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8.ペナルティ

資料庫へ行く途中で、声をかけられた。

声のした方に視線をやると、通路横の休憩スペースに一条課長が立っていた。


「もう、会議終わられたんですか?」


休憩スペースに足を踏み入れて、一条課長のもとに行く。

各階に設けられている休憩スペースには3人掛けのベンチが中央に2つ並べてあって、壁には2台の自動販売機が置かれている。

その奥には窓からは温かな光が入り込んできて、とても快適に過ごせる場所だ。

一条課長は入口横の壁にもたれて立っていた。

手には自販機で買ったのだろう缶コーヒーがある。


「ついさっきな」


まぁ、この後また別の会議があるんだが、と苦笑する一条課長に、体調は大丈夫なんだろうかとちょっと心配になった。


「で、お前はどこに行くとしてたんだ?」

「え、あ、資料庫に……」

「資料庫?……ああ、お前何かやったろ?」


私の答えに一条課長は一瞬眉を(ひそ)めて、でもすぐに何かに気付いたようでからかうような顔付きになった。


「資料庫での資料探し、何かやらかした奴への若月の定番のペナルティなんだよな」

「定番……」


ペナルティというのは、思い当たるどころか、仕事中に無駄話してた罰として若月係長から言い渡された自覚がばっちりあるだけに、驚きはしないけど。


(定番って……)


一条課長のその言葉から分かるのは、定番と化すほど罰を受けてる人がいるってことで。

私の脳裏に、若月係長に引きずられていく井上さんの姿が浮かんで消えていった。


ちなみに、何で資料庫に資料を取りに行くことが罰になるのか、というと。

ただ資料庫の場所が一課のフロアから遠いから、という理由だけではない。

資料“庫”という名称そのものに理由があるんだ。

資料“室”とは呼ばず資料“庫”と呼ばれるほどの広さに、それに見合う膨大な資料がある。

資料庫は顧客データなどの資料の保管場所としても使われてるから、置いてある資料の量は本当に膨大だ。

紙ベースじゃなくて、データ化しちゃえば楽なのに。

という声はいろんなとこから上がってるみたいだけど、今からデータ化するために紙の資料を入力していく作業は置かれている量が量だけに途方も無さすぎて、未だに踏み切られることはない。

しかも、数年前までは資料に使えそうな物をただ入れておくためだけの部屋だったらしく、どんな資料がどれほどあるのか、正確に把握出来ている人はいない、らしい。

なんという宝の持ち腐れ。

だから、欲しい資料を探すだけでも大変で。

広い資料庫の中をあっちへこっちへ動き回る羽目になる。

さらに、資料庫の中から目的の物を探すのも大変だけど、その後それを運ぶのも一苦労だ。

資料はだいたい嵩張る上にずっしりと重い。

罰としては十分すぎる罰だと思う。


そして今回、若月係長から取ってくるように言われた資料は、一つ二つではなくて。

まず一回の往復で運ぶのは、無理。

何往復になるかは、私の体力と腕力に寄ることになるけど。


(考えるだけで気が重い……)


