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グッドナイトブラザー

作者: 尾川亜由美
掲載日:2015/08/09

バーテンダーの兄に毎年、一度だけかかってくる、やくざな仕事の弟の電話。

兄弟愛をテーマにした、短編小説です。


弟がとんでもない馬鹿だった時、兄貴としてはどうしてやるべきか。

それも、知らぬうちに国境を跨いでやくざまがいなことを仕出かしてみたり

それを罪悪感どころか嬉しそうに兄の俺に報告して

終いには実の兄の恋人を寝取って、関係の終わりを提示して一方的に電話をきる。


亡き母に代わり、優しく諭してどうしてそんなことをするのか聞くべきか。

それとも怒りと悲しみに身を任せて、育ての父親らしく殴るべきか。

俺は自分のバーでひとり鬱屈と考えていたが、答えは浮かんでこなかった。


もう、随分と長いこと、俺は弟の尻拭いをしてきたような気がする。

もちろん、兄弟であるわけだし記憶はそれだけではないのだが。

娘、息子。弟、妹。下の者に自然とついてしまう愛らしさが

ふしぎなことに、我が弟にはなかった。


だが、あいつが根から可愛げのないことは昔からだ。

迷子になったところで冷静にひとり道を切り返して自宅に帰って来るし

いじめっ子が囃し立てれば泣いて俺に助けを求める前に、血が出るぐらいに殴りつけるし、悲しくなることに、あいつはそこに性別や年齢の差もつけない。

とにかく、世界の中心が自分で廻っている男なのだ。



折角の良い夜、自分で設立したバー。

なのに思い出すのは忌々しい馬鹿弟のことだけ。

いい加減虚しくなり、首を振って自分用の一杯をシェイカーに入れて作る。

どうせ、閑古鳥の鳴く夜だ。

それにどうせなら客と飲んだって罰は当たらないだろう。


―――あいつは仕事の関係上、俺の所に絶対に来ない。

だが、どうしてか、一年に一度は何時だろうが盛大に電話をしてくる。

今年はこれだけ悪いことをして金を稼いだだとか

滞在中の街の空気がまずくて困るのだとか。

そして、最後に決まって「来年は会いに行くよ」と言い

俺はつい甘やかして「会いに来い」と返す。

だが、弟はそれでくっと小さく咽喉で笑って、ようやく電話を切るのだ。

何がしたいのかわからないが、動機などあってないようなものなのだろう。



雪がしんしんと降る、寒い夜だった。

そういえば、今年ももうそろそろ終わりが近い。

来月にもなれば、弟の電話が

夜中だろうが早朝だろうが否が応でも掛かって来るだろう。

まったく楽しみじゃなかった。正直、聞きたくもない。

どうせ掛けて来たところで、稼いだところで、あいつの金は真っ当なものでもなければ傍に置く女の子も愛してないし、何より健全な街に住み着きもしない。

こんな報告会を受けたところで、育ての兄として何が嬉しいものか。



ふと、カウンター内で黒電話が鳴り、受話器を取る。

「はい。」

『…兄貴、久々。寂しかったか?俺だけど。』

静かな声色だが、どこか人を小馬鹿にした口調。舌打ちが思わず出る。

まだ一か月分も早い弟からの電話に眉毛を顰めていると

弟はやれ愉快と言わんばかりにくつくつ笑った。

『怯えてやがる。

なんでこんなに電話が早いんだろう、何かあったのかな?って。』

「お前の気まぐれは今に始まったことじゃないからな。」

『さすがはお兄様、弟の性格はよくわかってるんだな。』

「それだけなら切るぞ。」


いつになく言い募って来る弟にイラついて言ってやる

奴は悪びれもせず手の平を返した。

『はいはい、悪かったよ。兄貴。これでいいか?』

「本当なら今すぐ帰って来て一ヶ月は店の前で土下座させてやりてえがな。」

『そいつは無理だな。帰って来るって言って帰って来た年がなかった。』

「じゃあなんでいつも、決まり文句みたいに言う?」

意味などないんだろ?どうせお前は何にも考えなしだから。

と言いたいところだが、ぐっと抑えて聞いてやると、弟は言った。

『決まり文句だからだよ。さよならって合図と同じだ。兄貴の場合はじゃあなとか、言いたくないからな。』

「どうして?」

『そこで終わっちまいそうな気がするだろ?ジンクスみたいなもんだよ。』


驚いたものだ。我が弟がそんな気弱なことを言い出すとは。

