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〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


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8/25

第8章 貴族主催の商談会と再会の席で、立場が決まる

王都貴族街の奥。

一般市民が足を踏み入れることすら稀な、白亜の館。

そこが、今回の商談会の会場だった。

エリナ・フェルナンドは、館の前で一度だけ深く息を吸った。

(ここが……貴族社会の“内側”)

緊張は、ない。

あるのは、静かな覚悟だけだった。

この商談会は、王都の下級から中級貴族が主催するものだ。

目的は明確――

「信頼できる商人を選別すること」。

つまり、

**ここに呼ばれた時点で“候補”**なのだ。

エリナは、控えめだが質の良い服を選んでいた。

高価すぎず、安っぽくもない。

装飾は最低限。

“平民としての身分”を隠すつもりはなかった。

だが、卑屈になる気もない。

それが、彼女の選んだ立ち位置だった。

会場に入った瞬間、

エリナは肌で感じた。

(……視線が、刺さる)

貴族たちの視線は、商人を見る目ではない。

“道具を選ぶ目”に近い。

誰が使えるか。

誰が従順か。

誰が余計なことをしないか。

エリナは、そのどれにも当てはまらない。

だからこそ――

逆に、興味を引いた。

「……あの人が?」 「台車一つで市場を制したという……」

囁き声が、波のように広がる。

商人たちは緊張した面持ちで、

必死に自分の価値を売り込んでいた。

だが、エリナは違った。

彼女は、

売り込まなかった。

聞かれたことにだけ、

正確に、簡潔に答える。

誇張もしない。

へりくだりもしない。

その態度が、

貴族たちの間に微妙なざわめきを生む。

「……妙だな」 「媚びない」

やがて、

その場の空気が一瞬、凍りついた。

「――久しぶりだな」

その声。

エリナは、ゆっくりと振り返った。

そこに立っていたのは、

かつての婚約者。

整った服装。

貴族としての立場。

だが、その表情には――

明確な動揺があった。

「……ええ。お久しぶりです」

淡々とした声。

それだけで、

周囲の貴族たちが察する。

(――何か、ある)

元婚約者は、必死に平静を装った。

「まさか、ここで会うとはな」 「商談会だ。場をわきまえろ」

その言葉が、

自分自身に向けられた言い訳だと、

誰より彼自身が分かっていた。

エリナは、何も言わない。

責めない。

恨みも語らない。

それが、

最も残酷だった。

「……紹介しよう」

司会役の貴族が声を上げる。

「今回、特に注目を集めている商人だ」 「王都市場で、独自の手法で信用を築いた」

視線が、

一斉にエリナへ向く。

元婚約者の顔色が、

はっきりと変わった。

「彼女の説明は、非常に明快だ」 「副作用や限界を隠さない」

称賛が、淡々と積み重ねられる。

その一つ一つが、

元婚約者の過去を否定していく。

(――平民的で役に立たない?)

違う。

理性的で、誠実で、信頼できる。

それが、

貴族社会が今、最も欲している資質だった。

比較は、残酷だ。

元婚約者が紹介される番になる。

「……商才に優れると評判だが」 「最近は、成果が伸び悩んでいると聞く」

言葉は丁寧だが、

評価は冷たい。

エリナは、視線を向けない。

勝ったからではない。

もう、見る必要がなかったから。

商談会の終盤。

複数の貴族から、

「継続的な取引」の打診が入る。

条件は厳しい。

責任も重い。

だが――

エリナは、はっきりと頷いた。

「お受けします」 「ただし、条件があります」

会場が静まる。

「誇張した説明はしません」 「不都合な点も、必ず伝えます」 「それでも良い方とだけ、取引します」

沈黙。

そして――

一人、また一人と、頷く貴族たち。

その光景を、

元婚約者は立ち尽くして見ていた。

自分が切り捨てた女が、

自分の“上”で評価されている現実。

エリナは、最後に一度だけ、彼を見た。

そして――

何も言わず、微笑んだ。

それで、十分だった。


商談会の喧騒が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

貴族たちは、各々が目をつけた商人を囲み、

小声で条件を詰め始めていた。

笑顔の裏で、計算が交差する――

それが、この場の日常だ。

エリナ・フェルナンドは、

壁際の静かな位置で、次の質問を待っていた。

焦りはない。

もう、売り込む段階は終わっている。

その背後から、

抑えきれない苛立ちを含んだ声が落ちてきた。

「……少し、話せるか」

元婚約者だった。

周囲の貴族たちは、

二人の間にある“空気”を敏感に察し、

自然と距離を取る。

(逃げないのね) (当然でしょう)

エリナは、ゆっくりと振り返った。

「ここで、ですか?」 「……短く済ませる」

その言葉自体が、

すでに“下”からの申し出だった。

二人は、少しだけ人の少ない場所へ移動する。

沈黙。

先に口を開いたのは、彼だった。

「……随分と、変わったな」 「そうでしょうか」

淡々とした返答。

昔なら、

その一言だけで、彼女は表情を崩していた。

だが今は違う。

「正直に言う」 「ここまで来るとは、思っていなかった」

それは、謝罪ではない。

後悔でもない。

“予想外だった”という自己弁護だ。

エリナは、頷きもしなかった。

「私も、あなたがここまで落ち着かないとは思いませんでした」 「……なに?」

一瞬、彼の顔が歪む。

「落ち着いていないのは、どちらでしょう」 「私は、ただ商談に来ているだけです」

事実だった。

彼女の声には、

感情も、棘も、過去もない。

それが、何より彼を追い詰める。

「……あの時の判断は、間違っていなかった」 「平民的な考えは、貴族社会では通用しない」

必死に、過去を肯定しようとする。

だが――

この場にいる全員が、その言葉を否定していた。

「通用しない、ですか」 「今、こうして取引の話が出ているのは、なぜでしょう」

彼は、言葉に詰まる。

「あなたが求めていたのは、“見栄えの良い才覚”」 「私が積み上げてきたのは、“結果の出る誠実さ”」

それだけの違い。

そして、その違いが――

決定的な差になった。

「……戻る気はないのか」

その一言で、

全てが終わった。

エリナは、はっきりと首を振る。

「ありません」 「過去に戻る理由が、どこにもありません」

静かな声。

だが、

逃げ場のない宣告だった。

その瞬間、

近くで会話を聞いていた貴族の一人が、口を挟んだ。

「失礼」 「君が、彼女の元婚約者か」

彼の肩が、びくりと跳ねる。

「彼女の評価は、すでにこちらで確認している」 「非常に優秀だ。少なくとも――」

一拍。

「判断を誤ったのは、君の方だ」

社交辞令ではない。

裁定に近い言葉。

周囲の貴族たちも、

否定も擁護もせず、沈黙を選ぶ。

それが、結論だった。

元婚約者は、何か言おうとして、

結局、言葉を失った。

エリナは、深く一礼する。

「お話は、以上です」

それだけ言って、

彼女はその場を離れた。

背後で、

元婚約者が何も言えずに立ち尽くしているのを、

彼女は振り返らなかった。

――もう、関係のない人間だから。

その後、

正式な取引の話がいくつも進んだ。

条件は厳しい。

責任も重い。

だが、

彼女は“対等な相手”として扱われていた。

それが、

過去との完全な決別だった。

商談会が終わり、

夜の貴族街を歩きながら、

エリナは小さく息を吐いた。

(……終わったわね)

復讐は、していない。

だが――

評価が、全てを終わらせた。

次に来るのは、

「比較」という名の公開処刑。

逃げ場のない場所で、

彼は完全に負ける。

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