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 翔子と優斗が、坂崎先生の淹れてくれたインスタントコーヒーを飲みながら談笑している頃、その姿をじっと見つめる目があった。


 雨に打たれ濡れそぼりながら、高い木に止まり凛と首をもたげ、聡明で冷徹そうな一匹の鷺が図書館の中を見つめていた。


 真っ白な羽が雨をはじく。


 ぽぽぽぽと雨が体中に当たるのを、ものともしないでいつまでも優斗の姿を見つめ続けた。








 友だちが道に迷いそうなんです。どうしたたいいですか、とラジオ子ども相談室に相談しようかと思った。


(ノリちゃんに優斗がおかしいって言ったら、めっちゃ笑いそうだしなー)


 でもきちんと相談したなら、ノリちゃんはちゃんと聞いてくれる気がした。


(なんて言うの?優斗が異世界の王様になるんだってって?ありえない!

 そんなの説明にもなってない。あたしまでおかしくなったと思われる)


 翔子はもんもんとする思いを一人で抱え、使者と対面する日を待った。


 一度だけ母に、「優斗が道外したらどうするー?」と聞くと、母は豪快に笑った後「あんたじゃあるまいし」とあてにならない言葉が返ってきた。


 ひとつ確認できたことがあるとしたら、優斗への信頼は絶対だということだろう。高校の教師も、翔子の友だちも両親も、優斗には絶対の信頼をおいている。


(きっと優斗が犯罪を犯しても、「いい人に見えたけど、人ってわからないものね」なんて言われない んだろうな。「なにか理由があるんだろう」って言ってもらえるんだよ)


はーあ、とため息をついて、ベッドに横になり、結局誰にも相談できないまま、使者がやってくる日を迎えた。








「こちらが異世界から使者さん。こっちが武井翔子さん」


 優斗が紹介すると、使者は正座のまま膝に手をおいて、美しく頭を下げた。


(三つ指ついてごあいさつって、嫁入りじゃあるまいし)


 翔子は戸惑いながら、「ども」と言った。

 優斗の家の客間である。

 使者は話に聞いていた通り、鼻筋の通ったきれいな顔をしていた。細面でキメの細かい肌、聡明そうな目に、シンメトリーの顔のつくり。皺のないスーツを着て、ネクタイをきっちりと締めている。


(あ、怪しすぎる……)


 しかし、第一印象だけで人を決めつけてはいけないと、担任の教師はよく言っている。本当は指を差して、「こいつめちゃめちゃ怪しいじゃん!」と言ってやりたかったが、ぐっとこらえた。だいたい初対面の大人の男に、そんなことをする度胸を翔子は持ち合わせていなかった。


「翔ちゃん、お茶がいい?」


 居間から優斗の母親が聞いてきた。


「冷蔵庫にパックのジュースあったよね。それでいいよ。翔子ジュース好きだから」


「優斗に聞いてるんじゃないの。翔ちゃんに聞いてるのよ」


「あたしジュースがいいかも」


「あらそう?」


「コップに移さなくていいからね。翔子ストローで飲むのが好きだから」


 また優斗が言う。


「だからなんであんたが言うのよ」


 母はあきれながらお茶の用意をするために、台所に立った。

 客間に残された三人の間に気まずい沈黙が落ちる。翔子はねめつけるように優斗を見た。


(あんたがなんか言いなさいよ)


 と、目で訴えてみる。


「ええっと、じゃあ、とりあえず俺たちにしてくれた説明を、こちらの翔子にももう一回してほしいん ですが……」


「招致致しました」


 凛と響く声で使者は言った。

 翔子はごくりと生唾を飲んだ。


「お聞きのことかと思いますが、私は異世界から参りました。

 その世界の次王がこちらの木島優斗様です。それ故私がお迎えにあがった次第でございます。

 ……私の世界では、王と王の直属の臣下はSAGIの姿をしております」


 SAGIと言った発音が「サギ」とは違った。異国の言葉を聞いているような感覚で、日本語にするなら一番近い発音が「サギ」だと感じた。


「世界を支えるのは、王の意思です」


「イシ?」


「思いのことだよ」


 優斗が説明した。


「世界の中心には大木があり、その大木の枝は世界の隅々まで伸びています。


 王とその臣下は木に宿りそこでほとんどの時を過ごします。そこで世界の安寧を思い続けるのです。


 故に、王の不在は、世界を混沌に陥らせるのです。世界は穏やかで争いはございません。

 家族という考え方もありません。種としての大きな存在を意識するばかりでございます。


 その種の存続の要となるのが王です」


「だから優斗を迎えにきたってことですか?」


「はい」


 にこりともしないまま使者は答えた。翔子はくるりと首をめぐらし、優斗を見た。


「あのさ、優斗。この話、少しでも信じたの?」


「まあ、全部は嘘ではないだろうって」


 優斗は寛いだ口調で言った。

 翔子はそんな優斗を見て、思い切り息を吸い込んだ。

「なんでっっっ!なんでこんな話イチミリでも信じれるの?

