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21.熱と告白②

――ガチャ。

コンビニで買いこんだ袋を片手に玄関のドアを開け、靴を脱ごうとした時。

奥の部屋からドン、という何か重い物が落ちる音が響いた。

その音に驚いて慌てて、一条課長の寝てる寝室に飛び込めば、


「――…課長?」


一条課長がベッドの上から落ちていた。




「ど、どうしたんですか!?」


慌てて駆け寄って声をかける。

と、腕を差し出そうとした私を片手で遮って、一条課長は一人で体を起こした。


「――…何でもない」

「え、でも……」


何でもないって感じじゃ――。


「それより!……帰ったんじゃなかった、のか?」

「へ?」


あからさま過ぎる話題転換だったけど、言われた言葉が予想外で思わず間の抜けた声が出た。


「帰ったのかと……」

「ああ、ちょっと前にあるコンビニまで行って来てたんです」


もう一度言われた言葉に、一条課長が私が会社に戻ったと思っていたんだと気付いた。


「……よく戻ってこれたな」

「出る前にエントランスで事情説明しておいたんです」


ダメって言われたら代わりに薬を買いに行ってもらおうかとも思ったけど、案外すんなりと了承してくれた。

こういうセキュリティのしっかりしてる所で勝手に出て行くのって初めてだったから、かなり緊張した。

そのことを思い返していると、一条課長が口を開いた。


「戻らなくていいのか?」

「はい、さっき一課の方には電話したんです」


一条課長の様子があまりにも心配だったから、少し戻るのが遅くなると伝えようとした。

だから電話して、若月係長に事情を説明したら――。

「それなら今日はもう戻ってこなくていいですから、そのまま看病していてください」という、なんともあっさりとした返事が返ってきた。

何でも今日やるはずだった会議が延長になって、書類が必要なくなったらしい。


「……なんだ、それ」


私の話を聞いて、呆れたように一条課長が呟く。

その気持ち、よく分かります。

私も聞いた瞬間は、何それって思いましたから。


「だから、大丈夫なんです」


内心大きく同意しつつも、笑って言い切った。



◇◇◇◇◇



「……」

「……」


会社に戻る必要がなくなったことを伝えてから、しばらく。

今、目の前には、ベッドの上に腰かけなおした一条課長がいる。

そして私は、課長に促されて床に置かれたクッションに腰を下ろしてる。

一条課長は何か考え事をしてるのか、さっきから何も言おうとはしなくて。

私も、何を言ったらいいのか分からなくて。

部屋の中は、沈黙で包まれてる。


(き、気まずい……っ)


静かな空間に耐えられなくて、無意味に部屋の中に視線を巡らせる。

さっきは部屋の中を見る余裕もなかったけど、こうして改めて見てみると広い部屋だった。

黒と白で統一された室内。

室内は綺麗だけど、それは整理整頓が行き届いてるって言うんじゃなくて。

散らかるだけの物が元々置いてないから、という方が正しい気がする。

そう感じるほどに、部屋の中には何もなかった。

一条課長の横になってるベッドと中央に置いてある透明なローテーブルとパソコンと――。

必要最低限の物だけが、申し訳程度にそろえてある。

部屋自体の広さも勿論あるんだろうけど、部屋の中に物が少ないのもあって、とても広く感じる。

広くて――寂しい。

一通り部屋の中を見回して、視線を前に戻す。

目の前には、一条課長がいる。

一条課長は、黒のスウェットを着てた。

スーツ以外の一条課長は初めてで、新鮮で。

服装もだろうけど、髪をセットしてないのもあってか、いつもより幼い感じがする。

そんな一条課長の姿に、つい魅入られそうになって。

それを誤魔化すように、下を向く。

視線を落とすと床に置いたままのコンビニの袋が目に入った。


「っ!」


(忘れてた……ッ)


買うだけ買って、使わないんじゃ何の意味もない。

慌てて袋を掴んで立ち上がる。


「里中?」


いきなり立ち上がった私に、一条課長が顔を向けてくる。

それに向き直って。

この気まずい空気を断ち切るように、掴んだ袋を持ち上げて一条課長の前に突き出した。


「と、とりあえず薬!薬飲んでください……!」


――びっくりした表情の一条課長を見て、すぐに後悔することになったけど。


(あぁああああ、何やってんの私……!)


もっと他に言いようってものがあるでしょ!?

てか、袋のまま突き出すって完全に気の利かない女……っ。


「――くっ」


後悔の渦にグルグルしてると、一条課長が堪えきれないというように笑い出した。

笑う課長に呆然としてると、一条課長は突き出したままになってたコンビニ袋を受け取って、中を覗く。

そして袋からゼリーを一つ取り出して蓋を剥がすのを見て、ようやく我に返った。

慌てて一条課長の膝の上にあるコンビニ袋から薬の箱とミネラルウォーターを出して。

一回分の薬を取り出して、ペットボトルのキャップを開ける。

ゼリーを食べ終わった一条課長にその二つを差し出して、息を吐く。

そして。


「……」

「……」


再び沈黙が部屋の中を支配する。


「か、課長……、寝てなくて大丈夫なんですか……?」


その沈黙を何とかしようと、声をかけた。


「ああ、さっき少し寝たからか、だいぶ楽になった」

「そうですか……」

「ああ」

「……」


(って、ちがぁあああう!)


