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本来死ぬはずの騎士様を庇って、聖女見習いの私は魔力を失いました。――生存した彼が過保護すぎて、ずっと曇っている。

作者: 藤 ゆみ子

 ドラゴンから放たれた巨大な炎がすぐ目の前まで迫っていた。


 先陣を切っていた騎士団長のサイオス様が後ろを庇うように対抗するけれど、無残にも息絶えてしまった。

 そして、他の騎士たちも次々とドラゴンの炎にのみ込まれ、救護班として後方で待機していた私たち聖女にも容赦なく襲いかかってくる。

 

 熱い、苦しい。

 ああ、私たち死ぬんだ。

 ここを食い止めなければドラゴンは街へと向かっていく。

 そうしたらこの国は……


 ◇ ◇ ◇


「――ナ、リアナ」


 何度も名前を呼ばれた気がして、目を開ける。

 視界には見慣れた教壇と、サイオス様の顔。


 急いで起き上がるも、そこは教会の礼拝堂だった。

 

「あれ、私……」


 私たちは北の森へドラゴンの討伐に向かい、死んだはずじゃ。

 どうして教会に戻ってきているんだろう。

 これは、夢?


「リアナ、倒れているのかと思って心配した。お祈りしながら眠ってしまうなんてだいぶ疲れているんじゃないか」


 お祈り……。

 そうか。今日は、月に一度のお祈りの日。

 今月の当番は私で、お祈り中に眠ってしまっていた?


 いや違う。私たちはたしかにドラゴンの討伐へ行き、命を落としたはず。

 なのにどうして。

 教壇を見ると、花瓶にはキキョウの花が生けられていた。

 いつもは白ユリだけど、神官長様が綺麗に咲いていたからとこの日はキキョウを生けていた。

 ということは、これは討伐へ向かう半月前のお祈りの日。

 私、過去に巻き戻ってきたんだ。

 

 次々に死んでいく騎士たちの姿、ドラゴンの炎にのみ込まれたときの恐怖、死に際の苦しみが頭から消えないけれど、ここで怯えていたって仕方ない。

 サイオス様が支えてくれて、ゆっくりと立ち上がる。


「あの、サイオス様はどうしてこちらに?」


 以前のお祈りのときは現れなかったのに。


「たまたま礼拝堂を覗いたらリアナが倒れていたからどうしたのかと思って」

「それは……ご心配をおかけしまた」

「今日はもう仕事は終わりだろう? 部屋まで送る」

「大丈夫ですよ。サイオス様の手を煩わせるわけにはいきません」

「祈りの途中で眠ってしまうほど疲れているんだろう。本当に倒れてもいけないし送る」

「ありがとうございます……」


 サイオス様は騎士団長であり、ウォルマート公爵家の嫡男でもある高貴なお方だ。

 それなのに平民出身の聖女見習いの私にもとても優しくしてくれる。


 部屋の前につくと、サイオス様がそっと私の手を握った。


「リアナ、あまり無理はしないように」

「ありがとうございます。サイオス様も」


 お礼を言って手を離そうとしたら、手首から甲にかけて裂創があることに気づいた。

 血は止まっているけれど、まだ新しい傷だ。

 私は傷に手のひらをかざし、治癒魔法を施す。

 すると傷はスッと消えてなくなった。


「ありがとう。これくらいの傷、放っておけば治ったのに」

「小さな傷でもあまくみてはいけませんよ。それに、いつもこの国のために命を懸けて戦ってくださっているお礼です。私にはこんなことしかできず申し訳ないですが」

「そんなことはない。リアナには、いつも怪我を治すこと以上に助けられている」

「では、お互いさまということですね」


 微笑んでから、それでは、と部屋の中に入った。

 私は二年前に光属性の魔力が発現し、教会で聖女見習いとして働きながら暮らしている。

 この教会には治癒魔法を使える聖女が数人いて、国の要請の下、病院で治療をしたり、討伐へ救護班として同行したりしている。


 光属性の魔力を持っていても、治癒魔法を使えるようになるには三年ほどの訓練が必要だと言われている。

 けれど私は一年で治癒魔法を習得し、ゆくゆくは聖女の頂点である大聖女になれるのではないかと言われていた。

 平民の私でも必死に努力すれば大聖女になれるし、この国の人たちの役に立つことができる。

 とてもやりがいのある誇らしい仕事だと思っていた。


 一人前の聖女になる前にドラゴンの襲撃によって命を落としてしまうけれど。


 ベッドに倒れ込み、これからのことを考える。

 全く同じことが繰り返されるとは限らない。


 半月後、またドラゴン討伐へ向かうことになるのだろうか。


 私はどうすればいいのだろう。聖女見習いである私にいったい何が……。

 サイオス様や神官長様にこれから起こるであろう未来の話をする?

