18.真相
井上さんに、全部話して。
そして今。
「りょーちゃん、俺を捨てないでぇええええ!!」
何故か、目の前で修羅場が繰り広げられている。
(何、これ……)
意味が分からなすぎて、混乱する。
あれ?
私、井上さんに相談してたんだよね?
多分流れからして、私が慰められるような空気だったよね?
だったのに、何故!?
何故、井上さんが北村さんに縋り付いて泣き叫んでるんですか!?
え、何コレ?
ホント訳分かんない。
私は目の前の光景に唖然としつつ、少し現実逃避気味にこうなる少し前のことを思い返した。
少し前、私は井上さんに二人の噂のことや、見てしまった二人の様子、そして気付いてしまった自分の気持ちを話した。
「一条課長には北村さんって素敵な人がいるのに……。ホント馬鹿ですよね」
自嘲混じりに私が話し終えると、
「――っ」
井上さんは、突然走り出した。
「へ!?」
予想外の井上さんの行動に呆気にとられた私は、会社の中へと駆け込んでいく井上さんを見送って。
でもすぐに、我に返って慌てて後を追った。
そして追っていった先の営業一課のフロアで。
「りょーちゃんんんん!」
「ちょ、離れて!離れなさい!」
こうなっていたわけで。
本当に、訳が分からない。
井上さんが泣いて縋って、それを北村さんが冷静にあしらって、そんな二人を私が唖然と見詰める。
そんなカオスな空間に、ふいに第三者の声が割り込んだ。
「何ですか、騒々しい」
「……あのバカ、今度は何やってんの?」
後ろから聞こえた声に我に返って振り向くと、呆れた顔でフロアの中を見てる上田さんと若月係長が立っていた。
(てか上田さん、あのバカって……)
上田さんのキッパリとした呼び方に口元を引きつらせる私の横を、スタスタと若月係長が通り過ぎる。
そして、スパーンと北村さんに縋り付いている井上さんの後頭部を持っていた書類で叩いた。
(うわ、イイ音した……!)
なんて、床に沈む井上さんを心配するよりも先に思ってしまった私は、いろいろと疲れが溜まっているのかもしれない。
◇◇◇◇◇
「何があったのさ?」
起き上がった井上さんに上田さんが問いかけると、取り乱した自覚があるのか罰の悪そうな顔をしつつ井上さんが口を開いた。
「りょーちゃんと課長が両想いかも知れないって話聞いて、いてもたってもいられなくて……」
「馬鹿じゃないの」
井上さんの言葉を、呆れきった表情で北村さんが切り捨てた。
「だってぇー」
「そんなわけないでしょ」
まだ何か言いたそうな井上さんを遮って、聞き分けのない子供に言い聞かせるように北村さんが言う。
「……ホント?」
窺うように北村さんを見上げる井上さんに、北村さんが苦笑した。
「疑うの?」
「っ、ううん!信じる……!」
パァアアと喜色満面の笑みを浮かべて彼女に抱き着く井上さんと、それを受け入れる北村さん。
その一連のやり取りを見て、上田さんが呆れきった顔で溜め息を吐いた。
「てかさ。アホでしょ、馬鹿でしょ、この単細胞」
「上田さん、それは言い過ぎ。悠馬は、ただちょっと考えが足りてないだけ」
井上さんに向かって言葉を投げつける上田さんを、こっちに顔を向けた北村さんが止める。
でもフォローしてるように見せかけて追い打ち……のように感じるのは私だけ、なんだろうか。
目の前で繰り広げられてる光景に、そんな思いがよぎる。
(ああでも、井上さん打ちひしがれてるし、私だけってこともないのか……)
なんて思いつつ、私はすっかり傍観者の気分になっていた。
傍観者な気分で完全蚊帳の外――かと思いきや、そうでもなかった。
「――それで、いったい誰に吹き込まれたんですか?」
それまで黙って静観していた若月係長の言葉で、井上さんが私に目を向ける。
それにつられて、他の三人の視線も私に向いて。
「っ」
向けられる視線に、慌てて口を開いた。
「だ……だって、二人は付き合ってるって噂が……」
「それ違うから」
しどろもどろに言葉を紡ぐ私に、北村さんは清々しいまでの速さで即答した。
「でも、あの、二人とも凄く仲がよくて、お似合いだと思うし……」
「あいつとは過去も現在も未来においても、そんな関係になることはあり得ない。以上」
以上、って言われても……。
「え、……えっと……」
いきなり起こった目の前の事態にパニックになってる今の私の頭では、上手く内容が理解できない。
「それに今のやり取りで気付いただろうけど、私、彼氏いるから」
「へ!?」
間の抜けた声が出た。
「あれ、まだ気づいてないの?」
驚いた顔で言ってくる上田さんに、内心疑問符を浮かべる。
(気付いて……?)
気付くって何にだろう?
そう思ってたのが、顔に出てたんだろうか。
北村さんが軽く溜め息を吐いた。
「――そんな勘違いされるくらいなら、言っとけば良かった。余計な気を遣わせるかと思って言わなかったんだけど……こいつと付き合ってるから」
そう言って、井上さんの腕を引く。
「どーもー、彼氏でーす!」
ニパッと笑って片手を挙げる井上さんに、目を見開く。
「は、え……井上さん!?」
(え、どういうこと!?)
付き合ってる?
彼氏?
え、誰が?
井上さんが?
誰の?
北村さんの?
「え、」
――井上さんが、北村さんの彼氏。
「えぇぇええええー!?」
理解すると当時、フロアの中に絶叫が響き渡った。
◇◇◇◇◇
「もしかして、全く気付いてなかったの?」
呆然とする私に、呆れたように上田さんが言う。
「え、でも……名前呼び……」
「名前呼び?ああ、一条課長と北村さんって幼馴染みなんだよ。ただコネ入社とか言われるの嫌で普段は隠してるみたいだよ」
「幼馴染み……」
告げられた事実に、頭がついていけてない。
「……皆さん、知ってたんですか?」
「北村さんと井上が付き合ってること?知ってたって言うか、分かりやすいじゃん」
どこがですか!?
そう反射的に思ってしまったのが顔に出てたのか、やり取りを見てた井上さんが口を尖らせた。
「下の名前で呼ぶのもりょーちゃんだけだし、抱き着くのもりょーちゃん以外にしないだろ?」
言われてみれば、確かに。
井上さんが私を呼ぶ“さっちゃん”は、私の名字の“里中”をもじったあだ名だし、今まで井上さんから抱き着かれたこともない。
ない、けど。
(わ、分かりづらい……っ)
「ま、そういうわけで、課長と北村さんが付き合うとか有り得ないから」
ガクリと項垂れる私に、上田さんが言った。
「二人の別れるところなんて、想像もつかないですしね」
そう上田さんの言葉に同意する若月係長の視線の先では、また井上さんが北村さんに抱き着いている。
その光景を見て、若月係長の言葉に力なく同意する。
「そうですね……」
何かもう、一人で誤解して突っ走ってドツボにはまってた自分が、ひたすらに恥ずかしかった。