これは本格的に天気も荒れると確信して、窓の外を見る。

店先に飾ったアネモネの如く、赤い空から白い雪は降り積もる。



そういや、一度だけあったじゃないか。あいつが可愛かった所が。

まだあいつは学生で、俺が働き出したころだ。

学校の屈強なクラスメイト達に囲まれてリンチにされたと

公衆電話で夜中に掛けて来て、慌てて迎えに行ったことがあったか。

暴れ出したら手の付けられない弟も、さすがに数には勝てなかったのか

ぼろぼろになって、可愛らしいと呼べる顔もでこぼこに痣を作った奴は

冬の夜中の空気の中、公衆電話の中で震えて座っていた。

夜風が傷に染みるとか何とか言っていたが

半袖シャツとズボンだけで上着を忘れ

更にはぼこぼこにされて意識も朦朧、多分、単純に怖かったのだと兄心ながらに思う。

現に、車に担いで乗せてやるとあいつは子供みたいにすうすう寝始めてしまったのだから、相当参っていたのだろう。


「そんな職に就いてると、不安も多いだろうよ。どうだ、帰って来てバーの手伝いでもしちゃくれねえか。兄貴としちゃ、そっちの方が助かる。その方が安上がりだぜ、命を代償にしない。」

『俺がエプロンつけて甲斐甲斐しく

女の席を引くところなんて、想像もしたくねえや。』

「そりゃ、型だろうよ。囚われるこたねえわな。

お前なりのバーテンダーやりゃいいのさ。」

『…変わらねえな、あんた。』

弟は神妙な声色で呟く。

『俺が幾ら馬鹿やっても、そうやって見過ごしやがる。

いや、どうしたらいいか困ってたって言った方が正しいかな。

…あんた曖昧だけど、嫌いじゃない。

どうせ、今すぐ迎えに来てくれって言ったらまだ迎えに来るんだろ。』

「ああ、お前もあの夜のこと覚えてたか。まったく、誰かれ問わず喧嘩売ってちゃ、また同じことになるだろうな。」

『相違ねえや。』

弟は囁く様に言った。


そういえば、さっきから声が静かで捻り出す様だが、どうしたのだろう。


『なあ、兄貴。バーテンダーの話は、悪いが断るぜ。勘違いしないでくれ。

俺は、そういう仕事を嫌煙してるわけじゃねえ。なれるもんならなってみたい。』

「じゃあなれよ。」

『みもふたもねえ。俺にも都合があるのさ。だから、嫁さんでも迎えて早いとこ、ガキを作って、手伝ってもらいな。』

「お前に心配されるほど、まだ切羽詰まってないんだぜ。今日はどうした?やけに親切面しやがって。」



我が弟は、何かを決心したように俺に切りだした。

『――――兄貴、俺は今年は帰れないんだ。急用が出来てさ。』

「ん?ああ、別にかまわないぞ。どうせ、何十年かは帰って来ないつもりだろ?」

『ああ。ちょっとな、帰って来れないと思う。』

その時、微かに弟の息があがったりさがったりしていることに気がつき、俺は何となく構想が頭の中に立ちはじめた。

また、真夜中の公衆電話で話している弟の姿が。



『“じゃあな”、兄貴。切るぜ。』

「…ああ、達者でな。おやすみ。」



多分今度ばかりは飛行機で飛んで行って捜しても、間に合わないだろう。

そして、弟は明日になればキープアウトの線の向こうでスヤスヤ寝てるはずだ。

それが俺の耳にも飛び込んで来てくれるかどうかは別として。


俺は静かにさよならを告げると、電話を切った。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


もしかすると、なんとなく気づいた方もおられるかもしれませんが

レイモンド・チャンドラーさん作「ロンググッドバイ」を読んだ時

頭に残ったのが、登場人物アイリーンの言葉でした。

「グッドナイトがグッドバイに聞こえないように気を付けたものだ」

という感じのセリフだったと思います。

感動とはまた違うけれど、胸を打たれたような言葉でした。


今回の作品は、そのセリフと兄弟愛をテーマに、最後に弟は「グッドバイ(永遠にお別れ)」を告げるが、兄はそれを拒否して「グッドナイト(また会おう)」というシーンを考えて書いておりました。


訳文で「長いお別れ」の方はぱらっと立ち読みしたぐらいでしたが

「ロンググッドバイ」でもどちらでも、かなり胸に残るお話だと思います。

チャンドラーさんの作品、どれもおすすめですよ!


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