け巡る痛みが襲いかかってきて、航大は苦しげな声を漏らすのと共に身体を痙攣させる。


 甲高い音が響き、鞭が航大の身体を叩くとその部分が異様な熱を持つようになる。痛みに対して敏感になる中での拷問はこれから何時間も続くのだ。


「そろそろ辛くなってきただろ? 仲間のことなんて忘れてよ、帝国側に付いちまえばいいんだよ」


「はあぁ、はぁッ……くッ……はぁッ……」


「もうこんな苦しい思いしたくないだろ? それだったら、たった一言だ……一言、ガリア様に忠誠を尽くしますって言えばそれで終わりなんだよ」


 何度も鞭に打たれ、上半身を中心に激しい痛みに晒される中で、拷問を担当している男が航大の耳元で悪魔の囁きを繰り返す。


 この光景は何度も繰り返されており、最初の内は激しい抵抗を見せていた航大も、度重なる地獄の日々に抵抗する気力すら奪われていた。


「……ふざけんなよ、くッ……はあぁッ……俺は絶対に帝国にはつかないッ……」


「はぁ……そうかよ。こんな辛気くせえ仕事は終わりにしたいんだがな……まぁ、お前がそう言うんじゃ仕方ねぇよな」


「…………」


「歯食いしばれよッ……おらぁッ!」


「ぐッ、ぐああああああぁぁぁぁーーーーーーーーッ!」


 航大と男以外には誰も存在しない寂れた帝国の地下。


 そこでは鞭が肌を叩く乾いた音と、一人の少年が漏らす苦悶の声だけが響くのであった。


◆◆◆◆◆


「…………」


 この日の拷問が終わると、地下牢獄は静寂に包まれる。


 少年の荒れる吐息だけが鼓膜を震わせ、漆黒の世界で航大は一人、次の拷問が始まるまでの時間を過ごさなければならない。


 普通の人間なら、こんな生活を長く続けることは不可能であろう。それは航大にとっても例外ではないのだが、ここまで耐えることが出来ているのは、終わりのない地獄の中でも一筋の光があるからであった。


「……痛そう」


「…………」


「……大丈夫?」


「…………」


 ――それはいつも唐突に現れる。


 抑揚のない少女の声。


 いつからだろうか。航大が拷問を受けた後、不定期に正体不明の少女が牢獄へと姿を現すようになった。少女は何かをする訳ではなく、ただこうして航大に話しかけてくるのだ。彼女についての情報を、航大は何も持ち合わせていない。彼女が語らないということもあるが、帝国ガリアを自由に歩き回れる存在であることには間違いないので、航大は投げかけられる心配する言葉にも素直に反応が出来ないでいた。


「……酷い傷」


「くッ……」


「……私にはこれくらいしかできないけど、少しでも良くなればいいな」


「…………」


 先ほどまで何度も鞭で叩かれた上半身を、ヒンヤリとした感覚が何度も触れてくる。ピリッと全身に痛みが走るのだがそれも一瞬だった。


 航大は少女の行動について見ることは出来ないが、自分ができる範囲で治療しようとしてくれているのだろうと推測することができた。


「どうして、俺なんかに構うんだよ……」


「……私は貴方とお話がしたいから」


「お話……?」


「……うん。この国の外に広がる世界の話。私はここから出ることが出来ないから」


 少女の目的が分からない。

 航大も最初は語りかけてくる少女に対して、辛辣な言葉を吐き捨てたこともあった。

 それでも少女は、何度も航大に拒絶されたとしても関わりを持とうとする。


「俺に話せることなんかねぇよ……」


「……そんなことない。貴方は帝国の人間じゃない。ということは、どこか外から来た人」


「…………」


「……何でもいい。私が、私たちが生きている世界には何が広がっているの?」


 少女の細く小さな指が航大の身体に触れる。


 とても冷たい。凍えそうになるくらいに少女の指は冷たくて、それでも心の中には帝国で出会った誰よりも暖かな『心』を持っているのだと感じることができた。


 ――牢獄までやってきて、航大に話しかける謎の少女。


 過酷な毎日を過ごす中で、航大の心は幾度となく折れそうになっていた。それをギリギリの所で繋ぎ止めてくれたのは、間違いなく少女の存在があったからだ。


「分かったよ。話してやるよ、外の世界について……」


「……ホントッ?」


 航大の言葉に少女の声が跳ねる。ユイと同じでイマイチ感情を読み取ることは出来ないが、それでも少女がその顔に笑みを浮かべているような気がして、航大の表情にも僅かながら笑みが灯る。


 ――それから少女と話をした。


 航大が初めて異世界でやってきた国・ハイラントのこと。

 そこで出会った数々の人や物。


 大自然が支配するコハナ大陸のこと。

 肌で感じた大自然の雄大さと、そこで暮らす人々のことを。


 ――どれだけの時間を少女との会話に使っただろうか。


 今の航大には長時間、誰かと会話すること自体が久しいものであり、地獄のような日々の中で少女の存在は確実に航大にとってかけがえのないものへと変わりつつあった。



 救いと希望のない帝国での獄中生活。


 そんな暗雲立ち込める日々の中でも、一筋の光は差しているのであった。

桜葉です。

次回もよろしくお願いします。

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