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あやかし代行稼業の落ちこぼれ〜使い魔の鬼の子に過保護に愛されています〜  作者: 水都ミナト@3/10【魔物解体嬢】②巻発売
第三章 記憶と緩まる封印

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13/20

鬼丸と七緒


「わざわざ悪いね」



 七緒に毛玉を借りて三日後の夕刻、鬼丸は一人で七緒の店を訪ねていた。借りていた毛玉と一緒に、七緒の好物であるどら焼きを手土産に持ってきている。



「それにしても、君が一人で来るなんて珍しいね。結衣は仕事かい?」


「ああ。年末が近いんでな。細々とした片付けの依頼ばかり回ってくる。結衣はもう少し後片付けをしてから直接屋敷に戻ると言っていた」



 ゆらりと煙管から立ち上る煙で遊びながら、七緒が毛玉に木の葉を乗せる。ポンッと音を立てて、一瞬のうちに毛玉が木札へと変わった。木札には赤い糸を長く伸ばした毛糸の絵が描かれている。



「さてさて、こっちもいただこうかな。二つあるところを見ると、君も食べるつもりなんだろう?」



 七緒はニヤリと笑いながらゆったりとした仕草で奥の部屋へと消えていく。

 一人残された鬼丸は、壁一面の木札を一つ一つ眺めながら時間を潰した。『周囲の視線を一切拒絶する眼鏡』、『歩行速度を早める雪駄』、『舐めている間は幼い頃のように好奇心が掻き立てられる飴玉』などなど、一体いつ使うのか分からないものから、絶妙に需要があると思しきものまで、本当に多種多様なものが取り揃えられている。


 何を探しているでもない。けれど、鬼丸の視線はやはりというべきか、とある木札で止まった。



『匂いを嗅げば忘れた記憶を呼び起こせるお香』



 記憶。それは鬼丸にとって、愛おしくも恐ろしいものだ。宝物のように大切な、けれど一方で、愛するものを裏切り傷つけてしまう可能性を秘めたものなのだ。


 ズキン、と鈍く下腹部が痛んだ。


 鬼丸はギュッと手のひらで押し付けるように痛む箇所に手を当てる。夏を過ぎたあたりから急に、臍のあたりに激痛が走ることがある。しばらくしていると痛みは波のように引いていくのだが、いつまた猛烈な痛みが押し寄せるかは分からない。



「お待たせお待たせ。いいお茶があるんだよ。おや、大丈夫?」


「……気にするな。時期に収まる」



 急須と茶器を盆に乗せた七緒が、脂汗を滲ませる鬼丸を見て目を瞬いている。



「そりゃあ、君ほどのあやかしがそんな封印の紋を刻まれちゃ、辛いよねえ。どうせ結衣には言ってないんでしょう?」


「……気づいていたのか」



 七緒はのんびりとした雰囲気を崩さずに、コポコポと急須を傾けて、湯気を立ち上らせる緑茶を注いでいる。鬼丸の前にお盆を置いて、その上にどら焼きと茶器を置く。


 七緒と出会ったのは偶然だった。この街を巡回している時に好奇心で入った路地裏が七緒の店に繋がっていたのだ。だから、鬼丸の隠世(向こう)での真の姿は知らないはずだ。けれど、こののらりくらりとした狸はどういうわけか情報通である。どこからか情報を仕入れたのか、あるいは鋭い洞察眼を有しているのか。



「初めましての時からね。妖力の流れが不自然だったから、ああ、この子は力を封じているんだって気づいたんだよ」



 はむ、とどら焼きに齧り付いて、満足げに目を細めている七緒の様子に、僅かに警戒していた鬼丸の肩からも力が抜ける。



「ほら、甘いものでも食べなよ。もう痛みは引いたんじゃない?」



 七緒の言う通り、いつの間にか腹の痛みが消えていた。予期せぬ話に気が紛れたのがよかったのかもしれない。


 鬼丸は深いため息をついて額の汗を拭うと、どら焼きを掴み取って大きな口で食らいついた。



「それで、無事に探し物は見つかったのかい?」


「ああ、お前に借りた毛玉のおかげでな」


「そうかそうか。よかったよ」



 鬼丸の身の上話に踏み込んでくることもなく、七緒は軽い話題を振ってくる。


 七緒は掴みどころのないあやかしであるが、いざと言うときは頼りになるし、鬼丸もなんやかんやで信頼を置いている。



 だから、つい饒舌になってしまったのかもしれない。



「秋に近くの神社で妖狐が綻びを破壊してこちらにやって来たことは知っているだろう? 妖狐の妖気の残滓によるものか、この街のあちこちに隠世(かくりよ)に通じる綻びが生じている。その全てを修復するまで、御影の小僧が居座っているんだ」



