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22.熱と告白③


「……こないだの歓送迎会で、お前を引き抜いた理由、話しただろ?」


私の問いを受けて、一条課長はゆっくりと話し出した。


「あれも嘘じゃないけど、裏付けの理由なんだ」


コクリと頷く私に、彼は言った。


「一年前のボーリング大会の企画。あれ、かなりバッシング食らってただろう?俺、一度だけどお前が面と向かって言われてる現場を目撃したんだ」


言われた言葉に目を瞬かせる。

そんな私に、一条課長は苦笑した。


「ボーリング大会が終わって2、3日が経った頃だったか、俺はその日、会議室の一室で時間を潰してた。その時、窓の外から声が聞こえてきたんだ。胸糞が悪くなるような内容の話をする女たちの声が」


話をする一条課長は、何かを思い出すように天井を仰いだ。


「女の陰口なんて、聞いてても気分が悪くなるだけだ。さっさと窓を閉めて声を遮断しようとしたところで――陰口をたたいてた女の一人が言ったんだ」


――「あら、ごめんなさい。聞こえちゃった?」


その言葉は、覚えてる。


「声のした方を見ると、向かいの棟の一階下の廊下に数人の女たちがいるのが見えた。会議室の窓はブラインドが下りてたし、そっちからじゃ見上げても気付かなかっただろうけど、俺の方からは一階下の廊下の様子はよく見えたんだ。廊下の窓が開いてて、会話も筒抜けだった」


目を細めて話す一条課長の声を聞きながら、私の脳裏に課長の言う、その日のことが思い出された。



◇◇◇◇◇



ボーリング大会が終わってすぐの、ある日。


「ちょっと可愛くて中年のおっさんやおばさんにチヤホヤされてるからって勘違いして。――正直、ウザいのよね」

「調子のり過ぎだってーの」

「てか、こないだの企画、あいつが考えたんでしょ?」

「そーそー、トトカルチョボーリング大会だっけ?マジ意味不明だし」

「考えが浅いくせに無駄に張り切るから、ああいうことになるのよね」


仕事で頼まれた備品を持って部屋を出ようとすると、ドアの向こうからそんな会話が聞こえてきた。

わざとらしく大きな声。

誰か――というか私――に聞かせようとしてるのは、明白だった。

意を決してドアを開くと、廊下で話し込む三人の女性社員と出くわした。

一応、偶然鉢合わせたという風を装ってはいたけど。

ここは備品が置かれた部屋に続く廊下。

この廊下で立ち話をするなんて、不自然すぎた。

この廊下を通って他の部署に行くことも出来るけど、遠回りになるから利用する人は備品を取りに行く以外にはまずいない。

企画三課だった私は、頼まれる雑用でよく通ってたけど。

だから、私がそこを通ると知ってたからこその、わざとらしい待ち伏せだった。


「あら、ごめんなさい。聞こえちゃった?」


クスクス、クスクス。

私が見つめる前で、彼女たちは笑った。



◇◇◇◇◇



「――泣くかと思った。でもお前、手を握り締めてさ、逆に笑ったんだ」


覚えてる。

ホントは泣いてしまいたかった。

でも、泣いたら相手の思うツボで。

その上、さらに何言われるか分かったものじゃなくて。

絶対泣くもんか、って凄く必死だった。

手を握り締めて、体の痛みで心の痛みを誤魔化して。


「で、そのまま立ち去って」


でもまさかあの時、近くに課長がいたなんて――。


「廊下を曲がってすぐのところで、いきなりしゃがみ込んだんだ」


あの場面を見ていたなんて――。


「我慢の限界だったんだろう、しゃがみ込んだまま、声を殺して泣いてた」

「――っ」


そんなこと、知りもしなかった。


「その光景が、忘れられなくて。気付いたら、社内でお前のことを見かけるたび、目で追うようになってた」


言って、私の顔を真っ直ぐに見詰めてくる一条課長の目は真剣で。


「好きになってたんだ」


とても冗談を言っているようには見えない。

思わず、目を伏せて真っ直ぐな眼差しから逃げる。


「……っ」


心臓が煩い。


「――嘘じゃないと、分かってもらえたか?」


私の反応を(うかが)うように、一条課長が言う。

これは現実なんだろうか?

一条課長のような素敵な男性が私を?

現実味がなさすぎて、素直に課長の言葉を受け入れることが出来ない。

と。

俯く私の両頬に手を添えて顔を上げさせられた。


「……まだ何か不安があるのか?」


黙ったまま何も言えないでいる私に眉を寄せて、覗き込んでくる。


「っ、だ……だって、課長には、他にいくらでも素敵な女性……っ、」


そう、北村さんとの噂は違ったけど。

でも彼女に限らず、他にも一条課長を想っているだろう女性はたくさんいる。


「女関係のことを言ってるのか?なら、関係のある女は全て切ったし、周りにも話を通してる」


その言葉にホッとすると同時に、心に引っ掛かりを覚える。


(……あれ?)


“周りにも話を通してる”?

そういえば、私が一課に配属になって、さらには一条課長について勉強することになって、絶対何かしらやられると思ってたのに、今のところイジメらしいイジメにあったことはない。

陰口は、まぁ言われるけど、あれくらいは可愛いものだし。

それに企画三課にいた時から言われ慣れてるから、すでに耐性はついてる。

けど――。


「若月たちにも女たちがトチ狂ったことを仕出かしたりしないよう、目を光らせるように言ってある。だから、直接何かされるようなことは起こらないはずだ」

「ちょ、」


とうとうと話続ける一条課長を慌てて止めようとするけど、彼はそんな私に気付かず話続ける。


「あとは……そうだな、俺たちが直属の上司と部下だということか?まぁそもそも社内恋愛は禁止じゃないから――」

「ちょっと!待ってください……!」

「ん?どうした?」


声を上げて一条課長を遮ると、課長は不思議そうに私を見た。


「どういうことですか!?今の話、まるで、その――」

「外堀りが埋められてる感じがする、か?」


引き継ぐように言葉を奪われて、戸惑いつつもコクンと頷く。

根回しが、行き届きすぎてる。


「それが条件だったんだ」

「――へ?」

「お前を企画三課からウチに引き抜くための、な」


三課の奴らを説得に行ったときに出された条件が“周りの環境の整理”だったんだ、と一条課長は苦笑した。

仕事での交渉よりも大変だったと、その時のことを思い出してか少し遠い目をする一条課長。

その言葉に、胸が熱くなった。


「っ」


息を詰まらせた私に気付いて、一条課長はふ、と笑う。


「ホント、凄い愛されてるよ、お前は」


私の知らないところで、そんなやり取りがあったなんて。

教えられた内容に、胸が詰まる。

脳裏に、三浦さんをはじめとする三課の人たちの顔が浮かぶ。

三課の皆の思いが――嬉しかった。




「ま、というわけで、何も心配はいらないってわけだ。どうだ?納得したか?」


あやすように私の髪を梳きながら、一条課長が問いかけてくる。

それに、ゆっくりと頷く。

何もかも納得ってわけではないけど。

少なくても、一条課長の気持ちが冗談なんかじゃないって、痛いほど分かったから。


「じゃあそろそろ、返事を聞かせてくれないか?」


軽く私を覗き込むようにして一条課長が聞いてくる。

その課長の顔を、見詰め返した。

いろいろと、今まで知らなかったことを教えられて。

こうなることは全部、一条課長の手のひらの上だったのかな、と思うと少し悔しいけど。

そんなことくらいで変わる気持ちじゃないから。


「私も――大好きですっ」


言葉と共に、一条課長の首に腕を回して抱き着いた。



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