11.歓送迎会
外回りを終え、他の課との打ち合わせがあるという一条課長と途中でで別れて一課のフロアに戻ると、懐かしい人がいた。
「――サトちゃん!」
手を振り上げて話しかけてきたのは、前に私がいた企画三課の三浦さん。
大学生の娘と高校生の息子がいる、とても世話好きな人で、私も三課にいた時はとてもよくしてもらった。
「え、三浦さん?」
思いもかけない人物の存在に目を丸くする私に、三浦さんが笑う。
「久しぶりね、元気にしてた?」
「はいっ。……あの、三浦さんはどうしてここに?」
私の疑問に答えたのは、三浦さんの隣に立っていた若月係長だった。
「日取りのことでいらしてるんですよ」
今、フロアには三浦さんと若月係長、そしてその横で楽しそうに私を見てる井上さんがいる。
他の二人はどこかに出掛けてるみたいだ。
「日取り……ですか?」
「サトちゃん、今度の木曜、空いてる?」
首を傾げる私に、三浦さんが質問をしてくる。
「木曜ですか?夜なら空いてますけど……」
一体なんなんだろう?
不思議に思う私をよそに、彼女は嬉しそうに胸の前で手を合わせた。
「良かった!今ね、サトちゃんの歓送迎会をしようって話が出てるのよ!」
「え!?」
突然の言葉に驚く。
歓送迎会!?
「急な異動でバタバタになっちゃって、送別会も出来なかったでしょう?だから今度やりたいと思ってたんだけど……」
「ちょうどそこに、俺たちがさっちゃんの歓迎会の申請をしに行ったってわけ」
説明する三浦さんの言葉を、井上さんが引き継いだ。
「そうなの!それでどうせなら二つの課合同で送別会と歓迎会を併せてしませんかってことになったのよ!」
高めのテンションで経緯を纏めてくれる三浦さん。
(二つの課を合同って……)
いつの間にそんな話になっていたんだろう。
言われた言葉にびっくりする。
「とか言って、まぁそれを理由に飲みたいだけなんだけどねー」
あははと三浦さんが笑う。
びっくりしつつも、何とか事態を理解した私に三浦さんは言葉を続けた。
「ホントは金曜の方が次の日休みだし、いいかと思ったんだけど……家の用事で何人か空いてないらしくてね」
主役の希望も聞かずにごめんなさいね?と苦笑する三浦さんに、首を振った。
皆さん家族持ちだから、独身な私と違い色々あるんだろう。
それでも色々と家の用事がある中、私のために集まってくれようとしてる。
それが嬉しかった。
だから――。
「じゃ、木曜の夜ってことで問題ないんだな?」
「はい!」
問題なんてあるはずない。
井上さんからの確認の言葉に、私は力強く頷いた。
◇◇◇◇◇
「それではこれより、里中咲月さんの歓送迎会を始めます」
木曜日の夜。
味と安さが自慢の居酒屋で、三浦さんに言われた通り企画三課と営業一課合同の歓送迎会が行われることになった。
「かんぱーい!」
声と共に、隣に座る三浦さんとコップを合わせる。
「ホント、久しぶりねー!私たちサトちゃんがいなくなっちゃってから、ホント寂しかったのよー!」
私は今、企画三課の人たちに囲まれるように座ってる。
営業一課の皆さんの座ってる席とは、離れてしまった。
本当は私も彼らと一緒に座ろうと思ってたんだけど、店に着いて席を探していた時に「サトちゃんはこっち!」と、先に店に着いていた三浦さんたちに引っ張られて有無を言わさず三浦さんの隣に座らされた。
(あとで、お酌くらいはしに行こう……)
「ここの店、お酒もお摘みも結構美味しいのよー」
メニューを見ながら、周りに座るおば様方がお勧めの料理を教えてくれる。
それを参考に聞きながら、何を食べようかとメニュー表に目を走らせた。
そうして暫くして。
周りの会話に相槌をうちつつ、次々と運ばれてくる料理に箸を付けていると、
「おーい、サト!飲んでるかー?」
少し離れた席に座ってる男の人から声をかけられた。
企画三課にいた頃お世話になった近藤さん。
近藤さんは恰幅がいい中年のおじさんで、思春期真っ盛りな娘さんがいる。
「娘が酷いんだ、昨日なんて……」と、毎日のように愚痴とも相談ともつかない話を聞かされた。
でも酷いんだと言いながらも、その顔には娘さんへの想いが滲んでいて。
そんな彼の話を聞くのは、多少呆れつつも嫌ではなかった。
近藤さんが近くまで来ると、他にも数人のおじさんたちが便乗するように周りに集まってきた。
「新しい課はどうだ?ちゃんとやれそうか?」
「苛められてない?」
「辛かったら、いつでも俺らんとこに来たらいいんだからな!」
周りに集まってきたおじさん達やおばさま達が、口々にいろいろ聞いてくる。
私を心配してだろう、いくつもの言葉。
流石に本気でそこまで甘える気はないけど、相変わらず優しい人たちの言葉に口元が緩む。
「大丈夫ですよ。皆さんとっても親切で――」
答えて、ちょっと恥ずかしくなってはにかんだ。
と。
「あーもー!これがもう少しでアレの餌食になっちまうかと思うと……っ」
「可愛い私たちのサトちゃんがぁーっ!」
周りの人たちが、それぞれに叫びだした。
中には、頭を抱えて天井を仰ぐ人までいる。
その取り乱しように、びっくりする。
「くそぉー!サト!今からでも遅くない!三課に……ってぇー!」
驚く私の両肩を掴んで何か言いかけた近藤さんの後頭部に、三浦さんがメニュー表を叩きつけた。
「はいはい、一度認めたことを覆すなんて男らしくないわよ?」
「えっと……?」
にっこりと笑って言う三浦さんに、首を傾げる。
一体なんの話だろう?
