9.一課と二課
顔を上げて、隣で作業をする上田さんに声をかける。
「こっちの資料見終わりました」
「ありがとう。区切りもいいし、ちょっと休憩いれよっか」
にっこりと笑顔で言われた言葉に頷いて、席を立った。
営業一課に異動になって一週間と少し。
今日は一条課長が大阪に出張でいないため、上田さんのお手伝いだ。
何でも来週頭に取り引き先で新商品のプレゼンをするらしく。
その資料作りをしている。
開発部から渡された新商品の資料や過去の類似商品の資料などに目を通して、使えそうな部分があれば線を引いて付箋を貼る。
わりと簡単そうな作業だけど、なにぶん資料の量が多くて目を通すだけでかなり時間がかかるんだ。
給湯室から持ってきたティーポットとカップを来客用に設置されてるテーブルの上に置いて、ソファーに腰を下ろす。
お茶汲みは、出来る時はなるべく私が用意するようにしてる。
まだ大したことが出来ない勉強中の身なので、これくらいは……と思って。
だからこの一週間ちょっとで、一課の皆さんの好みはだいたい把握した。
一条課長と若月係長と北村さんの三人はコーヒー派。
上田さんと井上さんの二人が紅茶派だ。
私は別にこれといったこだわりはないから、余ってるヤツを飲むようにしてる。
前に目線を向けると、向かいのソファーには上田さんが腰かけている。
一課に異動になって、一週間と少し。
まだこの状況に気後れしてしまうことも多いけど、それでも少しは慣れてきた。
どもらずに会話が出来る程度には。
お茶請けとして上田さんが出してくれたクッキーをかじりつつ、ふと気になっていたことを質問してみた。
「そういえば、営業部って一課と二課に分かれてますけど、どんな違いがあるんですか?」
実を言うとこの一週間ちょっとは課に慣れることに精一杯で、そういう基本的なことを聞いてなかった。
私が元いた企画部は三つの課に分かれてた。
それぞれに分担が決められていて、一課は会社の新たな商品を企画開発におけるソフト面を担当し、二課はそのハード面を担当、そして三課は――社内でやる歓迎会や送迎会、交流会なんかの企画を担当する、いわば雑用担当の部署。
ちなみに私は三課だった。
いや、まぁうん、その分担からも分かるように、三課は社内でも“雑用課”とか“掃き溜め課”なんて異名で皮肉られちゃうくらい、地位の低い課だったりする。
てか、総務に回せよ!?と思ってしまうような内容を申し付けられることも少なくない。
とてもアットホームで人間関係良好な課ではあるんだけどね、やっぱこう、ねぇ?
社内での立ち位置というか、優劣関係があるわけで。
他の課の人に所属してる課を伝えただけで、「ああ、あそこの」って見下される目で見られるのは地味に辛かった――って、言うのは置いておいて。
そんな風に課が分かれると分担も違うんだから、営業部はどういう風な分担で分かれてるんだろう、と思って聞いてみたんだけど。
「一課と二課の違い?そんなのないよ」
「へ!?」
返ってきたのは、予想外の答えだった。
上田さんの話を纏めると。
営業部は一課と二課に分かれてはいるものの、実を言うと、業務内容にさしたる違いはないらしい。
というか、数年前までは一つの部署だったそうだ。
じゃあ、やってることも同じなのに何故分かれたのかと言うと――、
一課の皆さんの人気が理由らしい。
何ていうか、人気がありすぎたんだ。
彼らが営業部に配属になってからというもの、同じフロアの中にいる彼らに周りの人間が浮足立って、仕事中にミスをする者が続出。
しかも時間が経てば納まるかと思いきや、騒ぎは次第に酷くなって。
こういう場合、彼らの配属を変えればいいんだろうけど、それをするには彼らの業績が優秀すぎて。
結果、強硬策で営業部を二つに分断するに至った。
――と、そういう経緯があるみたいだ。
「公私混同とか、会社は遊び場じゃないって言うのにね」
言って上田さんは優雅に足を組み変え、ティーカップに口をつける。
「そういう奴らに限って仕事出来なくてさ。ホント迷惑だったよ」
可愛い口から次々と出てくる言葉に、冷や汗が流れる。
(こ……怖い……)
「最初は、僕たちの方を二課にするって話も出てたんだけどね。結局、業績が上の方を一課にするってことで落ち着いたんだ」
やっぱ業績上なのに二課ってなるのは嫌だったから、一課になって良かったよ。
なんて、ティーカップを傾けつつ、上田さんは楽しげに笑う。
(いや、あの、明るく言ってますけど、それ、二課の人たちは自分たちより仕事が出来ないって暗に言ってますよね……?)
くすくすと笑う声は軽やかだ。
軽やかなんだけど。
何か、バックに黒いモノが見える……っ。
柔らかく笑うその笑みが――怖い。
「そ、そうなんですか……」
というか、一課と二課は業績順なんですね。
私、めっちゃ足を引っ張りそうなんですけど……っ。
「だから、二課より業績落ちるといろいろ文句言ってくる奴も出てきちゃうかもね?」
えと、それは暗に“面倒になるから、業績落とすような真似したら承知しねぇぞ”と?
そういうこと?
ひく、と口元が引きつる。
「は、ははは……、が、頑張らせていただきます……」
「うん、頑張ってね」
にっこりと笑う上田さんの笑顔は、眩しいくらいに光り輝いていた。