おまけ小話【呼び名】
「なぁ、いつまでその呼び方なんだ?」
唐突に一条課長が言った。
「え?」
「呼び方だよ、呼び方。いつまで課長って呼ぶ気だ?」
「あっ、え、あの……っ」
あわあわと言葉を探す私の顔を覗き込んで、課長が笑う。
「俺らの今の関係は?」
「こ、恋人……です」
確認するように聞かれて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「そう、恋人。なら、なんて呼べばいいか分かるよな?」
「っ、あ……えっと……一条さん?」
窺うように呼んでみるけど、その呼び方はお気に召さなかったようで。
「却下。なんで恋人を名字呼びなんだよ」
「い、いや……っ、恋人同士だって名字で呼びあってる人たちもいるは……んぅ!?は……っ、」
言い切る前に、唇を彼のそれで塞がれた。
「っ、ん、や、やめ……っ」
「お前がちゃんと呼べたら止めてやるよ。――ほら、咲月?」
「ふ……っ、んんぅ……っ、」
呼べたら、と言っておきながら彼は唇にキスをし続ける。
何度も何度も、角度を変え、舌で歯列をなぞり、私から呼吸を奪う。
こんな状態で、名前なんて呼べるはずないのに。
分かった上で、彼は唇を合わせたまま、喉の奥で笑う。
楽しそうに。
(この、ドエスーっ!)
心の中で叫ぶ私の口の中に、空気の振動が伝わって。
脳に甘い痺れが走る。
「か……っ、んぅーっ」
キスの合間に言おうとしても、最後まで言わせて貰えない。
だんだん、形ばかりの抵抗でさえ、出来なくなっていく。
くたりと力の抜けきった私から、ようやく唇を離して彼は私の顔を覗きこんだ。
長い睫毛に縁取られた力強く綺麗な瞳が私を射抜く。
「和希。ほら、言ってみろ」
その瞳に魅いられて、言われるままに言葉を口にする。
「かず、き……」
「そう。――良くできました」
にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべて、彼は――和希は、私の唇に触れるだけの軽いキスをした。