 そんな話信じてくれるだろうか。

 もし、信じてくれたとしてもドラゴンを討伐しなければいけないという事実は変わらない。

 討伐を成功させるために私ができることをしなければ。


 次の日から、聖女の仕事が終わると教会の書庫に籠って魔術書を読み漁った。

 私にできるのは、討伐現場で使えるような魔法を覚えること。

 聖女は主に負傷した騎士を治癒魔法で治すことが役目だけれど、あのドラゴンの巨大な炎を前に治癒魔法なんてなんの役にも立たない。

 何かもっと大きく対抗できる、特別な方法をみつけなければ。


 魔術書を漁りはじめて数日後、私は、一冊の禁書を見つけた。

 書庫の一番奥、扉の付いた本棚に入った一際古い本。

 中には、現在では使うことを禁じられた、命と引き換えに発動させるという魔法が記されていた。

 禁術なんてできれば使いたくない。

 でも、万が一のとき使えなくて後悔するのもいやだ。

 ドラゴンが現れるまでの五日間、私は必死に禁書を読み込んだ。

 

 そして五日後、やはりドラゴンが北の森付近に現れ、騎士団と聖女で討伐へ向かうことになった。

 騎士団がドラゴンにやられてしまうとは限らない。

 無事に討伐でき、私たち聖女は負傷した騎士たちの治療をして、帰ってくるという未来もあるかもしれない。

 大きな不安と、少しの希望を胸に北の森へと向かう。

 けれどその期待はすぐに打ち砕かれた。

 

 姿を現したドラゴンを目の前に成す術がない。

 サイオス様率いる騎士団がいくつもの攻撃をしかけるけれど、太刀打ちできない。


 何もできないまま、ドラゴンは目の前まで迫ってきていた。

 もう、どこにも逃げ場はない。

 やっぱり、未来は変えられないのだろうか。

 いや、あれがあるじゃない。

 あれを使えば私は死ぬ。

 だけどここで全員死んで、ドラゴンが王都に向かえば国全体が壊滅状態になる。

 だったら、私一人の命なんて小さいものだ。


 私はサイオス様の前に出て、こっそり覚えた禁術を発動させた。


 これは、光の魔力でしか使えない禁術。

 自分の魔力、命と引き換えに相手の魔力を昇華、消滅させるもの。

 魔力を無くすことができれば、ドラゴンだってただの巨大なトカゲだ。

 きっとサイオス様たちなら倒すことができるだろう。


 身体を巡る全ての魔力で魔法陣を描き、ドラゴンに放つ。

 魔法陣に包まれたドラゴンは大きな咆哮を上げるけれど、その口から炎が吹き上がることはない。


 禁術が成功したんだ。


 でも、全身が苦しい。身体から命を搾り取られるような、そんな感覚。

 これが、禁術を使う代償か。

 それでも、みんなが助かるのなら、仕方ない――


「リアナ!」


 最後に見えたのは、サイオス様の悲痛な表情だった。



 ◇ ◇ ◇



「――ナ、リアナ」


 何度も名前を呼ばれた気がして、目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは見たこともない煌びやかなシャンデリアと、上質な天幕のレース。

 もしかしてここ、天国なのだろうか。

 だって私、ドラゴンに禁術を使ってその後……死んだ、はず。


「リアナ!」


 けれどすぐに聞きなれた声がして優しく抱きしめられた。

 

