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前編

 まだ飛行機や船が発達しておらず、陸上貿易が成り立っていた時代。

 太陽が西に沈み、夜の帳と静寂が町を包み込む。

 月の光が薄暗い部屋を照らす中、少女と青年がいた。

 華奢な体つきでまるで人形のように可愛らしい少女は月明かりに照らされたベッドに腰掛け、黒一色の服に身を包んだ青年はくたびれたフードをかぶり、月明かりを避けるように壁際の影に立っていた。

 少女の肌は月の光のせいなのか青白く、体はとても細々としていて元気がなさそうだった。

「――――――ねぇ。」

 少女は沈黙を破り、口を開いた。

「あなた…………死神なんでしょ?」

青年はかすかにうなずいた。

「じゃあ――――今すぐ私を殺してよ。」

投げやり気味な少女の言葉は本気だった。

しかし、青年は首を横に振る。

「なんで!?

生きてても良いことなんてない!

ずっとあの男の玩具になるのは嫌!

お願いだから、殺してよ。」

青年はまた首を横に振り、ようやく口を開いた。

「ごめん。

 それはできない。

だって……ボク達は鎌を持っていないから。」




ヨーロッパとアジアの境界に位置する町、商業都市アムル。

ここはヨーロッパ、アジア両方の名産品などが揃い、商人が後を絶たず訪れてくる。

 よって、市場が発展を繰り返し、大規模な市場となった。

 そんな商業都市アムルでは、今日も人々の活気と熱気が沸き立っている。

 そこから少し離れた町はずれの高台では、ギラギラと降り注ぐ太陽と熱気で暑いのに関わらず黒一色に身を包んでいる青年が一人町を眺めていた。

 くたびれたフードを深く被っている。

 奇妙なことに、青年は汗一つかいていなかった。

「十三年、四十六年、三十二年…………。」

 青年は市場で賑わっている人々を見て何かを呟いていた。

「――――――三日。」

 市場の近く、少し大きな館の一室。

 この地方では珍しいとても真っ白な肌の少女が医者診断を受けている。

 それを見て青年はそう呟き、そのまま高台か飛び降りた。

 七、八メートルほど上から勢いよく落ちていくと、着地する直前に青年の体はふわりと重力から解放されたように落下の勢いが無くなり、スタッと人気の無い裏路地に着地した。

 青年はそのまま足早に歩き、市場の人人混みにまぎれた。

 しかし、やはり青年の服装は目立つはずだが、誰も気づくことなく青年は群衆の中をスルスルと流れるように歩き進める。

 青年はしばらく歩き、とある建物の前で足を止めた。

 あの少女がいる館の前だ。




「先生?」

 少女はベッドに横になったまま、先生と呼ぶ医者に話しかけた。

 少女の歳は十五、六歳だろうか、幼さが残る顔つきと異なり、彼女の持つ雰囲気はどこか大人びていた。

「どうしたんだい?」

 医者は脈を測っていた少女の腕から顔をあげた。

「私……あと何日で死ねるのかな?」

 少女の言葉に、医者は唖然とした。

「そんなことを言うんじゃないよ。

 私がちゃんと治して見せるからね。」

 医者の言葉を聞き、少女はため息をついた。

「私知ってるのよ。

 私の病気は不治の病なんだってこと。」

 医者の顔が青ざめた。

「そんなわけがあるか!

 先生が絶対薬を作って来てやるからな。

 心配するな、治るから。」

 そう言って、医者はそそくさと出て行った。

「はぁ…………どうせ治ったとしても、またあの男の玩具になるだけなのよ。

 それなら死んだ方がマシ。」

 少女は目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。

「~~~~~~♪」

 少女は陽気な感じのゆっくりとしたメロディを唄い始めた。

「こ、これは何?」

 突然窓の方から聞こえた声に少女は慌てて目を開けた。

 窓の淵に黒一色の服に身を包み、くたびれたフ―ドを被った青年が座っていた。

「また来たのね。

あなた、どうやってきたの?」

「飛んできた…………。」

(一応、ここ二階なんだけど。)

 少女は多少動揺したが、昨晩も突然現れたので驚き慌てることはなかった。

「唄よ。」

「うた?」

「そう、唄。」

「唄、これはキミが?」

「ううん、この唄は私が幼い頃に母がよく歌ってくれた唄なの。

 母は私がまだ幼いときに亡くなったからメロディしか覚えていないの。」

 さっきまで上機嫌な感じだった少女は死んだ母を思い出したのか、少し暗くなった。

「それよりさ、なんで私を殺してくれないの?

 あなた死神でしょ?」

 少女の問いに青年は首を横に振った。

「できない。

 ボク達は鎌を持っていない。

 ただ寿命が見えるだけ…………。」

 青年は抑揚のない声で答えた。

「じゃあ私はあとどのくらいで死ぬの?」

少女の問いは虚しく、青年は首を横に振るだけ。

 少女はまたため息をつき、外に視線を移した。

 外からは市場の活気ある声が響いてくる。

「今すぐ私を殺せないなら、代わりに一つ言うこと聞いてよ。」

「何を?」

「簡単なことよ。

 私を市場に連れてって。」

「…………わかった。」

 そう言うと、青年は少女の体を抱き上げ、窓に片足をかける。

「ちょっと、え?」

 窓の下の道はたくさんの人が行き交っている。

「きゃぁあ!」

 青年はそのまま向かいの建物の屋根へ飛び移った。

そして、そのまま建物と建物の間に飛び降りた。

 青年の体は地面に着く直前にふわりと浮かび、なんなく着地する。

「ちょっと、飛ぶなら飛ぶって言ってよね!」

「ごめん。」

 青年が少女をゆっくりと降ろすと、少女はクスッと笑った。

「まぁいいわ。そういえばあなた名前は?」

「ない。」

「それじゃあ不便ね。

 うーん、そうだ!

