12.歓送迎会②
「正に鉄壁のガードでしたよ。取り引き先からこっちに有利な条件で契約を取るより苦労しました」
「ハハハ、まぁワシらも虫は一匹たりとも近寄らせん、という気概だったからなぁ」
一条課長はさっきから黒川課長の横でお酒を飲んでる。
「みんな、あの子が大好きだからねー」
たまに周りのおばさま方も一言二言、口を挟んで。
「愛され過ぎですよ……」
何故かそれに一条課長が肩を落とす。
少し席を外して戻ってくると、そんな光景が出来上がっていた。
歓送迎会とは名ばかりの飲み会も中盤に差し掛かると、酔いも回ってくるみたいで。
皆、思い思い、好き勝手に過ごしてた。
一条課長以外の営業一課の皆さんたちは相変わらず離れた席に座ってるけど、さっき挨拶がてらお酌をしに行った。
若月係長と上田さんは企画三課のおじさんたちに交じって何やら難しそうな話をしていたし、井上さんはおばさまたちに囲まれて笑っていた。
残る北村さんは誰かと話してはいないけど、一人黙々と料理を食べて。
皆さんそれなりに、この飲み会を楽しんでいるようだった。
私の周囲では、他の部署の人たちの噂話に花が咲いてる。
「あの開発部の泥沼はいつ見ても凄いわよね」
「三角どころか四角だっけ?」
「私、こないだ休憩スペースの近くで修羅場になってるとこ見たんだけど――」
「え、何それ、私知らない!」
「あ、あんたはあの日休んでたんだっけ?実はね――」
他人の恋路を噂するのが楽しいらしく、皆、生き生きとしてる。
(しばらく、開発部の近くは通らないようにしよう……)
そんな彼女たちの話を聞きながら、下手に揉めてるところに居合わせて巻き込まれないように、としっかり心の中でメモを取る。
と。
「そーいえば、サトちゃんさー」
ふいにその中の一人が私に話の矛先を向けた。
「美形男子たちに囲まれて仕事して、いいなって人とかいないの?」
「へ!?」
「あー、それ。私も気になるなー」
唐突な質問に驚いている間に、周囲にいた三課のおばさま方の目が集まった。
「な、何言ってるんですか!?あの人たちは、そんな対象じゃないです……!」
興味深々という彼女たちの目に、慌てて否定する。
でもおばさま方は、そんな私の返答がお気に召さなかったみたいで。
「えー、あ、一条課長は?超優良物件じゃない?」
「あの見た目で、まだ20代なのに課長で、さらには御曹司!あんな優良物件なかなかないわよねー。私もあと20歳くらい若ければなー」
そんな事を言ってくる。
「そ、そんな私なんかじゃ恐れ多すぎて……っ」
でも私は、そんなこと考えたこともなくて。
「恐れ多いって、サトちゃん……」
「無理です!ムリムリムリ、ぜぇえええったい無理!」
必死で首を振って否定した。
「でも、あんなにイイ男がずっと一緒にいてさ、好きになったりしないの?」
「ないない。ないですよ!」
ニヤリと笑って聞かれた言葉を、慌てて否定する。
私が一条課長を、だなんて……!
(本気で恐れ多すぎる……っ)
「えー、ホントにぃ?」
「ホントに」
「なんだぁ、つまんないわね」
言われた言葉に頬が引きつる。
女性というものは、いくつになっても恋バナが好きらしい。
それからも暫くおばさま方の詰問は続いたんだけど、必死で否定し続ける私にどうやら諦めたらしい。
「まぁ、それならそれでいいか。――ならさ、あの噂って本当なの?」
少し違う方向から話を振ってきた。
「噂……ですか?」
首を傾げる私に、おばさま方が詰め寄ってくる。
「このタイミングで聞く、噂って言ったらあれよ、あれ!」
「一条課長と北村さん!あの二人付き合ってるんじゃないかって、昔からよく噂になってたじゃない!」
「――…え、」
言われた言葉に、思考が止まった。
「えって、サトちゃん?」
突然固まった私に、周りが不思議そうな声を出した。
でも私は、それを気にする余裕もなくて。
――「あの二人付き合ってるんじゃないかって、昔からよく噂になってたじゃない!」
頭の中、同じ言葉がリフレインする。
そんな噂、知らない。
(一条課長と北村さん……)
二人の姿が、脳裏に浮かぶ。
カッコいい一条課長と美人な北村さん。
一課に異動になってから、二人が一緒に並んでる所も何度か見てきたけど、そんな甘い雰囲気は感じたことなかった。
でも。
美男美女な組み合わせは、例えそんなことを感じたことがなかったとしても、とても絵になっていて。
それで――…。
「……」
チクリ、と胸に痛みが走る。
噂を知らないなら知らないで、「へー、そんな噂があるんですか?あの二人、お似合いですもんね」とでも言えばいいだけなのに。
それだけ、のことのはずなのに。
(何で、こんなにショックなんだろう……?)
ショックを受けてる自分自身が、衝撃だった。
呆然とする私に、周りが恐る恐ると言うように声をかけてくる。
「もしかしてサトちゃん、知らなかった……とか?」
突然黙り込んだから、心配させてるんだと思う。
だけど、それに答えられる状態じゃなくて。
周りの視線から逃れるように、ぐっとコップの中身を飲み干した。
周りから話を振られるのが怖くて、ひたすらお酒を飲んだ。
飲んでいれば、周囲の人たちはあんまり話かけてはこないから。
実を言うと、ビールはあんまり好きじゃない。
どっちかと言えば果実酒が好き。
だから途中からは、店員さんを呼んで梅酒を頼んだ。
グラスを回すと薄い琥珀色の液体が綺麗な孤を描く。
くいっと煽ると、ほのかな甘さとアルコールの熱さが喉に残った。
「ちょっと飲み過ぎなんじゃない?」
周りにいる数人の人からそんなことを言われたけど、「大丈夫です」って返して飲み続けた。
いつもはそんなに飲む方じゃないんだけど、今日は何だか、もっとたくさん飲みたい気分だった。
お酒で体が火照っているからか、手に持つグラスの冷たさが気持ちいい。
空いたグラスは店員さんが下げてしまうから、いつしか何杯飲んだのかも分からなくなっていた。