「サイオス、様?」

「目が覚めて良かった。体はつらくないか? どこか痛いところは? 手足に痺れはないか?」


 サイオス様は私を抱きしめたまま息が荒くなるほどに言葉を続ける。


「あの、私はいったい……」


 ゆっくりと起き上がると、サイオス様は心配そうに私を見つめてくる。


「ドラゴン討伐から十日間、ずっと眠っていたんだ。もう目が覚めないのかと心配した」


 あれ私、死ななかったんだ。

 そして、ドラゴン討伐を終えて戻ってきたんだ。

 

「サイオス様、騎士の方や他の聖女はみんな無事だったのでしょうか」

「リアナ……自分のことより周りの心配をするんだな。君のおかげでみんな無事だった」


 禁術って、命と引き換えに使うものだって書いていたけどそうじゃなかったのかな。

 そして、みんなを助けることができた。

 この国も守ることができた。


「本当によかったです」


 けれどサイオス様は悲痛な表情を浮かべる。


「だがリアナ……君にはもう、魔力がないんだ」


 それはわかっている。

 たしかに体が重いし、今まで感じたことのない鈍さがある。

 これが、魔力を失うということなのだろう。


 でも理解した上で禁術を使ったし、本来なら死ぬはずだったのに生きているということは奇跡に近い。

 魔力がない人なんてこの国にたくさんいる。

 もう聖女にはなれないけど、これからは普通に生きていけばいい。


「大丈夫です。命があるだけありがたいことですので」

「守ってやれずにすまなかった。俺のせいで、俺が不甲斐ないせいで、リアナは魔力を失ってしまったんだ……」


 サイオス様は申し訳なさそうに頭を下げる。

 死ぬはずだった私がこうして生きているということは、きっと彼のおかげなのだろう。

 そんなに責任を感じなくてもいいのに。

 

「サイオス様のせいではありません。それに、みなさんを助けられたのなら、私の魔力を差し出すなんてなんてことありませんから」

「リアナ、俺はどうやって君に償えばいいのだろう」

「償いなどいりませんよ。どうかサイオス様はこれからもこの国を守っていってください」

「わかった。この命に代えてでも君を守ると誓おう」


 ん? 私、この国を守ってって言ったんだけどな。

 なんか意味違ってない?

 それに命は大切にしてほしい。せっかく私が救ったのだから。


「……ところで、ここはどこでしょう?」


 病院でもないし、教会にある私の部屋でもない。


「ここは俺の屋敷だ」


 ということは、ウォルマート公爵家?

 どうりで高級そうなものばかりある部屋なわけだ。


「眠っている間、随分とお世話になってしまったのですね。でも、もう目が覚めましたし教会に戻ります。ありがとうございました」

「それはだめだ」

「え? どうしてですか?」

「リアナは一生、ここで俺が面倒をみる」

「そんな! これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません」

「迷惑だなんてあるわけないじゃないか。君は魔力を失ってしまった。体にどんな不調が起こるかわからないし、危険な目に合わせるわけにもいなかない。それに、教会に戻ってどうするんだ?」


