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2.営業一課

はぁー、と最後の足掻(あが)きとばかりに息を吐き出して、ゆっくりと深呼吸。

そして軽くノックをしてから、そっとドアを開けた。


「失礼します……」


恐る恐るドアの向こうに入って、フロアを見る。

フロアには数人の人がいたけど、皆さん仕事に集中してるみたいで。


(こ……声掛けづらい……)


「――何かご用ですか?」


ドアの前で、気後れして立ち尽くしていると、フロアの奥から声がかけられた。

フロアの奥から書類を片手に歩いてくる男の人。


――若月 隆二(わかつき りゅうじ)さん。


係長の役職に就いてる人で、一課のナンバー2。

スラリとして背が高く、細身で理知的な顔立ちをしてる。

さらには掛けてるノンフレームのメガネが、そのストイックな美貌に拍車をかけてる感じもする。

奥から歩いてきた若月係長は、私の前で立ち止まった。


「あ、あの私……っ」

「ああ、もしかして、今日から来られる方ですか?」


慌てて話そうとする私を見て、若月係長はすぐに私が今日配属になる人間だと気付いてくれたらしい。

それにホッとして、


「はいっ、あの、本日よりこちらに配属されることになりました、里――」

「申し訳ありませんが、今ちょっと用事が入ってまして。ああ、貴女のデスクは向かって左側あの奥に空いているデスクですので」


名乗ろうとした私の声を遮って、彼はそう言うだけ言って私の横を通り過ぎ、フロアを出て行った。


「……」




◇◇◇◇◇




言われたデスクの上に持って来た荷物を置いて、チラッと横を見る。


「……」


隣のデスクには、さっきからずっと書類片手にカタカタとキーボードを打っている女性がいる。

営業一課の紅一点。

クールビューティ―な才媛(さいえん)と言われる――北村 涼香(きたむら りょうか)さんだ。


(あ、挨拶、しないと、ダメだよね……?)


今日からお世話になるんだし、挨拶をしないと……とは思うんだけど。

隣に座る彼女はさっきから一度もこっちを見ず、仕事に集中してる。


(あ……後にした方がいい、かな)


今日から来る新顔なんて興味ない、と言わんばかりの態度に、ひと段落するまで待った方がいいかも……、と弱気な考えが浮かんでくる。

けど。


(いや、でも……)


挨拶はしておかないとダメだろう、と浮かんだ考えをすぐに却下する。

何も話さずにいる方が、余計気まずいし。


(――よし!)


心の中で掛け声をかけて、意を決して、声をかける。


「あ、あの……っ」


隣に座る北村さんは、動かしていた手を止めてこっちを向いた。


(うわ……)


こっちを向いたことで、髪で隠れてた北村さんの顔が露わになった。

腰まで真っすぐに伸びるツヤツヤの黒髪。

陶器を思わせるような白い肌。

長いまつ毛に縁取られた黒い瞳。

初めて間近で見た彼女は、同じ女とは思えないほどに奇麗だった。

迫力の美人っていうのは、こんな人のことを言うんだろう。

思わず溜め息まで出てしまいそう。


「何?」


怪訝(けげん)そうにかけられた声にハッとした。


(やば……っ)


「あ……、あの、今日からここに配属になった里中 咲月(さとなか さつき)ですっ、よろしくお願いします……っ」


慌てて頭を下げる。

呼びかけといて、何も言わずにガン見するとか。

何やってんの、私……っ。

変に思われたかな。

というか、今の挨拶も可笑しくなかった、かな。

もっと他にも言っといた方が良かったかも……っ。

なんて、頭を下げたまま内心グルグルとテンパっていると、


「――よろしく」


頭上から一言。

その言葉に、とりあえず見逃してくれるのかも、と恐る恐る顔を上げる。

と。

カタカタカタ……。

北村さんはすでに私のことなど忘れたように、パソコンに向きなおり作業を再開していた。


「……」


今の私のテンパり様は完全にスルー!?

