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3.皆で昼食

前の課から持って来た私物をデスクに片付けて、給湯室の場所とか一人残った後の戸締りのこととか誰かがフロアを訪ねてきた時の対応の仕方とか、細々とした一課での決め事なんかを上田さんに教えて貰っていたら、あっという間に時間は過ぎて。



「じゃ、そろそろ行こうか」


ふと、壁に掛かった時計を見て上田さんが言った。


「え、行くってどこに……」

「どこって、食堂だよ、食堂!お腹減ったぁー」


いきなりの言葉に首を傾げる私に、近くのデスクに座ってた井上さんが何聞いてんだ?とばかりに笑う。

そして、無言で北村さんがデスクから立ち上がり。


「ほら、行きますよ」


少し前にフロアに戻ってきた若月係長からも声がかかる。


「あ、は――」


あまりにも自然に言われた言葉に返事をしようとして。


(てか、え!?)


ハタ、と言われた内容の可笑しさに声が漏れた。


「え、ええ!?」


慌てて声のした方に顔を向けると、席を立ってフロアの入り口に向かおうとしてる若月係長と目が合った。


「……何か?」


係長は、怪訝な顔で私を見詰め返してくる。


「ちょ、皆さん一緒に行くんですか!?」


もしかしなくても、これはここにいる全員で食堂に行く流れ!?

ていうか、若月係長も一緒に行くんですか!?


「はぁ?当たり前だろ?一緒にいるのに、何でわざわざ別々で行かないといけないんだよ?」


慌てる私の言葉に、井上さんが変なヤツだな、とばかりに首を傾げた。


「何でって……」


え、これ私が可笑しいの?

課のメンバー全員で連れ立ってお昼に行くとか、普通なの?

企画三課にいた時、そんな決まりなかったけど?

あれ?


「昼は外回りとかで社内にいない奴以外は、全員で食べることにしてるんだよ」


そんな私の困惑を感じ取ったのか、上田さんが説明してくれた。

けど。


「は!?」


何で全員で食べる必要があるんですか!?

結局は、意味が分からない。


「だってさー、一課は五人しかいないんだし、こういうとこで交流深めとくべきだろー?」


納得いかない様子の私を見て、井上さんが理由を話してくれた。

まぁ、確かに人数が少ないわけだし、そういう所で交流を深めるのも大切なんだろう。


「あ、さっちゃん入ったから、今日からは六人だな」


――って、なんでナチュラルに私も入ってるんですか!?

いや、メンバーの一員として数えてもらえるのは勿論嬉しいんですが。

でも、それとこれとは別!

彼らは社内トップのアイドル集団なわけで。

そんな人たちと一緒にお昼なんて――、


(っ、無理!むり、むり、無理ー!)


「わ、私、売店で……っ、」

「ほら、グダグダ言ってないで――行くよ」


慌てて口にしようとした言葉は有無を言わさぬ上田さんの笑顔で抑え込まれて。


「――はい……」


私は、断る道が用意されてないことを悟った。




◇◇◇◇◇




会社内にある社員食堂は、食堂というよりもオシャレなカフェって言った方が正しい気がするくらい、私の中の“食堂”とは違ってる。

食堂には中二階があり、その分天井が高く作られていて。

さらには広く取られた窓から穏やかな日が差し込み、要所要所には観葉植物まで飾られている。

用意されてるメニューもどれも文句なしに美味しくて、社員価格だとかでリーズナブル。

私がこの会社を選んだ理由の一つに、この食堂があるくらい素晴らしい。

そんな憩いの場とも言える食堂で、私は今必死に耐えていた。




「そういえば、朝、出先でさー、」


視線。


「そう、――それで?」


視線。


「ちょ、りょーちゃん!ちゃんと聞いてっ」


視線……ッ。


「あ、そうだ。こないだの契約相手なんだけど」


とにかく周りからの視線が凄い。


「何かありましたか?」


そして、


「あれ、どうにか出来ないかな?あいつ――」


ひそひそどころか、ざわざわとザワめく周囲。



食事の置かれたテーブルの上で、会話を楽しむ彼らと違って。


「~~っ、」


こんな状況に全く慣れてない私は、必死で耐えるしかない。

というか。

こんな衆人環視の中、どうしてこの人たちは平然と食事が出来るの!?


