表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/31

第30章 刃

指定された場所は、王都中央の古い迎賓館だった。

 使われなくなって久しいが、管理は行き届いている。

 埃はなく、床は磨かれ、灯りも十分。

 ——だが、温度だけが低い。

「中立地帯、か」

 アーロンが周囲を見渡す。

「逃げ道も多い」

「監視もな」

 トーマが天井を一瞥した。

 魔導監視。

 評議会のものだ。

 つまり、ここでは“派手なこと”はできない。

 それを承知で、相手は場所を選んでいる。

 先に来ていたのは、男一人だった。

 年齢は四十前後。

 派手さはない。

 だが、立ち姿に無駄がない。

 ガルド・ルーヴェル。

 商会の長。

 倉庫街の裏を束ねる存在。

「来てくれて感謝する」

 彼は、席を立たずに言った。

「こちらこそ」

 エリナは対面に座る。

 護衛は付けていない。

 互いに。

 それ自体が、牽制だ。

「まず、謝罪からだな」

 ガルドは静かに言った。

「最近、倉庫街で混乱が起きている」

「事故が多い」

「迷惑をかけた」

 完璧な言い回し。

 誰の責任とも言っていない。

「謝罪は受け取る」

 エリナは頷く。

「だが、原因の説明は?」

「自然な摩擦だ」

 ガルドは即答した。

「管理が変われば、現場は揺れる」

「慣れれば、収まる」

 “あなたのせいだ”と言っている。

 だが、非難ではない。

 ただの現象説明。

「収まらなければ?」

「その時は、また考えよう」

 柔らかい。

 だが、引かない。

 エリナは、一枚の書類を取り出した。

「これを見てほしい」

 契約一覧。

 ここ数日で更新されたもの。

「……ほう」

 ガルドは目を通す。

「流れを整理したな」

「事故を減らした」

「商人も、作業員も、判断しただけだ」

 合法。

 合理。

 ガルドは、紙を机に戻した。

「君は、賢い」

「だが」

 彼は、視線を上げる。

「街は、数字だけで動かない」

「人がいる」

「恐れも、癖も、借りもある」

 脅しではない。

 事実の指摘。

「だから、提案だ」

 ガルドは言った。

「君たちには、この区域の管理を任せる」

「代わりに——」

「代わりに?」

「それ以上、踏み込まない」

 線を引く。

 暗黙の了解。

 表と裏の、棲み分け。

「拒否したら?」

 エリナは尋ねる。

 ガルドは、少しだけ笑った。

「街が疲れる」

 暴力ではない。

 だが、圧は続く。

「……質問を一つ」

 エリナは言った。

「この街で、“決めている”のは誰だ?」

 ガルドは即答しなかった。

 それ自体が答えだ。

「評議会か?」

「商会か?」

「それとも——」

 エリナは、静かに続ける。

「長年そうしてきただけの、慣習か」

 沈黙。

 ガルドの指が、机を一度叩いた。

「君は、危うい」

「壊すつもりか?」

「壊すつもりはない」

 エリナは答える。

「変えるだけだ」

「何を?」

「“決め方”を」

 ガルドは、椅子にもたれた。

「理想論だ」

「かもしれない」

「だが」

 彼は目を細める。

「理想は、血を呼ぶ」

「呼ばせない」

 エリナの声は、低い。

「数字と契約で、終わらせる」

「……面白い」

 初めて、ガルドの声に感情が滲んだ。

「なら、こちらも一つ条件を出そう」

「聞こう」

「次の七日間」

 ガルドは言った。

「こちらは、何もしない」

「君たちも、今以上に踏み込まない」

「その間に、街がどう動くかを見る」

 勝負。

 だが、期限付き。

「受ける」

 エリナは即答した。

 逃げない。

 会談は、それで終わった。

 握手はない。

 だが、線は引かれた。

 迎賓館を出た後、アーロンが言う。

「猶予をもらったな」

「猶予じゃない」

 エリナは答えた。

「試されてる」

 七日。

 その間に、街が“どちらを選ぶか”。

 ガルドは、それを見てから動く。

「……象徴を折るって話だったな」

 トーマが呟く。

「そうだ」

 エリナは夜の街を見た。

「だから、次は」

 こちらが“象徴”を作る。

 暴力ではなく。

 契約でもなく。

 街そのものが選んだ、結果として。

七日間の初日は、驚くほど普通に始まった。

 鐘が鳴り、門が開き、荷車が動く。

 人々は、昨日と同じように仕事を始める。

 少なくとも、表面上は。

 エリナは高所から倉庫街を見下ろしていた。

 屋根の上。

 全体が見渡せる位置。

「……もう、動いてるな」

 小さな変化。

 だが、意識して見れば分かる。

 中央通りの通行量が、わずかに減っている。

 代わりに、南側の裏道が混み始めている。

 誰かが指示したわけではない。

 人が、判断しただけだ。

 午前。

 ある商会で、荷の引き渡しが止まった。

「今日は、こちら経由で」

「中央は避けたい」

 理由は、曖昧。

 だが、拒否はされない。

 なぜなら、その裏道は——

 事故が起きていない。

 昼前。

 評議会の事務局。

 一人の若い書記が、帳簿を見比べていた。

「……数字、変ですね」

 巡回区域内の稼働率が、さらに上がっている。

 区域外は、微減。

 まだ誤差。

 だが、傾向は見える。

 彼は、上司に報告した。

 上司は、書類を閉じた。

「様子見だ」

 今は。

 倉庫街の一角。

 作業員たちが、休憩中に話している。

「最近、あっちの通り、静かだな」

「前は、よく揉めてたのに」

「管理が変わったらしい」

 名前は出ない。

 だが、評価は共有される。

 午後。

 エリナは、意図的に何もしなかった。

 巡回は通常通り。

 追加の介入なし。

 だが、困っている場所には必ず人がいた。

 助けるわけではない。

 話を聞くだけ。

 それで十分だ。

 夕方。

 ガルドの元に、報告が届く。

「……流れが、想定より早いです」

「何が?」

「商人が、自発的に動線を変えています」

 ガルドは、机に指を置いた。

「初日だぞ」

「ええ」

「……数字は?」

「まだ小さいですが、確実に」

 ガルドは、黙った。

 七日間。

 その意味が、少し変わり始めている。

 夜。

 拠点。

「今日は、何もしなかったな」

 アーロンが言う。

「した」

 エリナは答える。

「“余計なこと”を」

「?」

「人は、選べると知ると、考え始める」

 押されれば反発する。

 だが、選択肢を置かれると——

 自分で決めたと思い込む。

「明日は?」

 トーマが尋ねる。

「少しだけ、見せる」

「何を?」

「“選んだ結果”が、どうなるかを」

 夜更け。

 倉庫街の外れで、荷が一つ、無事に運び込まれた。

 特別な品ではない。

 高価でもない。

 だが、問題なく届いた。

 それだけで、十分だった。

 選択は、もう始まっている。

 七日間の一日目は、

 音もなく終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