(ていうか、近藤さんは大丈夫かな?)
かなり強い力で叩かれたのか、後頭部を抑えてテーブルに突っ伏した近藤さん。
「あー、サトちゃんは気にしなくていいからね?ちょっと酒飲みすぎて変になってるだけだから」
心配になって近藤さんを窺ってたけど、三浦さんの言葉に意識がそっちに向く。
「そう、なんですか?」
「そうそう」
笑って頷く三浦さんに、どこか納得のいかない物を感じつつ、でもそれ以上聞くのも難しそうだな、と頷こうとした時。
「三浦!てめぇー、何すんだよ!?」
テーブルに突っ伏してた近藤さんが顔を上げた。
「あら、もう起きたの?そのまま会が終わるまで突っ伏してたら良かったのに」
突っかかる近藤さんの神経を逆なでするような三浦さんの言葉。
(あ、そんな風に言ったら……)
マズイ、と思った時には既に遅かったようで。
「お前なぁ、少しは遠慮ってもんを……っ」
「は?あんたに遠慮する必要なんて――」
止める間もなく、二人は私そっちのけで言い合いが始めてしまった。
この二人は、実はとても折り合いが悪い。
決して仲が悪いってわけじゃなくて。
どっちかと言うと、喧嘩するほど仲がいいって感じなんだと思うけど。
私が企画三課にいた頃も、毎日のように二人が言い合っていた姿を見てた。
たいていは、近藤さんが私に娘さんの愚痴を話してる時に、三浦さんが止めに入ってそこから二人の言い合いに発展するってパターンだった。
そんな少し前までは毎日のように繰り広げられていた光景が、目の前にあって。
思わず懐かしさと一緒に笑ってしまった。
激しい言い合いを繰り広げてる二人に、変わらないなぁと苦笑いしてると、後ろから声が聞こえた。
「なんだ、あいつらはまた喧嘩しとるのか」
振り返れば、呆れたような顔をした黒川課長がビール瓶片手に立っていた。
企画三課のトップである黒川課長はとても穏やかな性格で、六十近い年齢に見合う落ち着きがある。
去年の暮れに、初孫も生まれたらしい。
「はは……」
何て返せばいいか分からなくて、誤魔化すように笑う。
「どうだ、新しい課は?上手くやっとるか?」
私の隣の席に腰を下ろした黒川課長が、ビール瓶を軽く持ち上げて私の方に傾ける。
「はい、まだ慣れないことは多いですが、皆さんに優しくしていただけて……」
慌てて三分の一くらいに減ってたコップを差し出す。
トクトク、と注がれる液体。
「そうか。上手くやれているのなら良かった」
黒川課長の持つビール瓶をもらって、課長のコップに液体を注ぐ。
「……そう言えば、里中くんは何で営業に異動になったのかもう聞いたか?」
「え?何か、あるんですか?」
不思議に思って首を傾げると黒川課長はニヤリ、と口元を歪めて心持ち声をひそめた。
「今回の営業一課への異動、これ、実はな、一条くんの方から話が出たんだよ」
「……え、」
動きが止まった。
「要は、引き抜きだったんだ」
「ひきぬき……」
言われた言葉は、予想だにしなかった物で。
言葉が、頭の中で空回る。
引き抜き?
誰が?
一条課長が?
誰を?
(――…私、を?)