(どんな神経してるんだろう……)


とりあえず、私なんかとは比べようもなく太そう。

多分、周りから注目されることに慣れすぎて今更なんとも思ってないだけなんだろうけど。

でも、元からの違いもあるはずだ。


「午前の外回りの時に、向こうの常務に今度ゴルフでも一緒に行かないかってお誘い受けたんだけどさー、ゴルフって――」


主に井上さんと上田さんが話題を提供し、後の二人が相槌を打つ。

それが基本的なスタイルらしい。

そんな彼らの会話を聞き流しつつ、黙々と目の前にある定食を口に運ぶ。

いつもは美味しい食堂の定食も、今日ばかりはその味を殆ど感じられなかった。

ただ口に運んで、咀嚼(そしゃく)して、飲み込む。


(私は空気、私は空気、私は空気……)


ひたすら心の中で自己暗示をかけ続ける。

突き刺さるような視線の中心のテーブルに座ってしまった私に出来ることと言えば、

必死に自己暗示をかけて、ひたすら空気役に徹することくらい。

私はただ同じテーブルについてるだけで、仲良くはないんですよー。

だから、そんなに睨まないでくださいねー。

と、周りの人たちに態度で訴える。



とりあえず、空気役に徹しようとする私に気付いてか、今のところ上田さんたちが私に話しかけてくることはない。

それが救いと言えば、救いだろうか。


(このまま時間が過ぎ去って、話しかけられることなく食堂を後に出来れば……っ)


なんて淡い願いを抱いていたんだけど。

淡い願いは、やっぱり淡かった。


「なら、里中さんは?」


ふいに名前を呼ばれ、


「さっちゃんは俺の味方だよなー?」


構える余裕もなく、流れるように自然に、会話に参加させられていた。


「え?っ、あの……っ、え!?」


(やば、聞いてなかった……!)


慌てて顔を上げ動揺する私に、井上さんが口を尖らせた。

普通なら大の男がそんなことしても気持ち悪いだけのはずなのに、そう見えない。

やっぱ見た目がいいって得だ。


「まったく、ちゃんと聞いてないとダメだろー」

「す、すみません……」


(あれ、何で謝ってるんだろう、私)


いや、話を聞いてなかったのは確かに私の落ち度って言われたらそうなんだろうけど。

そもそも私はたった今まで会話に参加してなかったわけで。

話を聞いてなくても仕方ないんじゃないんだろうか?

なんて、内心首を(ひね)っていると。


「――そういえば、さっきから一言も話に入ってきてなかったですね。何か考え事ですか?」


若月係長が質問をしてきた。


「いえ、そういうわけじゃ……っ」


それに答えようと若月係長の方を向いて――ハッとした。

いつの間にか、テーブルに座る四人全員の視線が私に向いてる。


(ひぃーっ)


向けられる視線に体が硬直する。


(く、空気……っ、私は空気でいたいんです……っ)


なのになんで私を見るの!?


「考え事してたんじゃないの?難しい顔して黙々と食べてたから邪魔しちゃ悪いかと思って、しばらくは話しかけなかったんだけど」


まぁ、あんまり話に入ってこないから痺れ切らして結局は話しかけちゃったけどさ。

と、苦笑を混ぜつつ聞いてくる上田さんの言葉に、内心突っ込む。


(それ、難しい顔してたんじゃなくて視線の多さに顔が強張ってたんです……っ)


この衆人環視の中、声に出して答える勇気は――ない。


「考え事してたんじゃないなら、なんであんな難しい顔してたんだ?」


不思議そうな井上さんからの疑問に、冷や汗が背中をつたう。

四人の目が、私からの答えをを待っていた。


「か、会話にっ、入りにくくて……」

「入りにくい?そんな事ないと思うけど?里中さんて、前の課でもそうだったの?」


何とか答えを口にしたものの、そんなオブラートに包んだ言葉では理解してもらえないみたいだ。

上田さんから、さらなる質問の畳み掛けがきた。


「いえ、あの」

「違うんでしょ。なら、同じようにすればいいだけだって」


何でもないことのように、上田さんは言う。

それを聞いてる他の三人も、その通りだと言わんばかりの表情で。

事実、上田さんの言う通りなんだと思う。

私が気負いすぎてるだけで、彼らは本当のアイドルというわけではないんだし、普通に会社の同僚と話す時みたいに会話すればいいはずだ。

それは、分かってるんだけど。


「でも、皆さんの会話に入っていくのは……っ」


恐れ多いんです……!

というか、周りの目が怖すぎるんです……っ。

チキンで小心者な私には、ハードルが高すぎる。

だから私のことを思うなら、お願いだから放っておいてください!

なんていう必死の思いを含んだ言葉は、


「何言ってるのさ」


きょとんと目を(またた)かせた上田さんに、あっさりと切り捨てられた。


「里中さんは、今日から営業一課の一員なんだから。変な遠慮はしなくていいんだよ?」


小首を傾げながら言う上田さんの言葉に、井上さんも頷いた。


「そーそー、さっちゃんはもう俺らの大切な仲間だからね!」


ぎゃあ、何だって今そんなこと言うんですか!?


“大切な仲間”。


その言葉は嬉しいです。

嬉しいですよ?

でも……!

もっと、時と場所を考えてから言ってください……!


「はは……、」


(明日から、早起きしてお弁当作ってこよう、かな……)


いや増した視線を肌で感じて、笑い返す口元が思わず引きつった。



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