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〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


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第32章 刀

四日目の朝は、静かすぎた。

 倉庫街の空気は澄み、作業の音も規則的だ。

 だが、人の流れだけが、意図的に歪められている。

 巡回区域の外縁。

 北と西を結ぶ細道。

 本来なら、午前中に荷馬車が三台は通る。

 今日は、一台も来ない。

 エリナは、地図を机に広げた。

 線は引かれていない。

 だが、彼女の指は、同じ場所で止まる。

「ここだな」

 視線の先。

 巡回区域に入る直前で、道が変わる地点。

 アーロンが頷いた。

「人為的です」

「だろうな」

 恐怖ではない。

 禁止でもない。

 “不安が増幅される位置”を選んでいる。

 昼前。

 噂が流れ始めた。

 ・巡回区域の入口で、検問が始まるらしい

 ・新しい税がかかる

 ・登録されていない荷は没収される

 どれも、事実ではない。

 だが、否定する主体が存在しない噂は、止まらない。

 一方、ルーヴェル商会。

 地下の応接室。

「拠点は叩くな」

 ガルドは、はっきり言った。

「混乱は、外縁で起こせ」

 部下が確認する。

「人的被害は?」

「不要だ」

 必要なのは、恐怖でも破壊でもない。

 “信用の曖昧化”。

「象徴を折る」

 ガルドは、そう定義した。

 午後。

 事件は、起きた。

 巡回区域の入口付近。

 古い木製の掲示板。

 そこには、三日前から張り紙があった。

 ・巡回時間

 ・安全確認済みの道

・問い合わせ先

 誰の署名もない。

 ただの、情報。

 その掲示板が、倒されていた。

 壊れてはいない。

 燃やされてもいない。

 地面に伏せているだけ。

 報告を受けたエリナは、即座に動いた。

 走らない。

 騒がない。

 現場に着くと、掲示板を見下ろす。

 破壊痕はない。

 力任せではない。

「……狙いはこれだ」

 アーロンが低く言う。

「ええ」

 エリナは、掲示板を起こさなかった。

 代わりに、周囲を見回す。

 人は、集まっている。

 だが、誰も近づかない。

 情報が、地面に落ちている。

 それだけで、秩序は一瞬揺らぐ。

「触らない」

 エリナは言った。

「今は、触らない」

 作業員たちが、戸惑う。

「起こせば、元通りでは?」

「違う」

 彼女は、首を振る。

「“誰が管理しているか”を、今ここで示す必要はない」

 そのまま、半刻。

 掲示板は倒れたまま。

 だが、巡回は止まらない。

 作業も止まらない。

 人は、次第に理解する。

 掲示板がなくても、秩序は続く。

 夕方。

 別の場所で、同様の事例が二件。

 ・道標がずらされる

 ・連絡用の鐘が外される

 どれも、機能は失われていない。

 ただ、「不安を思い出させる」程度の介入。

 評議会。

 四日目の資料が並ぶ。

「破壊行為、三件」

「軽微だな」

「だが、意図は明確だ」

 議論は、短い。

「敵は、正面衝突を避けている」

「街の選択を、揺らしている」

「……対応は?」

 年長の評議員が言う。

「様子を見る」

 即断は、しない。

 だが、記録の色が変わった。

 夜。

 エリナは、拠点の灯りを一部だけ戻した。

 掲示板は、そのまま。

 代わりに、人が立つ。

 説明する者。

 道を示す者。

 象徴を、人に置き換える。

 ガルドのもとに、報告が届く。

「掲示板は、戻されていません」

「……ほう」

「混乱は、限定的です」

 彼は、沈黙した。

 想定より、早く適応している。

「次は?」

 部下が問う。

 ガルドは、目を伏せる。

「五日目だ」

「はい」

「“事故”を用意する」

 四日目は、終わった。

 象徴は、折られなかった。

 だが、狙われた。

 次は、偶然を装った必然。

 街が、どこまで耐えるか。

五日目の朝、空は曇っていた。

 雨の予兆ではない。

 ただ、光が鈍い。

 エリナはその違和感を、天候よりも人の動きに感じていた。

 巡回区域の外。

 西側の水路沿い。

 本来なら、夜明けと同時に荷下ろしが始まる場所だ。

 だが今日は、作業員の数が少ない。

 理由は単純だ。

 「事故があった」。

 夜明け前。

 倉庫番号二十七。

 老朽化した滑車が、外れた。

 荷箱が一つ、落下。

 中身は穀物。

 人は、巻き込まれていない。

 怪我人、なし。

 損失、軽微。

 ――完全に、偶然の範囲。

 報告を聞いたアーロンは、すぐに一点を指摘した。

「外れる位置が、正確すぎます」

「……そうね」

 滑車は、三つある。

 そのうち、一番交換時期が遠いものだけが外れている。

 自然劣化ではない。

 だが、証拠も残らない。

 現場。

 エリナは、壊れた滑車を見上げた。

 金属の断面。

 摩耗と、微細な削り痕。

「昨日の象徴、今日は“作業”か」

 彼女は、静かに言った。

「恐怖ではなく、疑念を育てる」

 噂は、正午前に回り始める。

 ・巡回区域は危ない

 ・整備が追いついていない

 ・事故が増えているらしい

 事実は、一件。

 だが、人は**「続くかもしれない一件」**を恐れる。

 評議会は、即座に対応を協議した。

「封鎖するか?」

「逆効果だ」

「点検強化は?」

「それは、必要だが……」

 エリナは、発言した。

「“事故が起きた”ことは、隠さない」

 視線が集まる。

「ただし、“対処した”ことを前に出す」

 午後。

 倉庫街に、職人が入る。

 点検。

 交換。

 作業は公開。

 誰でも見られるように。

 掲示板は、まだ倒れたまま。

 だが、その横で、職人が説明する。

 人の声が、情報になる。

 一方、ルーヴェル商会。

「負傷者なし、封鎖もなし」

 部下の報告に、ガルドは指を組んだ。

「想定より、早いな」

「次は、どうしますか」

 彼は、即答しなかった。

 事故は、効いている。

 だが、決定打ではない。

「……次は、人を巻き込む」

 声は低い。

「ただし、死なせるな」

 夕方。

 エリナは、巡回ルートを一つ変えた。

 理由は、表向きは「点検のため」。

 実際は、次の“偶然”を読むため。

「来るなら、ここ」

 彼女の指は、交差点で止まる。

 水路、倉庫、露店。

 人が集まる場所。

 五日目の終わり。

 事故は、一件だけ。

 だが、街の会話には、「二件目」が既に存在していた。

 まだ起きていない事故の話が、共有されている。

 それが、敵の狙い。

 夜。

 エリナは、日誌に一文だけ書いた。

 ――敵は、秩序を壊さない。

 ――秩序が「脆い」と思わせに来ている。

 六日目。

 偶然は、もう一段、重くなる。

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