「――何話してるんです?」
呆然としてる私の後ろから声がかけられた。
その声は、たった今まで話題に出ていたその人の物で。
思わず、肩が跳ねる。
「一条課長……」
「ん?何、君が里中くんを三課から引き抜いたって話を教えてあげてただけだが」
「その話ですか……」
あまり知られたくない話だったのか、一条課長が困ったように眉を下げた。
「え、えと、課長、その話、本当に……?」
まだ纏まらない思考の中、何とか一条課長に話しかける。
「あー…、まぁ、な」
一条課長は視線を明後日の方向を向けてどこか罰の悪そうにしながらも、肯定の言葉を返した。
その言葉に、黒川課長の言葉が真実であることを知る。
(本当に、引き抜きだったんだ……)
呆然とその事実を理解する傍ら、疑問が浮かぶ。
(でも、どうして……?)
そもそも一条課長の目に留まる働きなんて――、
と考え込む私の横で、
「ほら、去年里中くんが主導でやった企画があっただろう?あれが切っ掛けらしい」
「え、」
言いよどむ一条課長の代わりに、黒川課長が答えてくれた。
去年、私が主導でやった企画。
言われて思い浮かぶのは、たった一つだった。
去年の秋、私は初めて企画立案を一人で任されることになった。
その任された企画は、秋の終わりにやる本社内の全部署を対象にした交流会。
まぁ、こう言うとかなり大きな企画のように感じるけど、実際はそうでもない。
経費の関係で大きなことは出来ない――というか、慣例化して毎回店からの割引きがあるボーリング大会と決定してる――し、強制ではないから忙しい部署の人たちはまず参加しない。
忙しい部署ってのはそのまま人気のある部署でもあるから、そこの参加がないと他の部署、特に若い女性社員の集まりも悪くなる。
結果、集まるのは閑職に就いてるような年嵩の、毎回決まったような人たちばかり。
変わり映えしないメンバーに、毎回同じ内容の交流会。
回を重ねるごとに参加者は減って、交流会なんて名前だけのグダグダな会になってしまってた。
企画を任されたと言ってもそんな企画だから、実際に決めることと言ったら、景品の内容やチーム分けくらい。
だけど、少しでも興味を持って多くの人に参加してもらえるように、範囲の中で必死になって考えた。
「トトカルチョボーリング大会だったっけ?奇抜なアイデアだったよ」
ここまで言われたら自分で言った方がいいと思ったのか、一条課長が腰を下ろして話し出した。
トトカルチョボーリング大会。
それが、私が考えた企画だった。
例年のボーリング大会では上位チームに景品が出て、後は参加賞として全員に小さな景品が出て終わりだった。
でもそれだとボーリングが得意でない人たちの参加がしにくく、結局はいつも似たようなメンバーになってしまう。
しかも最近はその集まりも悪い。
なのでゲーム前に上位チーム、最下位チーム、そして個人で上位得点を取りそうな人を予想して、当たったら豪華景品というルールを追加した。
さらにチームも任意ではなくくじ引きにして、他の部署との交流がはかりやすいようにもした。
「予想するために他の部署と交流のない奴らでも人の名前も覚えるし、ボーリング自体に興味の薄くても楽しめるように考えられてた」
各部署に配るお知らせの紙だって、配色や書き方を工夫した。
その甲斐あってか、参加希望者は例年稀に見るほどの数で。
私の企画は大成功――になりそうだったんだけど。
「直前になって他から横やりさえ入らなきゃ、成功してただろうな」
思い出すように、顔を顰めながら一条課長が言う。
そう、企画直前になって他の部署――というか経理と総務――から口出しがあって、急遽内容を弄る羽目になり、企画は失敗と呼べるほど無残に終わってしまった。
経理からは景品にそんな経費はさけませんとダメ出しされ、総務からも公に賭け事を推奨するとは何事かとお叱りを受けて。
結果、豪華景品がスーパーの徳用お菓子に様変わり。
参加した人たちから詐欺だ、馬鹿にしてるのか、などと苦情の荒らしに見舞われたという、苦い思い出だ。
その時のことを思い返して、気分が沈む。
三浦さんや近藤さんたちは、気にするなと言ってくれたけど、やっぱり私が至らなかったせいも大きいわけで。
「――まぁ最終的には失敗と呼べる結果だったし、いろいろと問題点も多かった」
追い打ちをかけるような一条課長の言葉に、項垂れる。
(やっぱり、引き抜きなんて何かの間違いじゃ……)
「だが――、あのアイデア、俺はいいと思ったぞ?」
「っ」
ポツリ、と続けて言われた言葉にハッと顔を上げた。
「限られた条件の中で、少しでも企画を良くしようと頑張って考えた。それがよく分かる内容だった」
だから、そんな奴を営業で使ってみたいと思ったんだ。
そう言う一条課長の目は優しくて。
胸がギュッと痛くなった。




