結衣と亜衣①
結衣と鬼丸が迷い猫探しや雨漏りの修理など、日々の仕事に精を出していたある日、宝月家に大きな依頼が舞い込んだ。
とある大きな神社の裏山に、あやかしが出たという目撃情報が入ったのだ。
普通の人にも見えるということは、高位のあやかしである。誤って現世に迷い込んだのか、はたまた自ら境界を越えてきたのか。その真相は分からないが、ともかく強力なあやかしの妖力に当てられた人間の健康被害が出る前に、隠世に帰さなくてはならない。そして、あやかしが通ってきた境界の歪みを閉じる必要がある。
今回の依頼は、亜衣を中心として宝月家総出で執り行う大規模なものとなる。あやかしに対峙するのは亜衣の役目となるが、その間、現場に人が近づかないように周囲を警戒する人員が必要となるのだ。
宝月家総出ということは、結衣もその中に含まれるということ。初めての大きな依頼への参加に、結衣の気持ちは高揚していた。
「鬼丸、どうしよう。私ちゃんとできるかな?」
「ド阿呆。大丈夫に決まっているだろう。俺がついているんだからな」
ソワソワと落ち着きなく現地入りした結衣に対し、いつもと変わらぬ不遜な態度の鬼丸。その姿が結衣の不安な気持ちを落ち着けてくれる。正直なところ、末端とはいえ宝月の大捕物に参加できる喜びと同じぐらい、足を引っ張ってしまわないか不安な気持ちを抱いていたのだ。
時刻はすでに二〇時を過ぎている。あやかしに関わる仕事の際は、人目につく日中を避け、夜間に行われることが常である。担当の振り分けはこの後、亜衣が直接指示を出すことになっている。久々の大きな依頼とあり、神社に集まった宝月家の面々は皆興奮した面持ちである。
「……どうしてあなたがここにいるの」
「あ、亜衣!」
神社の隅で目立たぬように鬼丸と話していたところ、白い装束に身を包んだ亜衣が気配もなく現れた。
亜衣の後ろには、金色に光るサラサラした毛を靡かせる美しい妖狐が佇んでいる。
額に月の模様が描かれた妖狐の名は【孤月】。亜衣の使い魔のうちの一匹である。亜衣は孤月の他に二匹のあやかしと使い魔契約をしているが、今夜は孤月の力を借りるようだ。
「どうしてここにいるのって聞いているんだけど」
秋の夜の風は冷たい。結衣と亜衣の間にヒヤリとした風が吹き抜ける。
「どうしてって……今日の依頼は宝月総出で取り組むんでしょう? そうお達しが出たもの。だから私も、宝月の一員として微力ながら参加を……」
「帰って」
「……え?」
再び湧き出した不安な気持ちを取り繕うように、結衣がここにいる理由を正当化するように理由を口述していたのに、亜衣は表情ひとつ変えることなく結衣の言葉を断ち切った。
「足手まといはいらない。あなたがいてもいなくても同じだもの。だから、帰って」
「そ、んな……」
結衣は目を見開き、亜衣と同じ焦茶色の瞳を激しく揺らす。
亜衣は立ちすくむ結衣を一瞥だけして、神社の本殿の前に集まる宝月家の一同の方へと足を向ける。
「おい! 貴様! 次期当主だからと結衣を除け者にする権限が貴様にあるのか!」
鬼丸が髪を逆立て、目を怒らせながら亜衣に食ってかかる。今にも飛びつきそうな鬼丸を警戒し、孤月が厚い複数の尾で守るように鬼丸と亜衣の間に入った。
亜衣は鬼丸の声に足を止めた。
「……あるんだよ。今夜の依頼は私が統率する。私が不要と言ったら不要なの。時間の無駄だわ。早く家に帰ってちょうだい」
そして、亜衣は振り返ることなくそう言うと、再び歩き始めた。
「くそっ! あの野郎……」
ぶわりと怒りのため、鬼丸の妖力が漏れ出す。ザワザワと鬼丸の髪が騒めき、ミシリと音を立てながら頭に生える角が伸びようとした時、鬼丸が突然うめき声をあげてお腹を押さえて蹲った。
「鬼丸!? 大丈夫!?」
「ぐうっ……!」
結衣が慌てて駆け寄ると、すでに鬼丸から漏れ出ていた妖力は収束していた。脂汗を掻いた鬼丸は、ふらりとよろけながら立ち上がる。
「結衣、さっさとここから離れるぞ」
「え、あ……待って!」
亜衣に帰れと言われたからには、従わなければならない。不本意ではあるが、次期当主であり、今夜の依頼の統率者の命令に反いたとあれば、処罰は免れない。
結衣は後ろ髪引かれながらも、鬼丸に続いて神社を出た。その場を離れる前に、一度だけ亜衣の様子を窺った。けれど、亜衣がこちらを向くことはなかった。




