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パラノイド  作者: 善文 杏南


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6/6

 ドレスを着た。式は正午からである。髪を編んでもらっている間にサンドイッチを食べた。オレンジジュースは甘すぎた。

 案内してくれるスタッフの後ろを歩いていると渡り廊下の所で二階の部屋の窓から川野奈々子がこちらを見ているのに気が付いたけど気付かないふりをした。彼女を相手にしてはいけない。

 だけど教会の控室の椅子に座って時間が来るのを待っていると川野奈々子が訪ねてきた。

 式には誰も呼んでない。先生の親もお姉さんも呼んでないのに奈々子を呼ぶわけがない。

 彼女は茶色いセーターを着ている。黒のミニスカートを穿いている。緑色のタイツ、茶色のブーツ。彼女は黎子をからかった。

「結婚式をするの? 先生にお願いしたの? してくれなきゃ死んでやるって?」

 彼女と口をきくつもりはない。窓の外は吹雪いている。

「先生は今も貴女を好きだと思ってるの? その風体で?」

 奈々子がいくら挑発しても相手にしては駄目だと先生から言い聞かされている。

「飯塚緑は貴女が殺したの?」

 頭が真っ白になった。立ち上がって奈々子に掴みかかった所まで覚えている。

 無我夢中で彼女を叩いたり引っ掻いたり、髪を引っ張られたりドレスのレースを引きちぎられたりした気がする。

 気が付くとテーブルの上にあった大理石の置物を右手に持っていた。ハープを弾く女の置物である。

 足元に奈々子が横たわっている。目を閉じて少しも動かない。

 大理石の白い置物に真っ赤な血が付いている。奈々子の頭から真っ赤な血が流れて緑色の絨毯がどんどん赤くなっていく。

 体が熱くなってくる。自分の血液が体の中を流れる音が聞こえる。心臓の音が大きい。

 奈々子の傍から離れられない。放心状態だった。息が上手く吸えない。

 多分五分ぐらい経っていた。まだ冷静になれてなかったのでドアノブが回った時心臓が跳ねたように感じた。

 振り向くと先生が立っていた。スーツを着ている。いつもより綺麗な色のラインが入ったネクタイをしている。

 先生は奈々子を見たあと黎子の手を掴んで控室から出た。教会を出る。

「ここで待って」と言われて教会の横のクリスマスツリーの所で一人残された。

 先生のネクタイで両手首を縛られて枝からぶら下がっているトナカイのオーナメントに繋がれた。寒い。吹雪である。

 暫くして帰ってきた先生は黎子のコートを持っていた。受け取って羽織る。

「何言われたの?」

 先生が訊くので答えた。

「緑ちゃんのこと」

 辺り一帯真っ白である。数メートル先が見えない。吹雪は止まない。天候は最悪である。

 だけど駐車場に積もった雪は取り除かれている。従業員が毎朝雪かきをしているんだろう。

 バスが一台と乗用車が数台停まっているのがわかる。

 先生は正面玄関のすぐ前に停まっている黒いミニバンに近付く。鍵を借りてきたらしい。運転席のドアを開く。先生が車に乗り込む。黎子は助手席に乗る。

「どこに行くの?」

 先生はエンジンをかけて暖房をつけた。ハンドルを握ってゆっくりアクセルを踏む。

 道路に出ていく。人は誰もいない。こんな酷い吹雪の中で外に出る人はいない。

 車は山道を上がっていく。道はやたらカーブが多い。ガラス越しに崖を覗き込んでも吹雪が酷くて下が見えないので現実離れしている。細くて急な道をどこまでも上っていく。

 三十分近く走ると先生は道路脇に車を停めた。

 雪を被った木々の間に小さな道が見える。山肌に沿って細い道がある。

 車を下りて先生に手を引っ張られて歩く。

 ウエディングドレスに合わせて白いハイヒールなので歩き辛い。足元に気を使って歩かないとすぐに滑る。冬山に生物の気配はない。凍った草が脚に傷を付ける。

 小さな小屋があった。屋根に雪が積もっている。ロッジの窓から見た避難小屋である。

 中は埃だらけだった。テーブルと椅子がある。天井に小さなランプが吊られている。黒いカーテンが窓を覆っているので暗い。

「絶対に帰ってくるから」と言って先生は小屋を出ていった。

 少し経ってからふと思いついてドアを開けようとしたら開かなかった。鍵なんかなかった筈なのにいくら叩いても少しも動かない。

 川野奈々子はスパイみたいなものだと先生から話を聞いていた。

 先生の上司に当たる人の指示で動いている。わざと黎子を挑発して問題行動を起こさせようとしている。

 先生の上司は黎子を精神科の専門病院に閉じ込めようとしている。閉じ込めたあとは先生に一切会わせないつもりらしい。

 奈々子から直接聞いたことがある。

「緒方教授はお気に入りの立秋先生と自分の娘を結婚させたがってるから貴女が邪魔なのよ」

 だから先生に黎子を捨てさせようとしている。

「入籍したって? だけどそんなのすぐに別れさせるって言ってたわよ。立秋先生は有望な人なのよ。貴女みたいなのが奥さんになっちゃいけないのよ」

 昼間なのに小屋の中は暗い。正確な時間はわからない。

 多分二時間ぐらい経った。先生が帰ってきて入口のドアを開いた時外はまだ明るかった。

「遅くなってごめん」

 先生は黎子の手を引っ張った。小屋を出る。

 川野奈々子は何針か縫ったものの死ぬような怪我ではないらしい。吹雪で救急車が来られなかったので先生が処置したらしい。

 山小屋に閉じ込められた理由はよくわからない。

 先生は黎子が彼女を殺したと思ったんだろう。黎子だってそう思った。

 黎子を小屋に隠して匿おうとしたのかもしれないし恐ろしい殺人犯を閉じ込めて衰弱死させようとしたのかもしれない。

 奈々子が死ななかったので真相はわからない。

「謝れば許してくれるよ。俺も一緒に謝るから」

 先生は黎子を宥める。元々ぶっきらぼうでとても厳しい先生が黎子にはとことん甘いことを知っている。

 いつの間にか吹雪が止んでいる。歩く度にざくざくと音が鳴る。草木を掻き分けて道を歩く。

 車に乗ると先生はエンジンをかけて暖房をつけた。温かい缶コーヒーをくれたのでそれを飲みながらラジオのスイッチを押す。

 ギアをパーキングに入れたまま先生はまだ車を出さない。ラジオからは年配の男の人の声が聞こえる。山間部も明日は晴れると言う。訊いた。

「緑ちゃん、私を殺しに来たよね? 何回も来たよね? 先生、緑ちゃんを殺したの?」

 先生は黎子を少し見たあと視線をフロントガラスの向こうに戻した。

「自殺したんだよ」

 大きな雪の塊が落ちてきてボンネットを叩いた。先生はハンドルに凭れて黎子を見る。

「式の前になんか食べるだろ? ステーキとピザどっちがいい?」

「ピザがいい」

「腹減ったな」

 向かいの山の稜線に黄色い夕日が沈んでいく。フロントガラスの水滴がきらきらと光っている。



                 了

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