なんて、運び終わった後にへとへとになっているだろう自分を想像して思わず遠い目になっていると。

ガコン。

持ってたコーヒーの缶をゴミ箱に投げ捨て、一条課長はもたれ掛っていた壁から身を離した。


「しゃーねーな、ほら、行くぞ」


言って、パシンと軽く私の頭をはたいて、一条課長が横を通り過ぎる。


「え!? ちょ、どこに……っ」


スタスタと休憩スペースを出ていく一条課長を、慌てて追いかける。


「資料庫。一人でやるより二人でやる方が早いだろ?」

「で、でも……一条課長、休憩中だったんじゃ……」

「手伝ってやるっつってんだ。黙って手伝われとけ」


言い切って、スタスタと資料庫に向かって歩いていく一条課長。

それに驚いて、足が止まる。

そうしてる間にも進んでいく一条課長の後ろ姿を呆然と見つめていると、曲がり角の直前で課長が立ち止った。

そして振り返って、口を開いた。


「何してる?早く来い」


一条課長が立ち止って、私を呼ぶ。


「っ、は、はい……っ」


それにハッとして、慌てて課長の後を追いかけた。




◇◇◇◇◇




「それで、何やったんだ?」


資料庫への道すがら、隣を歩く課長がさっきの話題を掘り返してきた。


「いや、あの……、やったって言うより、やらなかったって言うか……」


言われたことを途中で投げ出して皆と無駄話してました、とは流石に言えなくて。

言葉を返しながら、視線が泳ぐ。

でも一条課長がそんな私の心情に気付いて流してくれるわけもなく。


「――で?」


しっかりはっきり話す破目(はめ)になりました。




さっきの経緯を教え終わると、一条課長は笑った。


「あいつは融通が利かないところがあるからな」

「利かなすぎですよ……」


項垂れる私を横目に、一条課長が笑う。


「ちょ、笑い事じゃないんですって」

「ああ、悪い。でも、クレームの対応は――」

「営業はお客様と直接関わる仕事をしているから、クレーム処理はどうしても必須の技能なんですよね?若月係長から教えてもらいました」


耳にタコが出来るくらいに。

一条課長の言葉を奪って続きを言うと、声に出していない部分も汲み取ったらしい課長が苦笑した。



そんな会話をしてるうちに資料庫に着いて。

一条課長に続いて中に入った。

ずらりと棚に保管されている膨大なファイルや本の中から、メモに書いた資料を探していく。


「クレームの対応が営業の仕事にどれだけ大切か、それはもう、懇切丁寧に説明されましたから、分かるんですけど……」


忙しなく目を走らせながら、近くの棚を探してくれてる一条課長に愚痴をこぼす。


「でも、だからって、過去のクレームをわざわざ自分で答えを考えないとダメですか?過去のやつなんだから、もう処理はされてるんだし、回答例とかあると思うんですけど……」


上司に言うようなことじゃないって分かってるんだけど、一条課長の砕けた態度のせいかどうも口が軽くなってしまう。


「自分で微妙な答えを出すより、そういう模範的な回答を見て対応を覚えたほうがいいと思いますし。それに正直、クレームって言っても微妙な物ばかりで、答えらしい答えも考えられなくて、正しい答え方も分からないし、これじゃ時間の無駄な気がしてくるんですよね」

「自分で考えて答えを出すってのが、大切なんだ」


一通り、私の愚痴を聞き終えた一条課長が静かに言った。


「確かに模範解答はマニュアルとしてあるけどな。マニュアルだけじゃ対応しきれないクレームってのも当然出てくるんだよ。そんな時、『マニュアルに載ってなかったんで、対応出来ませんでした』じゃ、ダメだろう?だからまず、自分で何かしら対応出来るように考える力をつけさせるんだ」

「っ、でも、それにしたって十年分は多過ぎません!?私、悪意を感じるんですけど……っ」


思わず頷きそうになって、いやいやいや、と慌てて反論する。

十年分のクレームがひたすら綴られたファイル。

あれを読んで、ひたすら対応を考えて数時間。

地獄の数時間だった……っ。

しかもそれだけしても、まだ終わりが見えてない。

これはもう、悪意と言わずなんて言おう。


「あー…、あいつはなぁ。求めるレベルが高けぇんだよ」


私の嘆きように、一条課長は苦笑する。


「高すぎです、よ……っ」


見付けた資料を取ろうと背伸びすると、後ろからひょいっとそれを取り上げられた。


「でもまぁ、自分にも周りにも厳しい奴だが、あいつは相手が出来ないと思うようなことを要求したりはしない。だから、お前はそんだけ期待されてるってことだ」


良かったな。

資料を棚から引っ張り出した資料を私に手渡しつつ、課長が言う。


「……っ」


その若月係長をフォローするように言われた言葉に、押し黙る。


(ずるい……)


そんな風に言われたら、頑張るしかなくなっちゃうじゃないですか。

渡された資料をギュッと抱いて、下を向いた。



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