出逢い
出逢い
山本瞳子は今日もジリジリとアスファルトを焼き尽くそうとする太陽の陽射しと闘いながら、お客様の元へと、急いでいた。
瞳子は生命保険の外交員をしている。
夫は不動産屋に勤めていたが、
独立をして、念願の社長になった。
しかし、経営はそう上手く行くものではない。
そんな時に友人に勧められ、いや、誘導され、気付けば保険屋さんとよばれていた。
この仕事を始めて、丸3年。
瞳子は無我夢中で、働いてきた。
家に居ても、トイレでも、お風呂の中でも、夫とのSEXの時も
仕事の事を考えていた。
専業主婦の時に、夫婦ゲンカをすると、夫が必ず言っていた言葉がある。
「誰が食わしてやってると思ってんだ❕」
瞳子を駆り立てているのは、この言葉なのかもしれない。
「こんにちは、◯◯生命の山本と申しますが、清水拓海さんはいらっしゃいますか?」
瞳子はこの瞬間が、
どうしても慣れなかった。
お客様からのご紹介で、始めての訪問だ。
話ではどんな方なのか、うかがっているものの、
それぞれ、人に抱く気持ちは違うものである。
意地悪な人だったら、どうしよう。
1秒、2秒が長く感じる。
その場から逃げたい気持ちを抑え
無理矢理、今日の夕飯は何にしよう。
鍋かな鍋!
具は?
と緊張をほぐそうとした。
その時、受け付け嬢の後ろから、
背は175センチ位だろうか?
浅黒い、そしてチョットキツネ目の
好青年が現れた。
所が、彼は瞳子に気付いた瞬間、
微動たりともしなくなってしまった。
それは、まるで、蛇に狙われた、
ネズミ?とでも言えばよいのだろうか?
息までもが止まってしまっているように見える。
「すみません。◯◯生命の山本ですが清水拓海様でよろしいでしょうか?」
瞳子は不安な表情でお声掛けをした。
「はい」
口だけが動いた。
まるで、腹話術の人形のようだ。
イヤ、腹話術の人形の方がましだ。
「突然のご訪問すみません。
◯◯様から、ご紹介を頂きまして、
ご訪問させて頂きまた。
5分間だけお時間頂けますか?」
瞳子は、この時点で
ご契約をお預かりさせて頂くのは、
難しいなと、赤旗を挙げていた。
何せ、腹話術の方がましなのだから、
すると、蛇に睨まれた、ネズミが?
「今は忙しいので、仕事終わってから、
◯◯駅にあるスタバではどうですか?」
と提案してきた。
思いもよらない展開に、
瞳子の心は踊った。
ご契約をお預かりさせて頂けるかもしれない❕
赤旗を揚げていた瞳子の直感は、あっという間に消え去った。
瞳子はなかなかの、
やり手でもある。
たかが3年の保険営業経験だが、
営業所では
トップ成績を挙げている。
そんな瞳子が得意としているのは、
会社内で保険のお話をするのではなくて、
喫茶店などでジックリと
お話をさせて頂く事で
お客様に
少しでも、自分を知ってもらい、
安心してもらう
やりかたなのである。
まさに得意なシチュエーションが
来たのである。
瞳子は、踊る気持ちを何とか
抑えて、
女優を演じ続けた。
「それでは、◯日の夕方6時はいかがでしょうか?」
すると、
「はい、分かりました。」
と、あっさり、アポイントメントが頂けた。
瞳子は慌てて、名刺を差し出した。
その時、始めて、落ち着いて、
彼の眼を見た。
その瞳には、
瞳子がハッキリと映っていた。
重ね絵のように、
ずっと、
ずっと、
深い底まで
続いているかのように...
