13.夢うつつ
「ラストオーダー入りまーす!」
いつの間にか、会は終盤で。
周りは一気にお開きムードだ。
タクシーを呼ぶ人、家族に迎えの電話をかける人、会費の支払いをする人、一緒に駅まで行こうと話す人。
そんな人たちの声が飛び交う中で、私は一人静かに座っていた。
皆の声が、膜一枚隔てているように、遠くに聞こえる。
「――里中!」
呼ばれて、声のした方に顔を向けると、一条課長が私の所に向かって歩いてくるところだった。
「そろそろ帰るぞ」
どういう会話がなされたのか、一条課長が私を送ってくれることになったらしい。
私の目の前に向かって歩いてくる一条課長を見やりながら、さすがに上司にそんなことはさせられない、と僅かに残った理性が言う。
「――ほら、行くぞ」
「だいりょーぶれすよ?ひとりへ帰れまーす」
腕を持とうとしてきた一条課長の手を払って、立ち上がって靴の置いてある場所まで歩く。
すると、まっすぐ歩いているつもりなのにフラフラと左右に曲がった。
思い通りにならない体が、妙に楽しい。
くすくすと口から笑いが漏れる。
そんな私の横で、溜め息を吐く音がした。
「悪いが呂律の回ってない相手の言葉は、取り合わないことにしてるんだ」
「えー」
口を尖らせる私に構わず、一条課長は手を伸ばしてくる。
そして。
ふらつく私の腰を片手でぐっと引き寄せて、一条課長は歩き出した。
それにつられて隣を歩く。
少し進んだ所で立ち止まって、どうしたんだろう、と思っている間に腕を引かれて何かに引きずり込まれた。
「――お客さん、どこまでですか?」
私が引きずり込まれたのは、タクシーだったらしい。
運転手さんに向かって一条課長が地名っぽい何かを答えてる。
動きだした車の中、窓の外をぼーっと眺めた。
ふわふわした視界に映る、テールランプの光が綺麗だった。
車が止まって、また暫く歩いて、エレベーターに乗って、着いたのは私の住んでるマンションの部屋。
「――里中、ほら着いたぞ。鍵はどこだ?」
ドアの前に立ち、一条課長が声をかけてくる。
「んー……」
それに音だけで返しつつ、ふわふわと気持ちいい感覚のまま鞄を開けて手探りで鍵を取り出した。
パッと鍵を奪われて、ドアが開く。
「ありがとーごじゃいます――……」
お礼を言いながらドアをくぐると、夏の締め切った部屋特有の生暖かい空気に体を包まれる。
と、一気に眠気が襲ってきた。
カクンッと体の力が抜ける。
「ちょ、おい……っ」
そのまま座り込む前に、何か暖かなモノにぶつかった。
「この酔っ払いが。ベッドまで自分で歩け。おい、こら。――聞いてるのか?」
慌てたような声が聞こえるけど、どうしたんだろう。
ちょっと気になるけど、それよりも暖かな温もりが気持ちよくて、すぐにどうでもよくなった。
瞼が重い。
「ったく」
ふわっと体が浮き上がったと思ったら、背中とひざ裏に圧迫感。
次にペタペタとした足音と、小刻みな振動を感じて。
落ちてしまった瞼は頑固にくっ付いて、開けようとも思えなかったけど、多分抱き上げられて運ばれてるんだなーって分かった。
(――何で……?)
分かって、それに疑問が浮かんだけど。
霞がかった思考の中では、すぐに消えていった。
頭が上手く働かない。
トクントクンと、鼓動が聞こえる。
(気持ちいい――…)
ポスンと何か柔らかな物の上に下ろされる。
多分ベッドかな。
「――おい、里中?……寝た、のか?」
(寝てないですよぉー)
近くから聞こえる一条課長の声。
それに返事をしないと、と思いつつも、口を動かすのが面倒で。
ふわふわした気分のまま、心の中で返事をする。
「……」
暫く沈黙が続いて。
そのまま、一条課長はこれからどうするんだろーとか、帰るのかなーとか考えていたら。
瞼の向こうが、ふっと暗くなって。
唇に――何かが触れた。
バタン。
しばらく部屋の中で人の動く気配がしてから、玄関の方でドアの閉まる音がした。
「……」
むくり。
足音が完全に遠ざかるのを待って、身を起こす。
唇を手で覆う。
(な、なななな何なの今の――!?)
さっきまであった眠気は、完全に吹き飛んでいた。