 そうだ。私にはもう魔力がない。

 治癒魔法が使えなければ聖女にはなれないし、教会で働くことはできないんだ。


 だからって、一生サイオス様のお世話になるわけにはいかない。


「どうするかはわかりませんが、一度戻って、神官長様とお話をしようと思います」


 私はベッドから立ち上がろうとした。

 けれどその瞬間体がふらついて、サイオス様に抱き留められる。

 そしてもう一度ベッドに寝かされた。


「神官長とは話をつけてある。リアナのことは俺に任せると言ってくれた。それにまだ体調が戻っていないだろう。お願いだから今はここでゆっくり休んでくれ」

「わかりました……」


 いつもはキリッとした表情のサイオス様に悲し気に懇願され、大人しくベッドに体を沈めた。


 それからウォルマート公爵家で療養生活が始まった。

 体が本調子ではないため眠っていることが多いけれど、目を覚ますと必ずサイオス様がいる。

 仕事が忙しいはずだからそばについていなくてもいいと言っても、気にしなくていいと言う。


「リアナ、はい口を開けて」

「あの、サイオス様。自分で食べられますので」

「だめだ。体も手も足も全て休めなければいけない」


 結局お皿を渡してくれることはなく、羞恥心を抱えながら食事をした。


 そんな甲斐甲斐しいお世話を受けて数ヶ月、魔力のない身体に慣れてきたのかもうすっかり体調は良くなった。


 このままいつまでもベッドの上で過ごすわけにはいかない。

 私は教会へ行くことにした。

 討伐から帰って一度も顔を見せていないし、今後の生活について相談したいこともある。

 サイオス様はさすがに仕事が忙しいらしく今はいない。

 私は使用人に教会へ行くことを告げて、公爵家を出た。


 教会へ行くと、神官長様や他の聖女たちが驚いた顔で私を見る。

 けれどすぐに駆け寄って抱きしめてくれた。


「リアナ、無事で本当によかった」

「魔力がなくなったって聞いて、もう動けないのかと思っていたけど元気そうね」

「サイオス様にもよくしていただいて、体調はもうすっかりよくなりました。魔力は、戻りませんが……」


 私はもう、みんなと一緒に聖女として働くことはできない。

 すると神官長様に、こっちにおいでと呼ばれた。


 ついて行った先は私の部屋。

 もう何か月も帰っていなかったのに、そのままだった。


「リアナ、禁術を使っただろう」

「神官長様……わかっていたのですね」


 いつも穏やかで、どんな時も優しく見守ってくれる神官長様だけれど、こういったことは全部見透かされている。


「禁術を使うことは、罪を犯すということ。でもそれによって多くの命を救った。私は何も言わないよ」

「ありがとうございます……」

「これからどうするんだい?」

「サイオス様にずっとお世話になるわけにはいかないので、働きたいと思っているのですが、かと言って行くところもなく、どうすればいいか悩んでいます」

「リアナが望むなら、いつでも帰ってきていいからね。ここはお前の家なのだから」


 できることならば、ここに戻ってきたい。

 治癒魔法は使えないけど、簡単な怪我の手当てや介助、掃除などの雑務はできる。


「神官長様、私またここで――」


 ――バンッ


 その時、部屋のドアが勢いよく開き、焦った表情のサイオス様が入ってきた。

 一目散に私のところへ来ると、苦しいくらいにぎゅっと抱きしめられる。


「リアナ、どうして出ていったんだ」

「え……? 出ていったというか、教会へ行くと使用人の方にお伝えしていたのですが……」

「何か不自由なことがあったのか? 気に入らないことがるのか? それとも俺のそばにいるのが嫌になったのか? 目の届くところにいてくれないと心配なんだ。君の望むことはなんでもするから、お願いだから戻ってきてくれ」

「え、ええっと、ちょっと話がよくわからないのですが」


 抱きしめられたままどうすればいいか困っていると、神官長様がサイオス様の肩をポンポンと叩く。


「とりあえず、今日はもう帰って二人で話をしておいで」


 神官長様の言葉で冷静になったのか、サイオス様はやっと離してくれた。

 そして二人で公爵家へと戻った。

 お屋敷に入るとすぐに私のために用意してくれている部屋と行き、ベッドに座らされる。


「リアナ、これから俺が一生面倒をみると言っただろう。どうして教会に?」


 サイオス様は私の足元に跪き、両手を握って見上げてくる。

 一生面倒をみてくれる、というのはとてもありがたい話ではある。

 けれど、サイオス様がそこまで責任を負わなくてもいいし、私自身、ちゃんと自分の力で生きていきたい。

 そのことを伝えると、跪いたまま私の膝にコテッと額を乗せた。

 

 強くて頼もしい人だと思っていたけれど、可愛いところもあるんだな。

 私は思わずその頭を撫でていた――



 ◇ ◇ ◇


 優しく、温かい手が、俺の頭に触れる。

 これまで何度、この手に救われてきただろう。


 俺は代々騎士家系のウォルマート公爵家に生まれ、否応なく騎士の道を歩んできた。

 幸い魔力も身体能力も申し分なく成長し、努力の甲斐あって二十歳にして騎士団長に就任した。

 けれど、どこか虚無感を抱いていた。

 大きな志を持っているわけでもない。ただ与えられた道を歩いているだけ。

 周りからは過大な評価を受け、不相応な期待を抱かれる。

 近寄ってくるものは皆、騎士団長、公爵、という肩書きだけを見ている。

 信頼こそされど、心を開き、開かれる関係の者などいなかった。

 