瞳子は始めて味わったこの感覚に
戸惑いを隠せなかった。
もはや、女優業は、廃業である。
名刺を渡した時に
触れた、彼の指の感覚が
時間を過ぎても
消えなかった。
ー二度目の出逢いー
瞳子は、10分早く
スタバに着いた。
いつもなら、お客様に
どのように話していくかの
シミュレーションはかかさないのだが、
今日は全くもって、
仕事モードになれない
それは、きっと、
清水拓海とのアポイントメントだからであろう。
「今晩は」
その声の方に顔を向けると、
清水拓海が立っていた。
会社で会った時より、
若く見えた。
瞳子は慌てて立ち上がったが
一瞬、よろめいてしまった。
その瞬間、
彼の大きな手が
瞳子の腕を
掴んでいた。
「す、すみません。」
恥ずかしかった。
きっと、顔は真っ赤だろ、
厚化粧をしておけば良かったと、後悔した。
「大丈夫ですか?」
拓海の声には、
暖かさを感じる。
「はい、ごめんなさいね」
その後、いつもなら、
「もう、としね。
叔母さんは、世話がかかるわね。」
なんて、おちゃらける所だが、
今日は、いつもと違う!
「有難う」
子供のように、
答えていた。
拓海は、口数の少ない青年だ。
瞳子は、拓海に質問をした。
「拓海さんは、お幾つ何ですか?」
「28歳です。」
瞳子は44歳である。
計算の弱い瞳子にも
16歳も差がある事は、
直ぐに理解できた。
瞳子には、3人の子供がいる。
長女は中学2年生14歳、
瞳子似である。が「ママにそっくりね」と
言われるのが、世界一、イヤ、宇宙一嫌な事らしい。
長男は、小学5年生11歳、
去年位に、連続ドラマ「理想の息子」と言うのがやっていたが、
その頃には、暇だと、理想の息子ゴッコ遊びをしていた。
誤解があったら、息子が可哀想なので、言っておくが、
息子はイヤイヤだった事を告げておく。
最後に末っ子の娘は、
小学1年生の7歳である。
ばぁばぁっ子の怪獣である。
とにかく、怪獣である。
瞳子は娘の長女と拓海さんの方が、
年齢差が近いと気づくと。
ジェットコースターが
落下する速さよりも、速く
フリーホールが
落下するよりも、速く
スカイダイビングで、
落ちるよりも速く
落ち込んだ。
そんなにと言うほど、落ち込んだ。
きっと、その表情には、
ちびまる子ちゃんのダーっという、
縦線が入っていたに違いない。
すっかり気落ちしてしまった瞳子に、
今度は拓海が質問をしてきた。
「山本さんは、いつからこの仕事を
しているんですか?」
ちびまる子ちゃんダー状態の
瞳子は、
笑顔を取り戻した。
「3年前です。」
子供のように答えていた。
「山本さんには、この仕事、
合いませんよね。」
拓海のストレートな返答に
瞳子は戸惑った。
しかし、その質問は
この3年間、誰一人とて
瞳子に言った人はいない。
ましてや、
瞳子には天職ね!
と言われていた。
だ・か・ら、
瞳子は、
新鮮だった。
そして、
何かの力に背中を押され?
「はい!」
と答えていた。
瞳子はその時、
始めて
自分がこの仕事に合わない事に
気付いたのである。
人は他人の事は、
これでもかと、言う位、
評価をして、
分析をするが、
自分の事となると
全くもって、
チンプンカンプン。
世の中、そんな人の方が
大半を占めているのではないだろうか。
だからだろうか、
自分自信を見つめ直そう!
とか
本当の本当の自分を知ろう!
などなどの
心理カウンセラーが
軒並み
街の看板を
埋め尽くしているのだろう。
しかし、瞳子には
そんな物は
必要がないらしい
本当の本当の
瞳子の心の奥を
理解してくれている先生が
目の前に居るのだから、
そして、拓海が思いもよらない事を
口した。
「保険、山本さんに任せます。
何処にサインをすれば良いですか?
これからも宜しくお願いします。」
瞳子は、鳩が豆鉄砲くらった様な顔をしていた。
そして、申込書を忘れてきた事にも、
まだ、気付いていなかった。
きっと、無意識に
また、会う事を
願った行動なのかもしれない。
自分では気づかないままに.......