「そうですか」、じゃないでしょ、私!?

何、会話終わらせちゃってんの!?

沈黙に耐えかねて声をかけたのに、また沈黙作ってどうすんの!?

馬鹿?

馬鹿でしょ、私!?


(あぁああああ、何か、何か他に話題は……っ)


と、そこまで考えて。

ハタ、と。

気が付いた。


(あれ?今って、謝る絶好のチャンスなんじゃない?)


と。

時間があったら、一条課長には言いたいこと、聞きたいことがあった。

まず、手を振り払ってしまったことを謝りたかった。

避けようとしてたことも謝って。

歓送迎会の時のキスの理由も、聞きたかった。

そう、考えてた。

でも、いざそう出来るだけの時間があると、どう言ったらいいのか分からなくなった。

そもそも手を振り払ったこと、避けようとしてたことを謝るのはいいけど、何て言い出せばいいの?

いきなり「すみませんでした」って、謝ればいいのかな?

でもそれは唐突すぎるんじゃないだろうか?

キスのことだって、聞いてもし一条課長が覚えてなかったら?

というか、なんて切り出すの?

「歓送迎会の日、私に何かしませんでしたか?」とでも?


(っ、ムリムリムリ!直球過ぎる……っ)


じゃあ、どう言えば――…、

――なんて。


「……か?」


考えていたからか。


「……なか?――おい、里中?」


目の前にぬっと現れた一条課長の顔に――、呼吸が止まった。


「っ、うわぁっはい!」

「……いきなり黙り込んで――、どうした?」


怪訝そうに覗き込んでくる一条課長の顔が、近い。


(近……っ、近い、近いんですって……!)


「いや、あの、その……っ。ち、ちか……っ」

「ちか?……ああ」


しどろもどろに何とか顔が近すぎることを伝えようとする私に、聞き取りにくいからだろう、一条課長は一瞬眉間の皺を深くして。

でもすぐに何かに気付いて、口端を吊り上げた。


「ちか……、何だって?」

「……っ」


“ああ”って、今、“ああ”って言ったくせに……っ。


(この人、絶対分かって言ってる……!)


その証拠に、目がニヤニヤと楽しそうに笑ってる。


「ほら、何を言いかけたんだ?」


一条課長の吐息が、顔にかかる。

顔が近くて。

一条課長の瞳の中に、私が映ってて。

いつの間にか背中に回ってる一条課長の手が熱くて。

謝らなくちゃいけなくて。

聞かなくちゃいけないと思ってたこともあったはずで。

でも、何を言えばいいのか。

言葉が何一つ浮かんでこなくて。

至近距離にいる一条課長に、頭はいっぱい一杯で。

課長は病人で。

なのに、楽しそうに私をからかっていて。


「~~~っ」


頭の中が、許容量を超えた。


「っ、やめ……っ、止めてください!」


一条課長の胸に両手を突き出して、必死に距離を取る。

そして拘束の緩んだ腕から抜け出して、


「里な――」

「課長は!」


何か言いかけた一条課長の声を遮った。

頭の中が一杯一杯で、もう自分が何をしたいのか、言いたいのかも分からない。


「何がしたいんですか!?私をからかって、そんなに楽しいですか!?私のこと、好きじゃないくせに……っ、そんな思わせぶりなことしないでください……!」


こんなのただの八つ当たりだ。

だって、課長は何も悪くない。

私が勝手に好きになって。

一人でグルグルして。

避けて。

あげくはこんな子供みたいな癇癪(かんしゃく)起こして。


「わた、私は――っ、ん……!?」


突然、腕を引き寄せられた。

そして叫ぶ私の口を、塞がれた。

顎を掴まれ、彼の舌で唇を()じ開けられて。

声を奪われる。

思う存分、口の中を蹂躙(じゅうりん)し尽くした後、離れた一条課長の顔を見て、また視界が滲む。


「っ、なんでぇ……、何でキス、するんですか……っ」


滲んでぐちゃぐちゃになった視界の先で、一条課長がふ、と笑う。


「――好きだから。里中が、咲月のことが好きだからだ」

「うそ……、嘘だぁ……」

「嘘じゃねぇよ。――どうしたら、信じてくれる?」


困ったように眉を下げる一条課長に、心臓が跳ねる。


「……いつ」

「ん?」

「いつから、私のこと、好きになったんですか……?」


気付いたら、口からそんな問いが零れてた。



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