 ただ淡々と任務をこなすだけの日々の中、彼女と出会った。


『聖女見習いとして教会にきましたリアナです。よろしくお願いします』


 純粋で穢れのない瞳に思わず見惚れていた。

 病院での治療、他の聖女に付いての討伐への同行、彼女は常に一生懸命だった。


 ある日訓練中、茂みから飛び出してきた野ウサギを避けたとき足を捻ってしまい教会へ行くとリアナが治療をしてくれた。

 捻挫程度の怪我といえど、まだ見習いとして来たばかりだというのに完璧な治癒魔法を使えたことに驚いた。

 そしてそれ以上に驚いたのは、彼女の言葉と笑顔だった。

 

『サイオス様は案外おっちょこちょいなんですね』


 俺のことを『おっちょこちょい』だなんて言う者ははじめてだ。

 褒められているわけではないのに、笑ってくれた彼女に心を絆されていた。

 彼女だけは本当の俺を見て、忖度なく接してくれる。

 傷だけでなく心まで癒されていた。

 

 質の高い魔力を持ち、勤勉なリアナは脅威のスピードで治癒魔法を習得していった。

 気さくで人当たりも良く、平民出身ということもあるのか、どんな人にも分け隔てなく接する彼女は、今後大聖女になる器だと周りからも期待されていた。


 リアナは俺の光そのものだった。

 守りたい。いつか大聖女になるであろう彼女を支えたい。


 そう思っていたのに、俺は彼女に守られた。


 突如現れたドラゴン。向かった討伐。

 どんなにあがいても太刀打ちできない。

 もう無理だ。

 諦めかけたとき、リアナが俺の前に立ちはだかった。


 彼女は見たこともないような巨大な魔法陣を出現させると、ドラゴンを覆った。

 ドラゴンは苦しみながら咆哮を上げる。

 けれどリアナも同じくらい苦しんでいた。


「リアナ!」


 ドラゴンが弱っていくのに比例して、魔法陣も小さくなる。

 俺は咄嗟に理解した。魔法陣が消えればリアナの命も消えると。


 すぐ団員たちに指示を出し、暴れながらも弱っているドラゴンに一斉に攻撃を仕掛ける。

 なんとか魔法陣が消えてしまう前に仕留めたけれど、抱き留めたリアナの身体からは魔力が感じられなかった。

 