 あやかし代行稼業の最近の事情。そしていけすかない男への僅かな嫉妬を滲ませる鬼丸。


 モグモグとリスのように膨らませた頬を上下させていた七緒が、茶器を手に取りゴクリと緑茶を飲み込んだ。


 ようやく話せるようになった七緒は、首を傾げながら鬼丸に問いかけた。



「秋の妖狐は確かに強いあやかしだったみたいだね。でも、この街のあちこちが隠世(かくりよ)と繋がろうとしているのは妖狐だけが原因じゃないよ」


「は? では、何か別の要因があると言うのか? 境界が揺らぐのは強い妖力、あるいは巫力が影響して――」



 と、そこまで語って、ようやく七緒の言わんとすることを理解した。


 ゆっくりと鬼丸の目が見開かれていく。思い返せば、時期がちょうど()()()()()ではないか。



「今この辺りで起きている異変――境界の歪みの原因は、君だよ。鬼丸」



 いつも通りののんびりとした声音で紡がれた言葉が、嫌に耳についた。



「は……? 何を言って……現に俺の腹には封印の紋が深く刻まれているのだぞ。最小限に抑えた妖力で何ができると言うのだ」



 急激に口内の水分が干からび、喉奥が張り付く感覚に襲われる。



「うんにゃ。自分で一番分かっているんだろう? 君の膨大な妖力に、封印が限界を迎えつつあることに」



 鬼丸が自分に言い聞かせるように発した言葉は、七緒にゆるりと否定された。


 鬼丸が瞳を泳がせ、言葉を紡げない間にも、七緒は推論を続ける。



「そもそも、あやかしが何年も隠世(かくりよ)に戻ることなく現世(うつしよ)に留まっていること自体が異様なんだよ。他の使い魔は呼ばれた時にだけ、こちらにやってくるだろう? 僕だってそうさ。境界が曖昧になるこの時間だけ、迷えるお客人と戯れるために店を構えているけどさ、それ以外は向こうにいるのだから」



 七緒の言う通り、鬼丸は自らの膨大な妖力を抑えるために、()()()()()()封印の紋を刻んだ。それも全て、結衣の側に居るために。



「封印の紋が締め付けるような痛みをもたらすのは、さっきが初めてじゃないんだろう? うん、やっぱり随分と濃厚な妖力が漏れ出ているねえ」



 うーん、と七緒は唸りながら顎に手を添えて鬼丸の臍のあたりを凝視する。



「このままにしておくと、君が苦しむことになる。さっさと封印を解いてしまったらどうだい?」


「それは……できない」



 からりと簡単に宣う七緒に対し、鬼丸の表情は暗い。唇をキツく噛み締め、鋭い眼は床を睨みつけている。


 七緒の言わんとすることは理解できる。他の使い魔と同じように、必要な時にだけ呼びかけに応じればいいのだ。わざわざ力を封じてまで現世(うつしよ)に固執する鬼丸の考えが理解できないのだろう。


 だが、鬼丸の封印が解けること、それはすなわち、結衣が記憶を取り戻すことを意味する。

 結衣の使い魔として、現世(うつしよ)に住まう決断をした時に自ら課した制約だ。その条件で、呪詛師に封印の紋を刻んでもらった。膨大な妖力を封じた反動で、姿形が随分と幼くなってしまったが、元の姿だと結衣の記憶を刺激する可能性があるので好都合だった。



「どうして頑なに拒むんだい? 彼女は君が側でずっと見守らなければならないほど弱くはないだろう」



 どら焼きを食べ終え、ちびちびと茶を啜っていた七緒が、何もかも見透かすような琥珀色の瞳でゆっくりと鬼丸を見据える。



「そうまでして、彼女の側に居たいのかい? あやかしと人間は、結ばれはしないよ」


「……分かっている」



 分かっているのだ。痛いほどに。七緒に言われるまでもない。


 今の関係でいい。唯一無二の存在で、結衣の側に居ることができれば、それでいい。

 もし封印が解かれてしまったら、鬼丸は本能的に結衣を求めてしまうだろう。


 封印によって封じているのは、妖力だけではない。結衣に対する燃えるような恋情をも封じているのだから。それでもなお、結衣を愛しく、大事に想う気持ちは残っている。長年燻らせている決して淡いとは言えない恋心を今更どう扱えというのだろう。


 結衣を傷つけるわけにはいかない。そのためにも封印を解くことはできないのだ。


 それに、鬼丸は怖かった。結衣が力を失った原因が、()()()()()ことがバレてしまったら――そのことを知りながら、これまで黙って結衣のそばにい続けたことがバレてしまったら――きっと結衣は鬼丸を拒絶するだろう。鬼丸は、何よりもそれが恐ろしくて仕方がないのだ。



「まあ、君がいいなら僕からとやかく言うことはできないけどさ。君の封印はもうギリギリだよ。それだけしっかり理解しておくことだねえ」



 煙管に再び火をつけて、ぷはぁと白煙を立ち上らせる。深刻な話をしているというのに、七緒はどこまでもゆったりと自らのペースを崩さない。



「……肝に銘じておこう」



 鬼丸はすっかり冷えた茶で喉を潤し、残りのどら焼きを一気に頬張ると七緒の店を出た。



「また困りごとがあったらいつでも訪ねておいでねえ」



 ひらひらとやる気のない見送りの手が視界の端にチラつく。鬼丸は硬い顔をしたまま、そろそろ結衣が戻っているであろう屋敷へと足を向けた。


 結衣が記憶を取り戻さなければ、鬼丸の封印が完全に解かれることはない。だから、少し腹痛を辛抱すれば、これまでの生活を守ることができる。境界の綻びも、辰輝が数日もすれば綺麗に修復するだろう。



「ふん、俺が結衣に愛を求めることは端っからできないんだよ」



 鬼丸の自嘲めいた呟きが、冷たく乾燥した空気に吸い込まれていく。


 その時、頬に冷たいものが舞い降りた。



「雪か……これは積もるだろうな。明日は雪かきの依頼が増えそうだ」



 鈍色(にびいろ)の分厚い雲を背に、はらりはらりと舞い落ちる雪の花弁。

 肌に触れては吸い込まれるように消えていく雪の儚さを感じながら、鬼丸はゆっくりと屋敷へと歩みを進めた。


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