いや、笑われたかったわけじゃないけど……っ。

何の反応もなくスルーされるのも、それはそれで辛いっていうか……っ。

ボケ損っていうか……っ。

いや、ボケたわけじゃないけど、でも……っ。


(ク……クールすぎる……っ)


フレンドリーさなんて皆無な事態に、ガクリと項垂れる。

本当は、自己紹介ついでに一課のこととかいろいろ聞かせてもらえたらな、とかちょっと思ってたんだけど。

この様子だとそれは無理そうだ。


(なんか、幸先すっごい不安なんだけど……)


こんなんで、今日からやってけるのかな。

と、不安がますます膨らんだ時。


――くすくす。


笑い声がした。

何だろう、と思って顔を上げると、向かい側のデスクに座っていた男性がこっちを向いて笑っていた。


「ごめん、いきなり笑ったりして。でも、あまりにもテンパってるから面白くって……」


私が彼を見たのに気付くと、そう言って笑いながら話しかけてくる。

サラサラの栗色の髪。

長い(まつげ)とぱっちりとした二重の目。

陶器のように白い肌。

――リアル天使とでも呼べそうな美少年だった。

いや、実際の年は二十代後半らしいけど、童顔なせいか“美少年”という言葉がぴったり。

というか、天使のような甘い顔立ちに体が小柄なのもあって、スーツを着ていても社会人にはとても見えない。

そんな見た目美少年な彼の名前は、上田 朔矢(うえだ さくや)さん。

社内のちょっとショタ気味のお姉さま方からは絶大な人気を誇っている――らしい。


「知ってるかもしれないけど、一応自己紹介しておくね。僕は上田朔矢。これから宜しく」

「あっ、はい!里中です!宜しくお願いします!」


言われた言葉にハッとして、慌てて頭を下げる。

と、またクスクスと笑われた。


「で、君の隣にいるのが北村。さっき無愛想に部屋を出てったのが、係長の若月」


そのまま流れるように他のメンバーの紹介もされて、コクリと頷く。


「あとは他に二人いるんだけど、今はいないから……それはまたそれぞれで会った時に自己紹介してくれる?」

「はい、分かりました」


返事を返しながら、上田さんの態度に心の中でホッと息を吐く。

内心はさておき、友好的に接してもらえるのはありがたい。


「あっ、それであの、今いないっていうのは……?」


どこかに出かけてていないのか、会社自体を休んでいるのか。

特に一課の課長にはまだ挨拶をしていないので、社内にいるのならこちらから出向いた方がいいかもしれない。

そう思って聞き返すと、上田さんは嫌な顔をすることなく答えてくれた。


「ああ、課長は定例会議。終わったらそのまま取り引き先に行くって言ってたから、戻ってくるのは昼過ぎかな?」

「そう、ですか」


ということは、フロアに戻って来てから挨拶するしかないかな。


「あともう一人は外回り中。こっちはもうそろそろ戻ってくるんじゃないかな」


言われた内容に、コクコク頷く。

もう一人の人も、会社には来てるみたいだ。


「他に、何か質問ある?」


頷く私を見て、上田さんは親切にもそう聞いてきてくれた。


「あ――」


それに答えようと、口を開きかけた時。


「ただ今戻りましたー!」


フロアの中に元気な声が響いた。

その声に視線を転じれば、入口すぐのところに男の人が立っていた。

響いた声の内容から予想がつく通り、営業一課のお一人で。

髪の色は黒だけど、ワックスで適度に遊ばせてオシャレにまとめてる。

背もすらっとして高くて、カッコいい。

名前は井上 悠馬(いのうえ ゆうま)さん。

一課の他のメンバーに比べ、とくにかる――いや、話しやすく気安い性格の人として有名だ。


「お帰り」

「つっかれたーっ」


声をかける上田さんに、疲労の滲む顔を隠そうともせずに近寄っていく。

そんな彼をじっと見ていると、視線に気付いたらしい井上さんが、私を見た。


「あれ?見かけない顔がいる!」


不思議そうに声を上げる井上さん。

そんな彼に、上田さんは呆れたように息を吐いた。


「今日から一課に配属になった里中さんだよ。ほら、こないだ言われただろ?」

「あー!そーいえば聞いてた……かな」


記憶を思い出そうとするように視線を上に向ける井上さんに、慌てて頭を下げる。


「里中ですっ、宜しくお願いします!」

「ああ、俺は井上悠馬だ。宜しくな!」


井上さんは明るく笑った。

その友好的な反応にホッとする。

のも、つかの間。


「な、さっちゃんて呼んでいい?俺のことは好きに呼んでくれていーからさ!」

「え!?え、えっと……っ」


突然の提案に困惑する。

いきなりあだ名呼びって、オッケーしていいんだろうか?

