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「優斗の心はもう決まってるんだね」


 駅までの道のりを並んで歩きながら、翔子がぽつりと言った。

 雲は今日も重く垂れこめている。翔子は優斗の家から傘を一本拝借してきていた。最近の空模様は読めない。


「あたし、すごく小さい頃から優斗と一緒に居たの。だから、優斗の心がここから離れようとしてるの がわかる」

 

 翔子の独り言のようなつぶやきに、使者はどう答えたものかわからないようで、黙って翔子の歩幅で歩いていた。


「……ごめんなさい。あたし初めて会った時、とても嫌な態度をとっちゃった。なにも知らなくて」


「いいえ。優斗様がおっしゃってました。翔子さんの長所は、謝ることができることだと」


「向こうっ気の強さのわりには、ね。

 あたしこんな性格だから、すぐ間違えるし、すぐ喧嘩しちゃうし、声でかいから、ごめんなさいくら い言える子になんないと、救いがないんだよ」


「こちらの世界では、個人の感情がとても大切ですからね。

 感情で世界が成り立っていうようにさえ感じます。私には不便なように感じますが」


「不便?」


「はい。嫌いだから選ばれないことや、好きだから固執するものが決まっているのは、選択肢を狭める ことです。種としての大きな意識の元で生きれば、そんな面倒なことはないのです」


「そう?あたしは好きだよ。優斗を友だちの中でも特別に大切に思う自分も、面倒くさいなって思いな がら受験勉強する自分も、あなたを好きになりかけてる自分も」


「私を、ですか?」


「うん。今日会って、そう感じた。面倒くさそうだけど、もっとたくさん話をしたいって思う。

 興味がある。もしかしたら、久しぶりにちゃんとだれかを好きになれるかもっていう予感がしてる。

 恋に落ちる、ドキドキの前の、トキトキくらいの感情があたしの心にあるの」


 じっと翔子は使者の整った顔を見つめた。使者の目の中には、困惑が映っていた。


「そういえば、こうやって人を好きになったなっていう、懐かしい感じ。


 でも、大丈夫、好きにならないよ」


「よくわからないのですが」


「わかんなくていい。声にしないと通じないからいいの。全部伝わんないからいいの。

 あなたたちが声を必要としなくても、あたしには必要なの」


「不思議ですね」


「でしょ?もどかしいのもいいもんなのよ」


 翔子はにっこりと笑った。使者はそんな翔子を理解しがたい気持ちで見つめていたが、不快ではなかった。

「ねえ、王ってどうやって選ぶの?優斗が王なんてどうやってわかったの?」


「宣託があるのです。世界から、今の王に」


「センタク?」


「王が夢に見るのです。次の王を。

 まだ生まれていないなら、いつごろ生まれのかを夢に見ますし、もう生まれていらっしゃるなら、ど こにいらっしゃるのかを夢に見ます」


「ふーん。ダライ・ラマみたいね。知ってる?ダライ・ラマ」


「はい、なんとなくは。チベットの法王でしたか」


「なんでも知ってるなー。今のダライ・ラマ十四世も夢で導かれたんだって。夢に見たんだって。

 次のダライ・ラマはこうこうこういう場所の、何歳くらいの男の子だって。

 それで今のダライ・ラマに行きついたんだって。


 すごいよね。知ってる?これ、現代の話なんだよ。


 そんなことがまだ活きてるの。


 あなたには当たり前なのかもしれないけど、あたしにはすごくカルチャーショックだったよ。

 そんな方法で間違ってないってどうしてわかるのってさ。

 でも、間違ってるとか間違ってないとかそういうことじゃないんだよね。


 正解か間違いかなんて誰もわかんないものね。……なんとなくね、最近そう思うようになった」


「我々の王には、優斗様が次王だという絶対の確信があるのだそうですよ」


「あーそう。なんか優斗もその気だしね。


 あたしなんてぜんっぜん思わないけどね、優斗が王様だなんて。てゆーより、願望かなー。

 遠くに行かないでっていう」


「淋しいのですね」


「そうだよ。きっと感情でものを計らないあなたにはわかんないだろうけど。


 身がもがれたほうが楽かもしれないっていう、胸の痛みだってあるんだよ。わかんないよねー?」


「想像はできますが」


 ふふふと翔子は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「体感するのと、想像するんじゃ全然違うから」


「そのようですね」


「うん」


「恐らくは、我々の世界は水の中に似ているのだと思います」


「うん?」


「水中に様々な思いが溶けているのです。溶けているからはっきりとは伝わらない。

 滲むようにぼんやりと相手とやりとりをする。水が王の意思。王が迷えば水は濁る。

 故にTORIたちも病む」


「ああ、水ねえ。ふーん、そう。


 でも、ごめん。


 どんなに言葉を尽くして説明してくれても、あたしはその世界の存在を受け入れることはできない  な。拒絶もしないけど」


 駅はもう目の前に近づいていた。翔子は立ち止ると「いまさらだけど、さ」と使者を見た。


「あなた名前は?名前もないの?」


「はい。ございません。役職がございますので、それで区別することはできますが」


「ああ、外交官ね。ホントに、つまんないね」


「そうでしょうか。……そうかもしれませんね」


 使者はそう言って、視線を下げた。彼にも思うところはあるのだろう。


「ねえ、優斗はあとどれくらいこっちにいるの?大学出るまで待ってくれたりする?」


「そんなには。そう遠くない未来、とお答えしておきます」


「もう決まってるのなら教えてよ」


「それは致しかねます」


「真面目。……ねえ、約束して。行く時は教えてくれるって。せめて前の日でもいいから」


「それは……、残念ですが」


「なんでよ、あたしもう十分いろんなこと知っちゃったんだからいいじゃん」

 

 翔子が言うと、使者は逡巡し、「考えておきます」と言った。


「ケチだなー」


 翔子は不満そうにつぶやいたが、前回のような腹が煮えくりたつような感情とは遠かった。


(各々抱えている事情ってもんがあるんだよね)


 ちゃんとそう理解しはじめているのだ。「またね」と手を振る時には笑顔だった。


「ええ、また」


 使者はそう言って、美しい顔で、折り目正しく腰を折った。


(ホント真面目)


 くすりと笑って翔子はきびすを返した。

 使者は、翔子が傘を回しながら歩いて行くのをしばらく見つめていた。



次回最終回です。

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