 鎌を持たない死神だから、ノイス!」

 「ノイス……ノイス!」

 ノイスは嬉しそうに名前を繰り返した。

「私はリアラ。

早く行きましょう、ノイス。」

リアラはノイスの手を取り、裏路地から出た。

日陰だった裏路地からリアラは飛び出すと、ギラギラと照らす太陽の光に目を細めた。

「外に出たの、いつぶりだろう?」

 ようやく光に慣れてきた彼女は市場を目にして感嘆の息を漏らしていた。

「インドのスパイス、大量入荷したよ!

 見てった見てった。」

「まいどありー!!」

リアラはあまりの人の多さに動けずにいた。

「……行こうか。」

 動けずにいたリアラの手を、いつの間にかフードを被ったノイスが引っ張っていく。

「うん!」

 このとき、リアラは初めて無邪気な笑みを見せた。




「これ、食べたい!」

 リアラが指さしたのは真っ赤に熟したリンゴだった。

「おう、嬢ちゃん。銅貨二枚な。」

 スキンヘッドのオヤジがリアラの目線に合わせ、お金をもらうべく手を差し出した。

「私、お金持ってきてない。」

 食べたかったものを買うことができず、リアラは泣きそうだった。

「はい……銅貨。」

 不意にノイスが黒いコートのポケットから銅貨を二枚取りだし、オヤジに差し出した。

「おぅ、まいどありー。」

 ノイスは手渡されたリンゴをそのままリアラに手渡した。

「次……いこ。」

「うん。」

 二人は歩き始め、様々な店を見ながら歩く。

 リアラはリンゴを嬉しそうに食べている。

「キミは……なんで死にたがるの?」

 ふとノイスは歩きながら話し始めた。

「別に、生きてるのがつらいだけ。」

「今までの人達は死を怖がっていた。

 でも、キミだけは違う。

 …………なんで?」

 リアラは少し考えた。

「まぁいいわ、教えてあげる。」

「うん。」

「私が生まれてから、父は私を大切にしてくれた。

 幼い時に母が無くなっても、さらに大切に扱うようにしてた。

 その頃は良いことだと思っていたけど、本当はあの男の玩具に過ぎなかったのよ。」

「何が……起きたの?」

「とある晩、あの男は私を襲った。

 その時になって、やっと気付いたのよ。

 私はこの男の玩具だったんだって。」

「…………。」

「何も言えないよね。

 あの男のせいで母は……ママは死んだのよ!」

 リアラの瞳がかすかに潤み、彼女の手に力がこもる。

「そんな日々が続き、私はある日倒れたの。

 病気にかかったのよ。

 体が弱っていって最後に心臓が止まって死ぬんだってさ。

馬鹿みたいにあの男は焦りながら私の部屋の前で話してたのよ。

 そのとき、もうすぐ私は解放されるんだって喜んだわ。」

 リアラは嬉しそうに笑って見せたが、どこかぎこちなかった。

『アクセサリーはいかが~。

 銀のアクセサリー安いよ~?』

 ふとノイスの足が銀のアクセサリーの店で止まった。

「これ……買う。」

 ノイスが指さしたのは、お勧めと書いてある一本の鳥の羽根を模したペンダントだった。

「お客さん、金貨一枚ね。」

「……はい。」

 ノイスはゴソゴソとポケットから金貨を取りだし、ペンダントを受け取った。

「リアラ、つけてみて。」

 そう言ってノイスはリアラにペンダントを渡した。

「ありがとう。

 つけてみるね。」

リアラは慎重に首にかけると、くるりと一周回ってみせ、にぱっと無邪気に笑った。

「どう?」

「似合ってる……と思うよ。」

そんな楽しいときもつかの間。

「うぅぅ……。」

リアラは突然胸を押さえて苦しみだした。

そして、そのまま前のめりに倒れた。

「た、大変だ!」

 店主も驚き、野次馬も集まりだして騒ぎになりだした。

 その騒ぎを聞きつけたのか、「「お嬢様!」」と何人かのメイドがリアラを見つけ、リアラを連れて行った。

「あなたですか?

 お嬢様を連れだした犯人は。」

メイド達の中で年配のメイドがその場に残り、ノイスをにらみつける。

「はぁはぁ、やっとついた。」

 丁度よく腹のでた男がノイスの前に現れた。

「旦那さま、この者です。」

「お前か、僕の大事なリアラを連れだしたのは!?

 リアラは病気なんだぞ!

 しかも、倒れたなんて!!

 お前のせいだ、お前のせいで僕のリアラがぁ!」

 リアラの父らしき人物は、ノイスの襟首を掴み怒鳴る。

 しかし、その手をノイスは無言で叩き、人混みの中へ歩いて行った。


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