19.強制自宅訪問
「はぁああああ……」
デスクの上の書類を整理しながら、大きく溜め息を吐いた。
北村さんと井上さんの関係を知らされた日から一週間と少し。
私の気持ちは沈みきっていた。
浮上する気配はない。
一条課長たちの関係を誤解してたことは分かった。
噂は嘘だった。
けど。
そのことを分かった後も、私と一条課長は相変わらず。
まともに顔を合わせる機会すらない。
勝手な誤解で避けてたわけだし、理由は言えないにしても、でもちゃんと一条課長に謝らないと。
そう思うんだけど。
ことごとく、時間が合わない。
一条課長も毎日、課の方に顔は出してるみたいなんだけど、来る時は狙ったように私が井上さんに付いて外回りに行っている時間ばかり。
狙ったように、というか、狙ってるんだろう。
こないだまでは、私が一条課長を避けようとしてたから気付けなかったけど。
いつの間にか、私は一条課長から徹底的に避けられていた。
「――っ」
避けられている。
その事実が、苦しかった。
苦しかったけど、理由は想像がついた。
避けられてる理由なんて、一つしか思いつかなかった。
あの時だ。
――「もういい。お前のことは他の奴に任せる」
あの時、見限られたんだ。
私があんなことを言う前までは、私はそれなりに一条課長から部下として気に入られていたと思う。
それくらいの自覚はあった。
そんな目をかけてた部下である私に、あの日突然、一方的に拒絶されて。
貴重な時間を削ってまでいろいろと教えてもらった恩を忘れたように、離れようとされて。
きっと、一条課長はそんな恩知らずで礼儀のなってない私に、愛想が尽きたんだ。
嫌われても、無理はない。
一条課長に避けられてる。
そう気付いたら、怖くなった。
本当に会う気があるなら、いくらだって方法はあると思う。
毎日課に顔を出してるのは分かってるんだから、井上さんに事情を話して外回りに付いていかないで課で待ち伏せててもいいし、北村さんは課長と幼馴染みってくらいなんだから住んでるとこは知ってるだろうしそこに連れてってもらったっていい。
でも、出来なかった。
一条課長は、私と会いたくないと思ってる。
そう思ったら、怖くて仕方なくなった。
冷たい視線を向けられたら、と思うと怖くて足が竦む。
足が竦んで、動けなくて。
時間が経てば経つほど、「今更言ったって……」なんて思いまで強くなって。
気付けば、謝らないと、と決めてから一週間以上が経っていた。
◇◇◇◇◇
朝、誰も座っていない一条課長のデスクを見て、そっと落胆の息を吐く。
なんて流れがこの一週間ですっかりお決まりとなってしまった。
いないだろうって分かってるんだから、わざわざ見なければいいって思うのに、見てしまう。
そして予想通りに見当たらない一条課長の姿に落ち込むんだ。
そしてそんなバカな行動を繰り返してるからか、ここ最近は考えることもマイナスのことばかり。
思い返してみれば、上田さんたちは北村さんが井上さんと別れることはあり得ないって言っただけだ。
一条課長の気持ちについては、何も言ってない。
一条課長と北村さんが付き合ってるって噂は嘘だった。
それは分かったけど、他は何も分かってない。
何で私にキス、したかも、分からないままだし。
なんて思いも、私の中にはあって。
一条課長の気持ちが、分からない。
一条課長と北村さんは付き合ってない。
でもだからと言って、一条課長が北村さんを好きじゃないなんて言えるのかな。
北村さんは好きじゃなくても、一条課長は――。
なんて、そんな考えばかりが頭を回ってここ一週間近くは夜も満足に眠れてない。
立派な睡眠不足だ。
「――里中さん」
少しぼうっとする頭で、声のした方に顔を向けると、若月係長が手首を数回上下に振って、こっちへ来いと合図してきた。
嫌な予感がした。
「――何でしょうか?」
嫌な予感を感じつつも係長のデスクまで行くと、若月係長は私の顔を見詰めて片手で眼鏡の端を持ち上げた。
「一条課長が今日、体調を崩されてお休みだそうです。ただ、明日の今日の午後の会議で必要な書類を持って帰られてまして。ちょうどいいから、貴女が行って取って来てください」
「え!?」
言われた言葉に、反射的に声が出た。
「ああ、連絡の方はこちらからしておきますので」
「いや、あの……」
そうじゃなくて。
決定事項のようにつらつらと言葉を続けていく若月係長を何とか止めようと声を出すと、若月係長は不思議そうに私を見た。
「まだ一人で任されてる仕事はないですよね?行っても支障はないはずですが……。何か問題でも?」
つべこべ言わずにさっさと行け。
そんな言葉が聞こえてくる。
そして。
「里中さん?」
メガネをクイ、と持ち上げる動作に心が屈した。
反論しても、その何倍もの言葉で説き伏せられるだけだ。
「分かりました、取りに行ってきます……」
「では、宜しくお願いしますね」
ガクッと肩を落とした私に、彼は満足気に頷いた。