 勉強しすぎて、世間の常識とかどっかいっちゃったんじゃない?」


 翔子はどんっとテーブルに手をついた。


「こんなんだったらまだ、四十万の壺買っちゃってさー、壺持ってると宝くじが当たるらしいんだって

 ー、って話のほうが信じられるしっ」


 翔子は優斗と使者を交互に見ながら声を張り上げた。使者は翔子の大きな声にも動じず、静かに見つめている。優斗は、へらりと笑った。


(ジーザス!)


 翔子が心の中で思いきり叫んだ時、優斗の母が入ってきた。


「どうぞ」


 そう言って使者と優斗にはお茶とロールケーキを出し、翔子にはパックのジュースと太めに切ったロールケーキを出した。


「このロールケーキ知ってる?この間テレビに出てたのよ」


 ふふふと優斗の母は笑った。


「おばちゃん、ロールケーキどころじゃないってば。おばちゃんもこの人の話聞いたんだよね?

 そんで、ちょっとは優斗がその世界の王様かもーなんて思っちゃったわけ?」


「まあ、そうね。少しは、ね」


「NOー!なんでー。なんでなの?」


「全部最後まで聞いてみなさいな。私たちの気持ちわかるかもしれないわ」


 にっこりと笑って、優斗の母は客間から出て行った。使者は「いただきます」と言って、ずずっとお茶をすすった。

 翔子は興奮したままブスっとストローを勢いよく差し、ストローを噛んだ。そのままずごごごごっとすごい音をたててジュースを吸い上げた。


 使者はそうっと茶卓に湯飲みを戻すと、翔子を見つめて言った。


「あなたは異世界がないと思うのはなぜですか?」


「なぜ?なぜって、そんなもんどこにもないからだよ」


「どうしてそう言い切れるのです?世界の全てを見たわけではないでしょう?」


「見てなくてもわかるよ」


「どうしてですか?みんながそう思っているからですか?とかく、この国の人はそう思いがちですが」


「異世界なんて物語の中にしかないの。

 本当に存在するなら、この世界の誰かがとっくに見つけてるよ」


「あなたは本当の世界を知らない。私たちの住むような異世界はいくつもあるのです。

 ただ、あなたの住む世界は世界としては最下層にあるので、それを知る術がないだけなのです。

 背の低い子どもには、棚の上にある菓子が見えないのと同じことです」


「そういうの屁理屈っていうんだよ!てか、あんたの目的はなんなの?

 優斗んちだましたってさ、別に大金なんて持ってないんだからね」


 翔子が力んで言うと、優斗は「確かに」とはははと笑う。


「優斗も笑っている場合じゃないよ!」


 どんっ!と翔子がまたテーブルを叩いた。


「この世界の人が異世界の存在を知らないのは、他の世界がこちらの世界に干渉をしないからです。

 この世界には得るものがない。

 あなたたちヒトは自然と隔絶しすぎて、自分の生きる世界から独立しすぎている。


 そんな不自然な世界には私たちは用はありません。


 ただ、今回のようにSAGIがこちらの世界にいらっしゃった場合はお迎えにあがる必要があったの です」


「この世界から得るものがないっていうなら、あなたたちの世界はさぞ高尚で有益なんだろうね?」


 翔子が喧嘩腰で言うと、使者は小さく息を吐いた。


「あなたにご説明さしあげても理解されないと思うのですが、私たちの世界は眠りと共にあります。

 SAGIの意思の元、TORIたちは半濁の中生きています。

 その眠りの中でSAGIの意思に包まれ、それは言葉では表せない幸福なのです。


 そもそも自分の意思を音で表さない。

 私たちは世界と癒着しているので、音を出さなくとも意思の疎通は可能なのです」


 やはり、翔子には「トリ」と「サギ」いう言葉が聞き取りにくかった。


「こちの世界はまだ幼い。いくつもの国があり、為政者たちの思惑に相違がある。


 その為に争いが起こる。


 世界というものは、本来はひとつのまとまりであり、その頂点に立つものがしっかりとまとめること ができたなら、争いなど起こりようがないのです」


(立板に水ってこういうことを言うのかな?)


 翔子の意識はわずかに散漫になる。


「それが世界と共にあるということなのです」


 きっぱりと言い切った使者に、翔子はうんざりして、反論する気力も萎えそうになった。


「あなた、宗教でもたちあげたら?優斗もそこの教祖様にでもなればいいじゃない」


 はぁーあと大きくため息をついて、頬杖をついきながら、じゅじゅっとジュースをすする。

 そんな翔子を見て、優斗が言った。


「俺と使者さん、意思の疎通ができるんだよ。音にしなくても。

 いわゆるテレパシーっていうものだけど」


「優斗様は生来は私たちの世界の方ですから」


 そう言って、初めて柔らかい表情を優斗に向けた。


(そういう表情もできるんだ)


 そんなことを思いながら、ストローを噛んだ。


「なんか、疲れた。あたし、帰る。ここにいても全然理解できないし。

 優斗もこの怪しい人について行きたいならいけばいいじゃん。

 せっかくT大の受験がんばってるのに、それを振ってまで行くほどのことだとは思えないけど」


 翔子は立ち上がった。

 使者はじっと翔子を見つめていたが、ぽつりと言った。


「大変不本意ではありますが、トビラをお見せしましょう」


「トビラ?」


「私の世界へ通じるトビラです」



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