第三章40 絶望ノ夢
「……どうして、私を助けてくれなかったの?」
異世界に存在するアステナ王国。
そこを訪れていた航大たち一行は、帝国ガリアが誇る騎士の襲撃を受け戦いに身を投じていた。アステナ王国の中心に位置する王城に存在する『封印の塔』。この場所にはかつて世界を滅ぼしたと言われる魔竜・ギヌスが眠っていた。
帝国騎士が蘇らせた魔竜・ギヌスと壮絶な戦いを演じ、見事に勝利を収めた航大であったが、一瞬の隙を突かれた結果に帝国騎士が見せる『夢』の中へと取り込まれてしまうのであった。
「……どうして?」
航大が見る夢。
それは航大が生まれ育った現実世界に広がる光景だった。
現実世界で航大が通っていた音羽学園を舞台にした『夢』は、少年に懐かしさと戸惑いを与え、それは今この瞬間に確実なものとなって眼前に現れた。
「……私は貴方をずっと見てた」
「…………」
航大の身体に寄り掛かるようにして震える声を漏らすのは、図書委員であり黒髪を三つ編みにし、眼鏡を掛けたいかにも地味な外見をした女子生徒だった。
図書館に通いつめている航大は彼女とまともに言葉を交わしたことはないが、それでも彼女が自分と同じ本を愛する人間であることは理解している。
「……どうして俺を?」
お互いの存在を認識ことすれど、言葉を交わすことはなかった。しかし、そんな関係も彼女が見せた行動によって最悪の終幕を迎えようとしていた。
「…………」
「ぐッ……あぁッ……」
本を探す航大の背後に忍び寄ってきた図書委員の女子生徒は、グラリと大きく身体を揺らすことで航大の胸の中に飛び込んできた。突然の行動に驚きを隠せない航大であったが、腹部に感じる強い衝撃と鈍い痛みに苦悶の表情を浮かべる。
「いってぇぞ、コレ……」
「…………」
航大の腹部。
そこには図書委員の少女が握った『包丁』が存在しており、鋭く尖った包丁の刃が航大の腹部を切り裂き、体内に侵入を果たしていた。
どうして自分が命を狙われるのか。それすらも分からず、完全に不意を突かれた形の航大は少女の凶行を止めることすら出来ずに、あまりの痛みに言葉を漏らすことも難しくなる。
航大の腹部に突き刺さる包丁は鮮血に染まり、航大の体内からじわりと血液が失われていく。
「……大丈夫」
立っていることすらやっとな状態へと追い詰められる航大に、少女は優しく言葉を囁いてくる。思考能力が鈍り、少女の言葉を理解するのに航大は時間を要するようになっていた。
「……私は貴方をずっと見てるから。だから、安心して眠って?」
薄れ行く意識の中で、少女の言葉は航大にとって子守唄にも等しい力を持ち得ていた。
――まだまだ彼女には聞きたいことがあった。
どうして自分の身体を刺したのか、少女が漏らした言葉の意味とは何なのか。
全身が心地いい浮遊感に包まれる中、航大は眼前に涙をいっぱいに溜めている少女の顔を見ながら意識を手放していくのであった。
◆◆◆◆◆
「――ッ!?」
現実世界で少女に身体を刺され意識を手放した航大は、全身を焦がす熱を感じて目を覚ます。航大が立ち尽くす場所。そこは現実世界の学校ではなく、全く見覚えのない場所だった。
「どこだ、ここ……俺は……」
周囲の状況分析をする前に刺された腹部を確認してみる。すると、そこには傷一つ残ってはいなかった。
傷跡すらもなく、最初からそこには何も存在していないのだと言わんばかりの様子に戸惑いを隠すことができない。図書室での光景は嫌というほどハッキリと記憶に残っており、少女が漏らした言葉、少女が見せた表情の一つ一つを思い出すことが出来る。
だからこそ、あの場所でのあの時間は嘘ではないと断言することが出来るのであった。
「てか、熱いな……これ……マジかよ……」
突如として眼前に広がる光景が変化したことに驚いていた航大だが、少しずつ冷静さを取り戻していくと自分が異様な空間に存在していることを把握する。
そこは四方八方を灼熱の炎に包まれており、少しずつ、しかし確実にその炎は世界を飲み込もうとしていた。
「……航大?」
「えッ……?」
そんな灼熱の世界で航大を呼ぶ少女の声が響き渡った。
その声は航大の背後に存在する炎の中から聞こえており、自分を呼ぶ声に航大は驚きを持ってして踵を返す。
「――――」
燃え盛る炎の中。
その中から姿を現したのは白髪の髪を熱風に靡かせる白髪の少女だった。
彼女の姿を見た瞬間、航大の胸に広がっていた違和感が瞬く間に消失していく。封じられた封印の鍵が解き放たれ、航大の脳裏には異世界で過ごした日々が鮮明に蘇ってくる。
「……ユイ?」
「…………」
異世界にやってきた少年が一番最初に出会った少女。激動の毎日を送る中において、彼女は英霊をその身に宿すことで強大な敵との戦いに身を投じてきた。
彼女は航大にとって、異世界の中で最も大切な人間であると言える存在であった。
そんな彼女が今、航大の前に姿を現している。
「な、なぁユイ……ここは……?」
「……ここは終わった世界」
「……終わった世界?」
見渡す限りの炎が包み込む空間。魔竜・ギヌスと帝国騎士を相手に戦っていたはずの航大たちが迷い込んだ場所について問いかけると、ユイは相変わらずの無表情で短く答える。
「……ココは失敗した世界。破滅するセカイ。終末の世界」
「おい、なに言ってんだよ……意味わかんないぞ……?」
「……今は何も知らなくていい。航大はまだ、ココに来るには早すぎるから」
「ユイ、それ……」
「…………」
深い悲しみに突き落とされたような、何かを諦めたかのような暗い表情を見せるユイの右手には両刃の剣が握られていた。その姿を見て、航大は自分が以前にも同じような光景を目の当たりにしているのではないか……という疑問を覚えるのだが詳細を思い出すことが出来ない。
「……ごめんなさい」
気付けば遠くに立っていたはずのユイが、手を伸ばせば届く距離にまで接近を果たしていた。明らかに異様な雰囲気を身に纏っているユイの姿に警戒し、航大は一歩後ずさる。
「……この世界で貴方は二度死ぬ」
「……は?」
「……さようなら」
「――ッ!?」
航大の目が見開かれる。
ユイが持っていた両刃剣が航大の身体をいとも簡単に引き裂き、その衝撃によって身体が上半身と下半身の二つに切断される。それはあまりにも呆気なさ過ぎる終幕であり、痛みすらも感じる余裕がない中で航大は地面に倒れ伏す。
「――――」
薄れ行く意識の中で、航大は白髪の少女が背中に漆黒の翼を生やすのを見た。
それは禍々しい力が具現化したものであり、少女の瞳から血涙が伝うのを見ても、今の航大には声を掛けることすら出来ない。
最期に見た少女の顔は、言葉には形容し難い悲しみに染まっている。
どうして彼女が悲しみに暮れているのか。
それを今の航大は理解することが出来ないのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




