双子のパラドックス ~天津美佳~の場合
赤く染まった床、割れた窓ガラス、乱雑に倒された机、それらを立ち尽くしながら見ている人に私はこう言った。
「あなた達へのお礼、ありがとうね」
私は飛び散りそうな思いを押さえながら人々を脅した。
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入学して1ヶ月くらい、今日も学校に着くとロッカーを開ける。中から落ちてくる手紙を受け止めて教室のゴミ箱に捨てる。それが日常になっていた...
この学校に入学して1週間くらいから手紙がくるようになった。俗に言うラブレターだ。最初はすべてを開け、読んでいたが、最近は見るのも嫌になっていた。中学からの友達もうらやましがり、新しい友達もできずにひとりになっていった。
それは私、天津美佳だ。
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今日も同じく、捨てようとした時に声をかけられた。
「ゴミが多くなるからここに捨てるな」
「なんだ、神楽坂か。あなたが話してるの初めて見た」
「なんだとはひどいな」
「別にいいでしょ、ゴミなんだし」
「手紙というものは言葉よりも正確に伝えることができる。そして曖昧な表現ができない━
「そうですか。どっちにしろゴミはゴミ」
━それが利点であり欠点でもある。人がしゃべってるのに口を挟むな!」
どうでもいい。そう感じたのから私は席に着いた。
「本当にひどいな」
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次の日、また同じようにロッカーを開けた。しかしそこに手紙はなかった。ついにひとりになってしまった、私はそう感じた。
結局、その日は誰ひとりとして話しかけて来なかった。ゴミ箱に捨てたものがまだないか見てみたがあるわけもなく、困り果ててしまった。
唯一、私に好意を寄せてないだろう神楽坂は、こ
んな日に限って欠席している。そういえば昨日瑠璃川さんに話しかけていたし、彼女も休んでいるから二人で何かやってるのかも。そんな事を考えながら気が重い長い一日が始まった。
次の日の朝、ロッカーの中には何もなくその前に神楽坂がいた。
「神楽坂、なんで昨日休んだ?」
「知りたいか?」
「いや、別にいい」
「なら聞くな」
そんなやり取りだけで彼は行ってしまった。
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そんな日が続いて行く中で、周囲の私に対する扱いはだんだんと悪くなっていった。まず女子のグループから追い出された。次に手紙の返事をしてくれないことに怒った男子がいじめを指揮し始めた。
ある日からは手紙がたくさんロッカーの中に入れてあった。またある日は食べ物や飲み物が入っていた。そんな事が入学から続いている中である事件が起きた。
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神楽坂にロッカーの前で会った日から2週間後にその事件が起きた。ロッカーの中にあるシューズの中に真っ赤な液体があった。しかしシューズは防水加工をしてあった。自分は何もしていないのに。
私はクラスの女子が水道で絵の具を溶かしているのを見ていたし、ロッカーの前で何かしてるのもみた。それでも防水加工をしているはずがなかった。
そう思いながらもこのままでは中に入れないので水を流そうと水飲み場に行った。
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シューズは全く濡れていなかった。誰かが勝手にした防水加工はとてもすごいものだったからだろう。私が水道で絵の具を落としているとき、神楽坂が声をかけてきた。
「この学校の女子のやることは恐ろしいな」
「あんた、女子たちに何か吹き込んだ?」
「そんなこと、するわけない」
「女子のやることがわからない私は、女子じゃないかもね」
「復讐、するか?」
「いいよ、そんなこと」
「もう遅いよ、先生に話つけてるから」
「えっ......」
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次の日、神楽坂に言われた時間に学校にきた。教室に行くともうほとんど準備ができていた。
「ずいぶん早いね」
「当たり前だろ、こんな大がかりなことひとりでやってるんだから」
「私は何をすればいいの?」
「何もしなくていい。ただひとつセリフを言えばいい」
「セリフって、何?」
「ドラマチックにいってみな」
「そんないい加減なこと......」
「そろそろ人がくる。足止めしないと」
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その後、クラスの人が同時に教室を見た。私はそこに一言行っただけだ。最高の気分だった。
その日からはいじめがなくなり、誰ひとりと私に声をかけてくれなかった。そんな中で神楽坂碧だけはいつもと変わらずに声をかけてくれた。私はそのうちあのとき復讐したいと思った時と同じ気持ちになった。それが好意であることに気付くのも時間の問題だった。
ただひとり、私が話をすることができる人だった。それからというもの、私は神楽坂を意識して生活していた。彼は鬱陶しそうだったがいつもと同じように接してくれた。
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放課後、赤く染まった空を見ながら私は言った。
「神楽坂、話があるの」
「どうせまた、いつものつまらない話だろ」
「......」
「......」
「神楽坂、話があるの」
「......なんだ?」
「私......碧に復讐がしたい」
「復讐......というと?」
「やっぱりこういうことはできないのね」
「そういうことか」
「わかったの?」
「君が私を復讐できるのならばやってみな」
「それって......」
「あぁ、変わった話だな」
「本当にいいの?」
「君が真実を知っても、同じ気持ちでいられるなら」
「真実?」
「このあと空いてる?」
「空いてるけど、なんで?」
「Come on a my house.かな?」
「いきなり?いくらなんでも速すぎじゃない?」
「目的は真実だ」
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そんな話をしたあと、私は神楽坂のあとについて行った。彼が何を知ってるのか知りたかった。私の気持ちが本当にあっているのか知りたかった。けど知りたいと同時に恐怖を感じた。
そして行き着いた先には小屋が嬉しそうに待っていた。
「さて、君に真実を教えよう」
「なんなの?」
私は小屋の中のイスに座った。
「私、いや私たちはアトランティスによって作られた惑星の名を冠する人とは異なる、第三の生命体だ」
「何いってるの。そんなこと......」
「君はVenus。金星だ」
「そんなこと言われても......」
「君が多く人から好意を寄せられるのも、それをすべて受け入れないのも大きな証拠じゃないのか?」
「私は何も知らない」
「あぁそうだ、私も同じように知らなかった。けどそれが真実だ」
「大体、アトランティスなんていつの時代よ」
私は歴史はあまり知らないがアトランティスが伝説の大陸であることは知ってる。
「紀元前数千年とも言われている」
「それじゃあ、私は生きてないでしょ。違う?」
「私たちの時間軸と地球の時間軸はずれてるからな」
「はい?」
「君は双子のパラドックスを知ってるか?」
「知らない、そんなこと」
「知らないならそれでいい」
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私はあのときの話で真実を知ったのかわからない。ただひとつ断言できるのは、彼が現実離れしたことを言ってることだけだ。変人、私は神楽坂を今度からそう呼ぶことにした。私なりの感情表現として。
私には神楽坂だけだで十分。他は何もいらないとさえ思うようになった。彼がなんであろうと......
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時の中 いけるところに いき着けば
知ることのない 大空の色
日常の中の非日常、その中で生きる彼らにはそれが日常である
2045年、人の知ることない真実は、人でないものが知っている。