というか、好きに呼んでいいって言われても……。

どう答えていいのか分からなくて視線をさ迷わせてると、井上さんが噴出した。


「はは、何か小動物みてー。可愛い!」

「は!?か、かわい……!?」


突然、何を言い出すの、この人!?


「あ、真っ赤になった。ますます可愛い!」


にこにこと楽しそうに言われる言葉に、余計にからかわれるだけだと分かってても顔が赤くなっていくのが止められない。


「……からかうの、いい加減にしたら?」


と、そこでそれまでパソコンに向かったまま我関せずを貫いていた北村さんから声がかかった。

煩くしすぎたんだろう。

北村さんの綺麗な顔が、(しか)められてる。


「っ、」


慌てて謝ろうと口を開いたけど、


「何々?りょーちゃん、もしかして焼きもち?大丈夫だよー、俺の一番はもちろんりょーちゃんだから!」


声を出す前に、井上さんの場違いなまでに明るい声が響いた。


「そんなこと聞いてないけど」

「あーもう、照れちゃって!可愛いなー!」


冷たく切り捨てる北村さんの言葉など気にもしないで、井上さんは嬉しそうに笑いながら北村さんのデスクに近寄って行く。


(……これ、照れてるんですか!?)


え、でも、眉間……っ。

北村さんの眉間に、深い皺が……っ。

何か全くそんな感じじゃないんですけど!


「ごめんってば、謝るから許してー?」


椅子に座る北村さんに、後ろから井上さんが抱き着く。


「うるさい。邪魔」


でも、口では邪魔だと言いながらも北村さんは井上さんの腕を剥がそうとはしないで好きにさせてる。

それに上田さんも、私同様、二人のやりとりは見てるのに止めようとはしてないし。

ということは、


(やっぱり、照れてただけってこと?)


「……ごめんね?うるさい奴で」


内心首を傾げていると、邪険にされつつも北村さんから離れようとしない井上さんを横目に、上田さんが言った。

その声に彼の方に視線を向けると、


「でも悪い奴ではないから、嫌わないでくれると嬉しいな」


なんて苦笑される。


「あ、はい……っ」


頷いて横にいる二人に視線を戻す。

井上さんは、北村さんにじゃれついて抱き着いたまま。

ともすればセクハラと訴えられそうな行為なんだけど。


「暑い、邪魔」

「えー、」


二人のやり取りにはそんな感じがしない。

なんだか甘えたな弟とクールな姉って感じで、見ててちょっと微笑ましい。


「ね、りょーちゃん。そう言えばさー」


と、井上さんが北村さんの顔を除きこんだ。


「さっちゃんに、ちゃんと挨拶できた?」


挨拶、っていうのはさっきの自己紹介の時のことを聞いてるんだろう。


(てか、あだ名呼びはもう決定なんだ……)


「……」


聞かれた北村さんは、黙ったまま何も言わない。

まぁ、宜しくとは言われたけど、ちゃんと出来たとは言わないだろうな。

黙ったままの北村さんに、そのことを察したんだろう。

井上さんは苦笑して、私を見た。


「ごめんな、愛想悪くて。こいつ、人見知りなんだよ」

「人見知り……」


オウム返しで呟いた。

何か北村さんのイメージと、かけ離れた言葉が聞こえたんだけど……。


「……」


北村さんは、井上さんにつられるように私を見て何も言わない。

否定しないってことは、間違いじゃないんだろう。

だろうけど。


(えっと、どうしたら……)


私を見詰めたまま何も言おうとしない北村さんに、内心口元がひきつる。


「ちょ、りょーちゃん、見詰め過ぎ!てか、そんな顔して見詰めちゃダメだって」


膠着(こうちゃく)状態になる直前、無言の空間に井上さんが割り込んだ。

その声に、北村さんの顔が井上さんに向く。


「そんな顔?」

「眉間。シワ寄ってる。ほら、むくれんなって!」

「……むくれてないし」


なんて、やり取り始めた二人。

私のことは北村さんの意識の外に行ってしまったようだ。

移り変わりの激しいやり取りに、苦笑する。

さっき北村さんに話しかけた時は、あまりのクールさに撃沈しちゃったけど。

今、目の前で井上さんに抱き着かれて話してる彼女は冷たい美人って感じはしなくて。

これなら、やっていけるかもしれない、とホッと息を吐いた。



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