 俺のせいで、俺が弱く不甲斐ないせいで彼女を犠牲にしてしまった。

 本来なら優秀な大聖女になるはずだった彼女の未来を俺が壊したんだ――


 撫でられる頭に、彼女の偉大さを感じる。

 俺のせいで魔力を失ったというのに、こんなにも温かいものをくれる。


「リアナ、君の気持ちを尊重したいと思っている。だが、心配なんだ。これ以上、君が傷付くことがないよう、苦難を抱えなくていいよう、そばにいさせてくれないか」

「……わかり、ました」


 彼女の返事に心底ホッとした。

 魔力を失わせてしまったことに大きな罪悪感を抱きながらも、そばにいられる理由があることに喜んでいる自分がいることにも気付いている。

 俺は、どうしよもうなく卑怯な人間だ。


 ◇ ◇ ◇


 サイオス様と話し合った結果、ウォルマート公爵家で暮らしながら通いで教会で働かせてもらうことにした。

 治癒魔法は使えないけれど、怪我や病気に対する知識はなくなっていないし、治療以外にもできることがある。


 相変わらずサイオス様は心配性だけれど、私の決めたことを尊重してくれている。


 そして今日は他の聖女と討伐現場へ同行することになった。

 討伐と聞いて一瞬不安になったけれど、今回は中級魔物で特別危険な現場ではないそうだ。

 中級魔物の討伐なら何度も同行した。


 私はいつものように後方で聖女たちと待機する。


 しばらくすると、負傷した騎士たちが入れ替わりでやってきた。

 幸い命に関わるような大きな怪我をしている人はいないけれど、それなりに血が流れている。

 重症の騎士から聖女の治療を受け、私は軽傷の騎士の手当てをした。


「止血はしましたが、できるだけ患部を高く上げておいてください。順番に聖女が治療しますので」

「なんだよ聖女なんだろ。さっさと治癒魔法で治してくれよ」

「すみません。私は治癒魔法は使えないのです」

「治癒魔法が使えねえのにこんなとこに来てんじゃねよ。出来損ないの聖女だな」


 出来損ないの聖女。まさにその通りだ。

 いや、私はもう聖女ですらない。ただの雑用係。

 命を張って戦っている騎士からしたら、私なんて見せかけのいらない存在なのかもしれない。

 自分にはまだできることがあるなんてうぬぼれていた。


「すみません……」


 深く頭を下げたとき、シュッと剣を抜く音がしてすぐに顔を上げる。

 すると目の前には青ざめた騎士の顔と、彼の首元に添えられた剣があった。


 そして彼の後ろには剣を抜いた冷酷な表情をしたサイオス様。


「サイオス様?! 何をされているのですか?!」

「だ、団長……」


 声をかけても剣を収めることはない。

 こんな表情、見たことない。


「お前、今リアナに何を言った」

「す、すみません」


 騎士はひどく怯えている。

 怪我だってしているし、こんなところで揉めるわけにはいかない。

 

「あの、聖女様の手が空いたみたいです。あちらで治療してきてください」


 私が肩を押すと、騎士は一目散に駆けていった。

 サイオス様は騎士の背中を睨みつけるように見送ると剣を鞘に収め、私の前に膝を付いた。


「リアナ、嫌な思いをさせてすまなかった」

「いえ、私は大丈夫です」

「あいつは最近入団した新人なんだ。後できつく言っておく」

「何も言わなくて大丈夫ですので! サイオス様は戻ってください。ね?」


 やはりまだ討伐は終わっていなかったようで、サイオス様はしぶしぶ現場へと戻っていった。


 その後無事討伐を終え、全員で王都に戻った。


 公爵家へ帰ってすぐに湯浴みをして部屋で休んでいると、部屋のドアがノックされる。

 返事をするとサイオス様が入ってきた。

 この部屋にソファーはないので並んでベッドに腰掛ける。するとそっと手を握られた。


「リアナ、疲れていないか?」

「大丈夫ですよ。私はなにもできなかったですし」


 治癒魔法を使っていたときは魔力の消費でそれなりに疲れも出ていた。

 今はそういったこともなく、ただ走り回ったあとの脱力感があるくらいだ。

 本当はもっと疲れて動けなくなるくらい働かなければいけないのに。


「なにもできなかったなんてそんなことはない。リアナがいてくれるだけで力になるんだ」

「サイオス様はお優しいですね。でも、あの騎士が言っていた通り私は魔力を失った出来損ないです」

「そんなこと言わないでくれ。リアナは素晴らしい聖女だ」

「私はもう、聖女ではありませんよ。なんの価値もないのです」


 納得していたつもりだった。

 たくさんの命を救えたのだから後悔はないと。

 けれど、心のどこかで聖女の自分というものに固執していたのかもしれない。

 私にはなんの価値もないと認めるのが怖かったのかもしれない。


 でもそれを自覚した今、心の奥を締め付ける不安が押し寄せてくる。

 これから私はどうすればいいかわからない。


 その時、握られていた手をグッと引かれ、私はサイオス様の胸の中に飛び込んでいた。


「俺は、君の存在にいつだって癒され、救われているんだ。俺の大切な人をそんなふうに言わないでくれ」


 大切な、人? 私が?


 そうだ。私はいつだってサイオス様に大切にされていた。守られていた。

 

「魔力のない私でも、大切だと思ってくれるのですか?」

「当たり前だ。たとえ魔力がなくたって、俺を癒してくれるのは君だけなんだ。リアナ、きみはずっと、これからも素晴らしい聖女だよ。俺にとっての、俺のためだけの、たった一人の愛しき聖女だ。何があっても、リアナというかけがえのない聖女を守り続けていくから。だから、なにも心配しなくていい」


 抱きしめられた腕から、押しつぶされそうなほどの愛を感じた。


 私の魔力がなくなったのは自分のせいだと責めるサイオス様だからこそ、与えてくれるものがあるのかもしれない。

 

 私はいつか、この曇天のような愛にのみ込まれていく。

 そんな気がした。

 数ある作品の中からこの作品ををお読みいただきありがとうございました。

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